ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.36 > p1〜p5

論説
学校現場における情報モラル教育の現状と課題
東京経営短期大学 玉田和恵
1.情報モラル教育を取り巻く環境
 近年,児童・生徒が情報モラルに関連したトラブルに巻き込まれる事件が頻発しており,情報モラルの育成が教育の重要な課題となっている。そのため,さまざまな教育研究機関や,各県の教育センターなどで,情報モラルに関連した教材・指導案などが作成され,情報モラルに関する指導者研修も盛んに行われている。しかし,現場の教員は情報モラル教育の必要性を感じながらも,個々の児童・生徒の置かれている情報環境の違いや,家庭の考え方の違いなどから,情報モラル指導に関する困難さを感じている。学校現場では,情報モラルに非常に熱心に取り組んでいる少数の教員と,取り組みを躊躇している多くの教員が存在しているのが現状である。
2.熱心な教員の抱えている課題
 情報モラル教育に熱心に取り組んでいる教員は,現場での情報モラルの現状について以下のような悩みや課題を抱えている。
 小学校では,保護者が子どもの安全を心配して,何の教育もせず,フィルタリング等の対応も施さずに携帯電話を持たせてしまって起こる問題が大きいようである。そのため,子どもたちは危険性について何も考えずに,興味本位にチャットやブログなど新しい技術に飛びつく傾向があり,トラブルに巻き込まれてしまうことが多くなっている。子どもへの指導とともに「保護者への啓発」が小学校での大きな課題となっている。
 中学校では,「チェーンメール・誹謗中傷」「掲示板への書き込みによるトラブル」が大きな問題となっている。中学生になると自発的なコミュニケーションが活発化し,携帯電話の所有率も増えるため,コミュニケーション系のトラブルが多発している。教員には実態調査をした上で適切な処置をとりたいという希望があるようだが,個人情報保護の問題や,どこまで個人的なことに教員が介入できるのかという問題で悩んでいる。
 高校では,「ネットオークションに制服を出品するために制服が盗まれる」とか,「ワンクリック詐欺にひっかかってしまう」というような,実際に法律に触れてしまう問題が発生している。また「出会い系サイトで知り合った人に会いに行く」というような問題も頻発しているようである。危険な行為を回避するための徹底した指導が必要となっている。
 全校種で共通しているものは「実態把握と個人情報の問題のクリア」,「小中高連携した情報モラル指導カリキュラム」の必要性である。後者については,2007年度に文部科学省より「情報モラル指導モデルカリキュラム」が提案されている。
3.教員による取り組みの格差と意識
 前章で述べたように,情報モラル教育の実施に意欲を持ち,学校における情報モラル教育について問題提起をしている教員も少数いるが,現状では全ての教員が情報モラル教育を実施しているわけではない。2004年に実施された情報モラルに関する全国調査(コンピュータ教育開発センター(2005))では,「各教科等における授業を行う際に,情報モラルの育成を念頭に置いておくべきか」という問いに対しては,全校種において校長・教員共に念頭に置くべきだという回答が9割を超えていたが,実施について「最近1年以内に自身の授業等で情報モラルに関する内容を扱ったか」という問いに対して,扱ったと回答した教員の割合は,わずかに小学校17.6%,中学校19.1%,高等学校17.6%であった。情報モラルの必要性を認識しながらも,実施している教員が非常に少ない現状が明らかになった。
 また,東京都内のある教育委員会では,2006年に区内の教員と管理職を対象とした悉皆調査を実施した。小学校では,情報モラル教育を実施したことがある教員が全体の55%(図1)と辛うじて半数を超えているが,中学校では36%(図2)と実施したことがある教員が非常に少ない現状が明らかになった。
 この結果は,全国調査より高い値になっているが,前掲調査には「最近1年間」という期間が限定されていることと2年前の調査であるということ,また教育委員会から発信されているか否かという違いを考慮して解釈する必要がある。
 情報モラル教育を実施しない理由については,「時間がない」「教え方が分からない」「教材がない」という項目が多くあげられている。しかし,情報モラル教育に熱心に取り組んでいる教員の自由記述からは「重要だと考えていない教員が多い」「実態が分かっていない教員が多い」「報告/評価の対象ではないから後回しになってしまう」という学校の現状がうかがえる。

図1 小学校の現状
▲図1 小学校の現状

図2 中学校の現状
▲図2 中学校の現状
4.情報モラル教育普及のための課題
 教員や管理職に対する調査やヒヤリングなどを通して,情報モラル教育を普及するためのキーポイントを探ったところ,年間指導計画を立てて取り組んでいる学校の教員は積極的に情報モラル指導を実施しているが,年間指導計画を立てて取り組んでいない学校では教員個人の意識に応じて実施状況に大きな差が見られた。このことから,情報モラル教育の実施には,「学校全体で情報モラルを含めたICT活用に関する年間指導計画を立てて取り組んでいるかどうか」ということがキーポイントになることが浮かび上がってきた。そして,年間指導計画を立案し遂行するためには,管理職のリーダーシップや情報モラル指導を含めた情報推進リーダーの必要性が明らかになった。
 情報モラル教育を普及するための課題をまとめると,図3のように,各教員については「意識の啓発」「指導力の向上」「教材・研修情報の周知徹底」という要素があり,学校単位で考えると「年間指導計画を立てた取り組み」「管理職の意識」「情報推進リーダーの存在」が重要な要素である。また,政策側から普及するための方策を検討するためには「報告・評価」という要素がポイントになると考えられる。

図3 情報モラル教育の課題
▲図3 情報モラル教育の課題
5.教員の情報モラル指導力の向上
 教員の情報モラル指導力を向上させるためには,情報モラルに関する現状を知らせるとともに,指導法や,教材・研修情報を周知する必要がある。教材や資料については,容易に使えるものがWeb上に多く公開されている。指導法については,代表的なものとして以下の3つが存在することを理解しておくと実践に結びつきやすい。

(1)事例中心の指導法

 事例中心の指導法は,やってはいけないことを教えるために,場面や状況別に多くの問題事例を提示して考えさせ,そこから,情報社会でのルールを帰納的に学習させるものである。例えば,情報を発信する場面でのルールを学習させるために,
・プライバシーの侵害事例
・他人を誹謗・中傷する事例
・個人情報が流出する事例
・著作権の侵害事例
 など,できるだけ具体的な事例を多く提示し,そこから学習者にルールを学び取らせようというものである。

(2)心情重視の指導法

 心情重視の指導法は,実際に作業をさせて問題場面を引き起こしたり,ジレンマ状況が引き起こされるような問題事例を提示して議論させたりして,学習者自身の心情に訴えかけて,やってはいけないことを学び取らせようというものである。例えば,情報を発信する場面で,やってはならないことを学習させるために,イントラネット上にクラスの掲示板などを作成して,1,2ヶ月掲示板上のコミュニケーションを体験させ,その後,自分が言われて不快だったことや,やってはいけないと思ったことなどを議論させる。学習者自身の体験を通じて議論させるため,心情的にやってはいけないことを理解させることが容易である。

(3)3種の知識による指導法

 3種の知識による指導法は,限られた時間で情報モラルの判断力,さまざまな問題への対処法を類推する力を身につけさせることを目的に開発されている。生徒がこれまでに身につけてきた道徳的規範知識(人間として守るべきこと)に,状況判断のために必要となる知識(情報技術の知識)を与え,それらを組み合わせて判断するための考え方(合理的判断の知識)を教えることによって,情報社会での適切な判断力を身につけさせる。1コマ50分間の授業を想定しており,「(1)学習内容の確認」「(2)道徳的規範知識の想起・確認」「(3)問題提起」「(4)情報モラル判断に関連する情報技術の知識解説」「(5)判断の枠組みの解説」「(6)見方・考え方の定着」という流れで実施する。
 合理的判断の知識として,判断のための考え方を明示的に指導するところが特徴である。図4のフローチャートの枠組みを知識として指導し,情報モラル判断の訓練を行う。この枠組みが多くの問題解決に適用できる汎用的な構造になっていることを解説した後に,1つの事例に沿って考えさせる。それぞれの観点で検討させ,どこか1箇所でも問題があれば,その行為は実行を中止しなければならないということを指導し,問題を回避するための代替案を検討する必要があることを認識させる。どんな問題でも手順を追って要因を分析することが大切であること,自分の行為に対する評価方法,分からないことが発生した場合のアドバイスの求め方や自己学習の方法を理解させることに重点を置く。

図4 合理的判断の知識
▲図4 合理的判断の知識

(4)各教員への対応

 全国調査では9割以上の教員が情報モラル教育は必要であると回答しているにも関わらず,現場では実態が把握されていないためにあまり重要でないと考えられていたり,報告・評価の対象でないということから後回しになっている現状がうかがえる。また,各教育機関等で多数の教材が開発され,研修が実施されているにも関わらず,資料や教材及び研修が不足していると認識していることも明らかになっている。全ての教員の意識を啓発するためには,各学校単位で自分自身の問題として捉えられる情報モラル教育の取り組みが必要であり,教材や研修の情報を周知徹底するための仕組みが必要である。
 各教員の意識を啓発し,指導力を向上させるためには,任意ではなく必須の研修が必要である。
 特に,教職に就いて5年目までに指導力を向上させるか否かがポイントになってくると考えられるため,初任者研修,5年目研修などで情報モラルに関する指導研修を実施することが望ましい。また,教職に就く以前の教員養成課程での責任を持った指導が望まれる。

図5 各教員の課題
▲図5 各教員の課題
6.学校での取り組み
(1)学校での課題

 情報モラル教育を普及するためには,学校全体での年間指導計画を立てた取り組みが重要であり,それを実施するためには管理職の意識や情報教育を推進するリーダーの存在が重要である(図6)。
 年間指導計画については,モデル案を参考にしてもよいが,自分たちで議論をして立案することが重要である。自分たちが決定したという意識を持つことが実践に移す原動力になると考えられる。
 管理職が情報モラル教育の必要性を十分認識し,リーダーシップをとることが重要であるが,そのためには情報モラル指導に関する管理職研修が必要である。また,情報推進リーダーについては,各校にリーダーとなれる人材を配置することが望ましいが,配置が困難な場合は育成する必要がある。情報推進リーダーについては多大な負担がかかるため,他の業務を軽減する配慮や評価を検討する必要がある。

図6 学校での課題
▲図6 学校での課題

(2)校種による違い

 小学校では,各教員が情報モラル教育を自身が実践しなければならないという意識が高いため,リーダーを中心として実施することが比較的容易と考えられる。しかし,中学校・高等学校では教科担任制のため,自身の教科と情報モラルは直接関係ないと考えている教員も多い。そのため,学校全体で情報モラル教育に取り組むためには,技術・家庭科や情報などの教科が情報技術について責任をもって指導し,そこで教えられている内容を学校全体で把握した上でリーダーを中心に年間指導計画を立て,全教職員で取り組む体制作りをすることが望ましい。

(3)情報モラルの育成に必要な視点

 情報モラルに関する問題は多岐に渡っており,全ての事例を網羅的に取り扱おうとした場合には膨大な時間が必要となる。情報モラル教育は交通安全教育に類似するという考えや,危険を回避するための知識を教えるという観点から,これまでの実践の多くは,トラブル事例を場面別・状況別に示して指導するものが多くみられた。
 玉田ら(2004)では,問題場面別・状況別に多くの事例を学習しても,新規の課題に対する判断力は身につかず,実際に情報技術を活用する文脈で,判断のための枠組みを明示的に学習し,類推のための訓練をすることによって新規の課題に対する判断力や,行動力が身につくということを検証している。
 情報モラル教育は,児童生徒が実社会で問題に直面した際の判断力・行動力(問題解決力)を育成することが目的であるため,実際に情報技術を活用する文脈で,新規の課題に直面した場合にどう判断し行動するかという考え方を指導し,自分自身で判断する訓練をし,誤った場合には適切なフィードバックを受けて改善するという活動が重要である。自分の実現したい目標を達成するためには,どのような工夫すると情報モラルに関する問題を避けることができるかということを判断することができ,トラブルに直面した際にも代替案を検討して問題を解決することができ,必要に応じて自己学習することができるようになるための指導が重要なのである。
<参考文献>
・コンピュータ教育開発センター(2006)情報モラルに関する調査報告書.コンピュータ教育開発センター
・北区ICT活用推進検討委員会(2007)北区ICT活用推進検討委員会報告書.東京都北区教育委員会
・玉田和恵・松田稔樹(2006) 現職教員を対象とした『3種の知識による情報モラル指導法』研修の実践,日本教育工学会研究会報告集,JET06-2,69-76
・玉田和恵・松田稔樹(2004) 『3種の知識』による情報モラル指導法の開発.日本教育工学雑誌,28,79-88
・文部科学省(2007)「情報モラル指導モデルカリキュラム」の策定について−学校全体での体系的な情報モラル教育の取組のために−
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/05/07052403.htm
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