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ICT・EducationNo.36 > p10〜p13

教育実践例
「情報」と他教科のクロスカリキュラムによる教育効果
千葉県立茂原高等学校 永野 直
n.ngn@chiba-c.ed.jp
1.はじめに
 2003年にOECDが実施したPISA(生徒の学習到達度調査)以降,その結果について様々な分析や議論が行われてきた。しかし,世論や報道では「学力低下」ということばが一人歩きし,どんな学力が計られたのか,またこれからどんな学力が求められているのかが曖昧なまま,対策だけが急がれているような印象を受ける。これから社会へ出て行く子どもたちに対して,どんな学力が必要なのか整理したうえで,日々の授業の課題点を見付け,よりよい授業の手法を考えていく必要性を感じる。
 PISAでは知識・技能の習得を直接計るのではなく,問題を読み解き,知識や技能を応用,活用して問題解決を行う力が問われたのであり,PISAの結果をもって,学習内容や学習時間を増やし,知識量さえ増加させれば学力が向上するというのは誤解である。現学習指導要領では主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力(生きる力)が重視されており,PISAで計られた学力と重なる。現学習指導要領で目標とされている「生きる力」が未だ生徒に十分身に付いていないと捉える方が正しく,学力の向上を図るには,問題解決能力を,生徒が自らの学力として実際に活用できる段階にまで高めていく方法を考えていかなければならないだろう。
 また,問題解決能力には,主体的な判断力,行動力が必要だが,それらの力は当然ながら基礎としての知識・技能があってこそ発揮できるのである。一部の総合的な学習の時間が,単なる「遊び」や「体験」という段階にとどまり,「学習」にまで至っていないと指摘されている問題は,知識と主体的な活動のバランスがとれていないことを意味すると考える。
 つまり,「生きる力」に必要とされる「確かな学力」とは,「教え」による知識と「学び」としての主体的活動(行動・判断)をバランスよく学習し,「基礎・基本としての知識を身に付けた上で,問題の本質を見きわめ,様々な知識を自ら統合・活用して問題を解決し,表現できる力」であると考えている。
2.クロスカリキュラム
 このような背景から,日々の授業を見直し,多教科間の連携授業(クロスカリキュラム)を計画,実施することとした。
 生徒の学習意欲を向上させ,「確かな学力」を育成するには,日々のあらゆる教科の中で問題解決を実践していく必要があり,さらに各教科で得た知識の関連に気づかせて,「知的好奇心」を引き出し,学習の意義を実感させながら学ばせることが重要である。
 クロスカリキュラムは,各教科間の内容を連携させることで,各教科で扱われる教育内容を正しく,深く,効率的に理解させ,広い視野で応用・活用する力を身に付けることをねらいとする。
 効率的というのはただ単に時間の短縮ということを指しているわけではない。各教科の指導内容を確認,精査し,今まで各教科で別々に扱われていた単元,教材を複数教科間で再構築することがクロスカリキュラムの考え方であり,限りある授業時間内により深く内容を理解することが効率的な学習につながると考える。その際,「情報」はあらゆる教科に関連,応用できる教科の特性を持つため,各教科間を結びつける接着剤のような役割を担うことができる。
3.総合的な学習の時間との違い
 横断的・多教科関連型の授業では総合的な学習の時間がすでに実施されているが,総合的な学習では多くの場合,テーマや課題の設定が学習者自身の主体的な選択に委ねられる。またこれらの内容は特別活動やボランティア,福祉・健康,進路など幅広い分野を含み,生徒の興味関心に応じて主体的に,比較的自由なテーマを扱うことができる。各教科に関連はしているが,教科の一部分を切り取って外に広げていくという形である。その広げた先の内容は,必ずしも各教科が扱う学習内容の範囲内である必要はない。また,主体的な「学び」学習としての役割を担う意味合いが強く,繰り返しや暗記,トレーニングなどが行われることはほとんどない。
 これに対し,クロスカリキュラムは,学習内容が客観的に与えられ,(学習指導要領,各科目のシラバスなど)従来の教科の目的・枠組みを保ったまま連携し,相乗効果をあげることを目指すものである。(図1)

図1 クロスカリキュラム
▲図1 クロスカリキュラム
4.授業実践
(1)情報C・美術・日本史によるクロスカリキュラム

【1】 授業のねらい
・美術で学ぶ「色彩とデザイン」
・日本史で行う「テーマ学習」と「レポート作成」
・「情報」で行う「情報検索」「情報の工夫と表現」
 これらの授業は例年それぞれの科目で単独に行われてきたが,これらの学習内容は共通する部分も多く,連携して行うことで授業時間が有効に使えるだけでなく,各教科の専門的な学習内容を活用してよりよい効果を上げることも期待できる。またクロスカリキュラムにより,各科目の学習の意義を実感できると考えた。(図2)

図2 各教科の学習項目と連携の関係
▲図2 各教科の学習項目と連携の関係

【2】 授業の概要・考察
 授業では日本史で学んだテーマ学習「食べ物と歴史の関係」についてのWebページ形式によるレポート課題を設定した。レポートは教室内Webサーバにアップして生徒同士が互いの作品と進行状況をいつでも見ることができ,生徒は興味とやりがいを感じていた。
 その後,美術の授業と連携して色彩の持つ特徴,配色の組み合わせ方などを学習した。
 また,「情報」の授業では「良いWebページとはなにか」についてブレインストーミングを行い,コンテンツの重要性はもちろん,「デザイン」や「見やすさ」も重要な条件であることに気づかせた。
 生徒はこれらの知識を組み合わせ,自身の作成したWebページについて,デザインの変更を行った。変更前は文字色を単に自分の好みの色にしており,背景にチェック模様の画像を敷き詰めるなど,決して誰もが読みやすいとはいえなかったが,明度を考慮し,配色イメージや字の大きさを工夫することで,より見やすく,テーマにふさわしいレポートを作成することができた。(図3)

図3 デザインの訂正前

図3 デザインの訂正後
▲図3 デザインの訂正前(上)と後(下)

 修正した作品は生徒同士で相互評価を行った。評価するのは,テーマ設定や記述内容に関する点と,配色や見やすさなどについてのデザイン面の,2つの観点とした。内容面についての評価は,美術の授業を受けた生徒集団と,受けていない生徒集団での違いは見られなかった(50%:50%)が,デザインに関する評価は色彩・配色について授業を受けた生徒たちの得票率が高い結果となり(75%:25%),授業の効果があったことがうかがえる。(図4)

図4 レポートの生徒相互評価結果
▲図4 レポートの生徒相互評価結果

 また,アクセシビリティ,ユーザビリティについて解説を行い,様々な条件の情報の受信者がいること,ハンディのある人にとって,Webページは重要な情報取得の手段であることなどについて学び,受信者の立場を考えた情報発信の仕方などについての発展的な内容も学習した。

(2)情報A・化学Ⅱによるクロスカリキュラム

【1】 授業のねらい
 「情報」の授業において,化学の授業で得た実験データを用いることで,情報の活用,情報処理の実習に実感を持たせる。
 化学の授業においては,実験結果をもとにわかりやすいグラフを作成して科学的に考察し,自らの意見を表現できるようにする。

【2】 授業の概要・考察
 化学Ⅱの学習内容は,空気と二酸化炭素の温度上昇速度の違いについて実験を行い,温室効果ガスの特性,地球温暖化などについて考えるというものである。すでに「情報」の授業では表計算ソフトによるデータの活用を学んでいるので,自らの実験によって得た意味のあるデータを使って,表とグラフを作成し,その結果を考察する。その際,情報収集,情報の統合とも関連させて,地球温暖化のメカニズムや現状をWebや書籍などで調べ,今回の実験との関連,考察を入れるよう指示した。
 以前「情報」の授業で表計算ソフトを利用した際には,教科書にある例題を用いたが,今回の授業では実際の実験データをグラフにしたことで,生徒は自らが行った実験結果が読みとりやすくなったと実感することができ,結果の考察,環境問題を身近に感じ,より理解を深めることができた。
 今回の実験では,実験器具の性能のばらつきなどから,たまたま期待する実験データが得られなかったのだが,生徒は「自分の想像ではこうなるはずなのに,なぜこのような結果になったのか。」,「こうすれば実験はうまくいくのではないか。」など,実験方法そのものについての考察,反省も深めていた。(図5)

図5 化学,「情報」の実験レポート
▲図5 化学,「情報」の実験レポート

(3)情報B・物理Ⅰによるクロスカリキュラム

【1】 授業のねらい
 「デジタルによる情報のあらわし方」を学習する際,波形と音程の関係,波の性質など,物理で学んだことを復習して科学的な理解を深める。

【2】 授業の概要・考察
 物理Ⅰの授業で行った音の特徴を復習し,これをデジタルで表現するにはどのようにしたらよいか考える。また,デジタルとアナログの双方の特徴,利点と欠点について理解する。
 また,物理の授業から得た波の特性についての知識を活用し,音の高低および波形の特徴と,デジタルサンプリングの手法からその関係を考え,デジタル記録できる最も高い音は,なぜサンプリング周波数の半分の周波数(ナイキスト周波数)になるのか,などの発展的な内容を学習した。(図6)

図6 音のデジタル化の授業プリント
▲図6 音のデジタル化の授業プリント
 
5.考察と課題
(1)クロスカリキュラムの効果・利点

【1】 相互教科の理解度の促進
 異なる教科で互いに共通のテーマ,教材を利用することで,個別に行われていた内容を連携させ,授業時間を短縮させつつ理解度を上げることができる。

【2】 知識を応用した主体的な学習
 「情報」の論理的,体系的な知識と技能を他教科で活用することにより,様々な問題に主体的に対応できる問題解決能力を養うことができる。
 また,理数科目からは科学的な裏付けを持って「情報」の内容を理解でき,文系の科目からは思考力や読解力の知識,技能を生かし,コミュニケーション能力,表現力の育成を高めることができる。

(2)課題
 クロスカリキュラム実施上の問題は,主に計画の段階で起こる。各教科で扱う単元や教材を把握しておくことや連携できる単元についてそれぞれの授業実施時期を調整することの難しさ,授業担当者が互いの授業に参加,見学する場合の時間的な制約などがあげられる。どの単元をどの教科間で連携するかの授業計画と,複数教科で効果的な教材を設計することが最も難しく,また最も重要な課題となる。
 
6.おわりに
 今まで様々な問題について関連して考えたり,応用したりできる内容があったにもかかわらず,私たち教師や生徒が,それに気づいていなかった場面がたくさんあったのではないだろうか。
 情報科と他教科で連携することで,実感を伴った学習を行い,生徒の興味・関心を高めることは学習内容の理解を深める上で非常に大切なことである。
 クロスカリキュラムによって生徒が学ぶことの意義を感じながら,知識を有効に活用する力を育てていくことが,学力の向上につながっていくものと考える。
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