ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.36 > p18〜p21

教育実践例
「体感に主眼をおいた情報教育の実践事例
−情報Aと地理Aを関連させてー
開新高等学校 大田黒 司
hikonehanshi@mail.goo.ne.jp
1.はじめに
 教育におけるICT化は,重要課題とされ,近年はよく議論されているテーマである。ICT化の話題を教育現場で耳にするとき,その議論はPCやLAN等の設備関係の問題に終始することが多い。しかし,本来こうした議論では,ユビキタスネットワーク社会の到来をふまえて,ネットワークの活用や情報の分析など,情報活用能力の育成に焦点を置くべきであり,設備等の問題は,必要かつ重要ではあるものの,主題とすべきことではない,と考えている。
 このような従属すべき議題を,主題と取り違えることは,“情報=PC”という誤認識に代表される,教科「情報」における多くの問題の源泉の一つになっていると考えている。
 本来,教科「情報」は,情報科学の基礎的な知識や技能の習得を主眼とすべきであり,情報社会が進展すれば,基礎的な教科になり得るものである。したがって,教科「情報」で習得される知識や技能は,他の領域において活用可能なものであるべきで,そのことをふまえた場合,最も重要な知識や技能は,情報の収集,分析,加工,表現であると考えている。
2.実施校の概要 ※注1
 熊本県立天草高等学校天草西校は,中高一貫教育指定校であり,近隣の中学校と授業等をはじめとして,多くの連携をはかっている。現在,生徒数が60人程度の分校であり,一つの授業における生徒数も,10〜20名程度である。また,一人の教員が複数教科を担当することも多く,教室数も限られ,設備等にも多くの予算がかけられない実情がある。そのため,限られたインフラの中で,有効な授業を行うための工夫が必要である。
3.授業の背景
 情報の“収集”はインターネット等で容易にでき,生徒にそれを実行させるのも,それほど困難ではない。しかし,“分析”や“加工”に関する技能の習得となると,やや難しくなってくる。PCに標準的に装備されているソフトでも,現在は高度な分析などが可能であるが,簡単かつ自動的にアウトプットが得られるため,その原理や仕組みへの理解がないまま,実習を進めている生徒も多い。
 教科「情報」で習得すべき技能は,情報の原理や仕組みであると考えている。そこで,本事例では,回帰分析などの統計的手法を具体的に習得することを目的とはせず,「“分析という概念”そのものを,体験を通して理解する」ということを念頭に置いている。
4.授業の構成
(1)構成と目的

 授業は,次の3段階で構成されている(図1)。
【1】分析という概念そのものの理解
【2】汎用ソフトを用いたグラフ化・分析の練習(視覚による体感)
【3】地図による情報の表現
 その中で,専門の設備を必要としない【1】の段階を特に重視しており,本事例の主目的としている。

図1 授業のフロー
▲図1 授業のフロー

(2)課題1:分析を理解する

 Excel等の汎用ソフトでも高度な分析が簡単にできる。しかし,分析という概念そのものをある程度は理解できないと,単にアウトプットを提出するだけの授業になってしまう。そこで,第1段階として,PCを使用しない思考中心の授業を試みた。

(3)課題2:情報収集の練習

 県庁等のホームページでは,多くの統計情報をダウンロードすることができる。実際の実習では,インターネットに限らず,統計書や新聞等から自由にデータの入手をさせた。多様な情報源による収集を認めながら,インターネットからのダウンロードを手本として授業で示したのは,ネットワーク社会の利便性実感のためである。

(4)課題3:情報の加工と分析

 集めた情報を,表計算ソフトを用いて集計したり分析したりしてみせた。ここでは分析の手法として回帰分析を示したが,その理由は,散布図が線形で視覚的にわかりやすいからである(情報の視覚化による体感の意図がある)。ここでは分析の手法を習得することが主目的ではないので,ソフトの操作の指導に主眼を置き,あとは各自で収集したデータのグラフ化や分析で試行錯誤させ,操作に慣れさせ,視覚的な体感をさせた。

(5)課題4:基本的な情報の準備

 生徒にそれぞれ表現したい情報を地図化させた。元となる紙の地図をトレースし,作成した白地図をスキャナで読み,デジタル画像に変換させた。

(6)課題5:情報の表現

 GISソフトを使用すれば,より高度な解析結果を簡単に地図化できるが,ここでの目的はアウトプットを得るためのソフトの操作の習得ではないので,手間はかかるが,表計算ソフトとペイントを用いて作成した。
 ペイント系ソフトで画像データを合成するという単純な作業であるが,統計情報を地理的情報とともに視覚的に理解できる。

(7)使用した主な教材

・各種統計情報
・Microsoft Excel
・Microsoft ペイント
・画像データ化した白地図
5.授業の具体的内容
(1)第1段階

 情報とその分析に関する基本的な概念を簡単に理解させるために,生徒が思考する活動を中心とした,PCを用いない授業を行った。古来,日本人が不可解な現象を妖怪や精霊という概念を用いて理解しようとしたことにヒントを得て,生徒に,ある現象を源にオリジナルの妖怪を創造させた。地理学では環境という概念を重視するため,その意味でも現象の分析は有効であると考えている。
 具体的には,不可解な身近な自然現象や人文現象を取り上げて,独自の妖怪を考える※注2というものである。ここでは,「どのような現象を妖怪にするか」という作業において,情報の“収集”と“選択”を行わせ,「その現象をどのような妖怪を通じて説明するか」という作業を通じて“分析”や“加工”を行わせた。また,「妖怪の姿を考える」ことで,情報の“表現”の練習をさせることにした。
 レポートの内容は,以下である。

・身近で不可解な現象を見つける。
・妖怪にふさわしい名前を決める。
・現象にふさわしい妖怪を描く。
・妖怪のプロフィールを考える。

 その結果,温泉で人にとりついて鼻歌を歌わせる妖怪や,落ち葉がグランドに散ることで,部活動練習の邪魔をする妖怪などを生徒は考え出した(図2〜4に実際に生徒が作成したレポートの一部を掲載した)。例として,図4のレポート「妖怪:雲ッチ」の要約を紹介する。

○現象:外で遊ぶ子供たちの邪魔をする
○好み:インドア(一人)が好きな子供
○苦手:アウトドア(多数)で遊ぶのが好きな子供
○仲間:雨ッチ,風ッチ
○サイズ:7m
○備考:外で遊んでいる子供をみると雲をだして,雨ッチ風ッチと協力して子供を家に帰す。

 理解できない内容もあるが,妖怪を用いて,彼らなりに「曇り」という現象をシステムとして,ある程度説明していると思われる。このような作業を通して,分析の概念を理解させるのがねらいである。

図2 実際の生徒のレポート(その1)
▲図2 実際の生徒のレポート(その1)

図3 実際の生徒のレポート(その2)
▲図3 実際の生徒のレポート(その2)

図4 実際の生徒のレポート(その3)
▲図4 実際の生徒のレポート(その3)

(2)第2段階

 熊本県のホームページを用いて,情報の入手方法,グラフ化や分析の手法を説明した。あくまでも,操作上の手本のための分析で,相関の高い事例を示すことで,視覚的にわかりやすい散布図等を作成するということが目的であり,それ以上に意味があるものではない。例示した手順を以下に示す。

【1】熊本県統計調査課のホームページ※注3を開く。
【2】必要なデータをダウンロードし,表計算ソフトで表示する。ここでは,国勢調査の第1表の熊本県の人口および面積を用いた。
【3】簡単な分析を行う。ここでは平成12年と平成17年の人口について回帰分析を行い,散布図で表現した(図5)。

図5
▲図5

 また,相関の少ない事例として,平成12年の人口と増減数を同様に散布図で表現した(図6)。

図6
▲図6

 この後,異なったデータを適宜ダウンロードさせ,いろいろなグラフ化や分析を試行させ,操作に慣れさせ,結果として,情報や分析の視覚的体感をさせた。

(3)第3段階

 生徒によっていくつかのアウトプットがあるが,一例として,ある生徒が作成した旧天草町の白地図に宗教史跡数を重ねたものを示しておく。この生徒は,寺社仏閣数の統計を表計算ソフトでグラフ化し,その結果を地図上に表現した。そのフローを以下に示す。

図7 統計地図作製のフロー
▲図7 統計地図作製のフロー

【1】表現したいデータを表計算ソフトでグラフ化する(図8)

図8
▲図8

【2】準備しておいた白地図(図9)の画像に,図8を画像化したものを,カットやペーストで白地図に載せていく。
【3】凡例等を記入し,統計地図として仕上げる(図10)。

図9
▲図9

図7 統計地図作製のフロー
▲図10 統計地図作製のフロー
6.まとめ
 本稿では,第1段階の紹介に主眼を置いたが,第2段階も「情報の視覚化」による体感であり重要であるため,実際の授業では多くの教材を活用した。それらの紹介は今後の機会に行うつもりである。
 PCを使用しない教材開発は,情報=PCという“誤認識”の払拭にも有効であり,分校に限らず,情報インフラの問題を抱える学校にとっては重要と言える。
 もしも今回の事例の目的を地図作製に置くならば,フリーのG I Sソフト等を活用した方がより多様で美しいアウトプットを得られる。しかし,それでは教科「情報」は単なるソフトの操作の習得に終始してしまう。教科「情報」では,情報の定義や概念を教え,その上で技術面での向上を図ることが大切だと考えている。この実習では,特に妖怪を考えるという思考や体感の段階を重視し,教材の工夫を何度も行った。
 授業後の生徒の意見としては,地図を作ることよりも,妖怪を考えることの方が難しく,労力を要したというものが多かった。これは,PCを使えば気軽に,それなりの出力結果が得られるため,彼らがPCの操作になれているほど,情報科学的な思考に慣れていないということの表象であると思う。
 高校のレベルでは体感程度でよいと思う。それ以上は専門性が増すため,体感が限界であると思う。要は,進路や専門性に応じ,各自がこの授業の体感を卒業後に生かしてもらえれば,本授業の目的はおよそ達成されると信じている。
注1:筆者の所属は平成19年9月30日まで熊本県立天草高等学校天草西校であった。本稿では,主として情報Aと地理Aの実践を紹介しているが,分校の特性で,その他の教科も担当しており,近接する教科で類似した内容の実践も展開した。
注2:個人情報等に配慮し,人権が侵害されないように留意する必要がある。なお,生徒の作成したレポート,グラフや地図等は,個人情報保護や表示上の理由のために,一部,修正等が加わっているものもあるが,極力,そのまま掲載している。
注3:http://www.pref.kumamoto.jp/statistics/index.html
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