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ICT・EducationNo.37 > p17〜p21

海外との交流事例
日中高校生はPolycomを使ってどう話したか
─上海市の高校とのTV会議における言語コミュニケーションの観察─
早稲田大学本庄高等学院 望月 真帆
1.日中交流プロジェクトの概要と本稿の目的
 上海市の華東師範大学附属第二中学と埼玉県本庄市の早稲田大学本庄高等学院は,NPO法人ブロードバンドスクール協会(以下BBS協会)のバックアップのもとで,「万博が社会に果たす役割」というテーマの共同研究プロジェクトを実施する機会に恵まれた。
 このプロジェクトは日中友好協会と日本万国博覧会記念機構の支援を受け,2006年9月の両校およびBBS協会3者間での交流授業実施協定締結から本格的に始まった。参加者を決定し,万博研究のテーマ別に4つの班を編成したあと,Eメールや電子掲示板での情報交換を試み,07年1月24日にインターネット電話のSkypeによる情報交換,3月17日にはTV会議システムのPolycom(※注1)を使った意見交換を実施した。3月30日に両校の参加者計34人が大阪で顔をあわせ,水越敏行先生のご好意による関西大学での直前準備を経て,31日に大阪万博記念公園内の会場で両校生徒が成果を発表した。プロジェクトの経過と成果はBBS協会アニュアルレポート(2007,pp.10-13)に紹介されている。また,同僚の半田亨(情報科)が前掲書(pp.33-34)および早大本庄高等学院サイトの「杜エクスプレス」(※注2)に報告とコメントを載せているので,詳しい内容はそちらに譲りたい。
 上海側は「上海万博研究ゼミ」のメンバーで,生徒約10人と教員2人(地理,英語)が参加した。本庄側は課外活動という扱いで有志生徒(1,2年生)23人を6教科7人の教員がサポートした。
 この国際交流プロジェクトは本庄側にとっては前例のないダイナミックなもので,示唆に富んだ経験の連続となった。どの局面を取り上げても興味深いが,本稿では生徒にとって強烈な印象を与えたPolycomを使ったTV会議に絞って論じたい。
2.Polycomの使用法と印象
 Polycomは,インターネット経由で明瞭な映像と音声を送れるTV会議システムである。相手方のIPアドレスに接続するだけで簡単に交信できる。高額であるため,筆者の勤務校には置いていない。幸い,同じ校地内にある早稲田大学の独立大学院(国際情報通信研究科)に備わっているため,3月17日のTV会議は大学院の教室を借りて実施した。上海側はBBS協会の紹介で,大塚商会上海支社のTV会議室を借りた。
 音声が明瞭で相手の様子も見えるとはいえ,3時間に及ぶ英語での会議は楽ではなかった。英語の表現力不足は仕方がない。双方が試行錯誤して聴解力や表現力の不足を乗り越えて理解しあおうとする経験が,国際交流の面白みの1つだ。しかし,このTV会議では,英語の運用力以外の要素が言語コミュニケーションのトラブルを引き起こしていないか,と感じる場面が何回かあった。
 電話での会話が実際に顔をつきあわせての会話と微妙に異なるように,TV会議での会話も何か異なるのではないか。英語の教員として,TV会議の前後にどんな指導ができるのか。TV会議時に撮ったビデオの中で,特にコミュニケーションが円滑にいかなかった場面に着目して,何が起きていたか改めて観察してみた。
3.TV会議の環境と参加者
(1)双方のTV会議場の設定
 本庄側は,TV会議場に120人用の階段教室を使った。上海の参加者は正面スクリーンに映し出される。Polycomのカメラは学生席に向けて教卓に置き,マイクは学生席1列目の中央に置いた。本庄の生徒21人と大人4人は1列目から5列目くらいまでの思い思いの位置に着席して始まった。最初の20分位はそのままだったが,会議が進むにつれて,数人が立ってマイクを囲んだり,やや離れた場所でグループごとに相談をしたりするなど,会議に集中しつつもかなり騒然と動き回っていた。
 上海側は大塚商会の会議室で,スクリーンとカメラに向かって5人の生徒と3人の大人が半円形に着席した。マイクは中央のテーブルに置かれている。上海側のスクリーンでは本庄側のマイクの周辺とその後ろだけの光景が見えており,教室全体の様子は見えていない。

(2)TV会議の参加者
 この日の上海側の参加者は生徒7人と教員2人。このほか,会議室を貸してくださった大塚商会の日本人スタッフが立ち会っている。
 本庄側の参加者は生徒22人と教員3人(物理,情報,英語)。BBS協会事務局長の小堀敦さんも本庄に来られ,情報科の半田とともにTV会議のセットアップを行い,経過を見守った。
 本稿でこれ以降提示するやりとりの例に登場する発言者は,以下の記号で示す。

本庄生徒:K2,Y2,J2,S2,A1,H1,N1
上海生徒:SH
本庄教員:SciT(物理),IctT(情報,半田),EngT(英語,筆者)

 本庄生徒は名前のイニシャルと学年を示す数字で特定できるように示した(例えば,「K2」は「2年生のK君」)。本庄側では5人の2年生が各班のリーダーとして研究の進行に目配りしており,K2とY2は本庄側の全体のリーダーも兼ねている。2年生の発言は自分の役割を意識したものがより多く見受けられるため,学年を識別できるような表記にした。上海側で誰がどの発言をしているかは,記録ビデオからは完全には特定できなかったため,すべてSHとした。
4.TV会議中のトラブルの事例
 以下に紹介するのは,Polycomを介したことが一因となっていると筆者が考えるトラブルの場面である。TV会議の経験豊富な社会人には周知の事例とも思われるが,Polycomを使った経験がない筆者と生徒にとってコミュニケーション上の予想外のトラブルと感じられた部分を抜粋する。

(1)本庄側「司会者」のとまどい
 本庄の2年生は事前に「司会者」としてA1を選んでいた。A1は控えめで責任感が強く,司会のセリフの予習メモを用意していた。TV会議の開始前は,筆者も生徒も司会で使いそうなセリフを事前に用意しておけば何とかなるだろうと思っていた。しかし,Polycomは少人数のグループ同士の会議用に設計されている。Polycomを使用し,こちら側だけで20人以上が参加する会議の司会を行なうなら,こちら側の発言をコントロールしつつ相手側との意見交換を促進するという,高度な言語スキルが要求される。英語を話すだけでも精一杯なA1にとって,予想もしない展開となった。

<例1>
 万博会場の交通機関の整備についての上海側からの質問の意図を,本庄の生徒が誤解した。誤解を察知したSciTが本庄の生徒に日本語で説明を始めたため,上海側を気遣ったIctTがA1に指示をした。

IctT:(教室後方からA1に)あ,A1,だから,少し待っててもらってさ,(聞き取れない)
A1:Please waits, please waits a minutes?
SH:??
A1:Please look at ... please waits a minutes?
SH:Yeah.

 本庄の生徒たちがどう答えようかとざわめく中,SciTはA1に「待たせる理由を言わないと相手はわからない」と助言している。本庄側の様子から状況を察したのか,上海側は「あと4つの質問を先に言うから考えておいてね」と言い,本庄側は口々に「OK! OK!」と大きな声で答えている。

SH:The second question is, how the transportation plan worked during the expo.
A1:(即座に)OK.

 A1の返答の声は小さく,単に「聞こえたよ」とうなずいたものだ。しかし,上海側にはマイクを握っているA1の声が最も明瞭に聞こえているので,司会者であるA1が「意図を理解したよ」と力強く認めたという状況になった。ところが,質問は「万博の時,交通網はどのように機能しましたか?」という漠然としたものなので,本庄側の他の生徒は顔を見合わせている。生徒の困惑を察したSciTが,A1を促す。

SciT:(A1に)わかんなかったらもう一回聞けばいいんだよ。
A1:Will you, one more time? One more time,please.
SH:??
A1:(大きい声で)One more time, please.
SH:??
SciT:(A1に)Please speak again とか言えば。
A1:(大きい声で)Please speak again.

 上海側がやっと質問をくりかえしてくれた。
 ここでA1は先刻のSciTの助言を思い出し,理由をつけて「相談するから待ってて」と言う。上海側の質問をまとめて聞くという先刻の合意を把握できていなかったのである。

A1:Ok,あー,so,we are,あー,we have meeting,so please wait a minute.
SH:Pardon?

 事態を察知したY2がやんわりと介入する。

Y2:(A1に)残りの質問を…。
A1:??
Y2:(A1に)どんどん質問言ってもらって。
A1:Please continue, to ask questions.

 A1がだいぶ追いつめられた表情になったので,A1に了解を取った上で,司会役を帰国生のH1と急遽交代させた。H1はA1より英語は堪能だが,会議の流れを調整するのはやはり難しく,同じようなトラブルがその後も何回か起こった。

(2)「オレの考えを言っていいの?」
 Polycomの長所は,双方の複数の参加者が一度に発言しても音声を同時に拾えることだ。接続さえ良好ならば,離れた場所にいながら1つの会議室を共有しているように感じられる。主体的に発言できるメンバーが集まるとき,Polycomはその長所を発揮する。
 上海側はその条件を満たしていた。各テーマを1〜3人で担当しているため,TV会議の参加メンバー全員が自分の判断で発言していた。一方,本庄側は各テーマを5〜6人の班で担当し,班のリーダーが指示をして資料収集や日英両語の原稿作成などの作業を分業で進めている。TV会議に臨む意欲は上海側に劣らず強いが,発言するならグループ代表として適切なことを言わなければという意識が強かった。

<例2>
 2年生は,意見を求められた際,「自分はこう思う」と落ち着いて対応できていた。以下は,大阪万博と愛知万博で紹介された先端技術で現在普及しているものは何か,という話題の中でのやりとりの例である。

SH:And, which product do you like best?
S2:あー,I think,(手で自分を指して)I think,I think, the cell phone, because many people have cell phone,mobile phone.

 S2はジェスチャーも使い「(グループの見解ではなく)自分の意見だ」と念を押していた。ここでは,Polycomの強みが生かされている。このような成功例はこのTV会議中は少なく,次の2例のように本庄側が応答をためらう場面が多かった。

<例3>
 上海側に愛知万博に行った人と話がしたいと求められ,N1が対応した。交通手段や混み具合など,事実についての質問が続いたあと,「あなたは上海万博に来ますか?」と尋ねられた。軽々しく約束できないととまどうN1に,K2が介入する。

SH:Will you visit 2010 Shanghai Expo?
N1:(周囲の仲間と顔を見合わせている)
K2:(N1に)行きますって(言え)!行きますって,行きますって!
N1;Yes.あー...
K2:(N1に)Of course, of course(と言え)!
N1:Of course.

<例4>
 上海万博でアフリカ諸国の展示に訪問者の関心を集めるためにどう貢献できるか,という点が上海側の研究テーマの1つらしく,アフリカの印象を何度も尋ねてくる。本庄側にとっては想定外の質問であるため,何を答えるべきか7〜8人が3分以上相談している。答える役のH1は,アフリカに対しては自分は貧困や内戦などネガティブな印象しか持っていないと迷い,2年生が「相手は印象を聞きたいんだから率直に答えろ」と説得している。

K2:正直に言っちゃっていいんじゃない?
EngT:正直に言っちゃって。僕の意見だけど,って言って。
H1:え,じゃ,何,何を言えば…?
S2:思いついたこと。
H1:オレの考えたこととか…?
EngT:僕のイメージだけど,って。
K2:貧しいとか。
I1:貧しいとか言っちゃえ。
H1:It’s my opinion, ...
SH:Yes?!
H1:This is my opinion, but, uh, Africa, is not developed ... as European countries(以下省略)
 
5.「予習」より「復習」を
 今回の観察では,会議の場で必要な高度な言語スキルの必要性が,TV会議システムの介在によって一層明確になっているという印象を受けた。
 議論の場では,事実と意見,意見と感想,個人の意見とグループの見解,要点と補足などを明確に分けてやりとりすることが求められる。これは母語でも高校生にとっては高いハードルだ。 さらに今回のケースでは,会議を円滑に進行させるために以下のようなスキルが求められたと言える。

1.参加者全員が会議の話題と方向を共有できるように気を配りながら発言する。
2.コミュニケーション上のトラブルが起こったと察知したら,相手にトラブルの状況を明確に説明し,軌道修正をする。

 この2点は,顔をつきあわせての会議でも求められるスキルで,有能な議長や仕切りの上手な参加者なら自然に使いこなしているものであろう。
 今回の会議中のトラブルの多くは,Polycomのマイクの前にたまたま座った本庄側の参加者が,自分でも意識しないまま会議を仕切るべき「声の大きい人」の役割を担ってしまったことに多く起因すると思われる。Polycomのマイクは感度が良いので,教師が授業をするような声を張り上げる必要はない。しかし,本庄側では適正人数を上回る生徒がその場にいるため,通常の会話の声量だと上海側には聞こえるが本庄側には聞こえない。両サイドが会議の流れを把握できるような言い方が絶えず求められる。
 また,Polycomの画像はクリアだが,あくまでもバーチャルなので,会話を維持する熱意を伝えるには,相当意識的に相手に「見せる」必要がある。前項の成功例と失敗例は,会議中の自分の役割認識の度合いの個人差が,TV会議システムによってより増幅された事例だと考える。
 このようなスキルを事前に「予習」することは可能なのだろうか?できる準備はいくつか考えられるが,実際の会議では場面と状況が刻々と変化するため,完璧な「予習」などはありえない。
 TV会議を活用して言語によるコミュニケーション力を養成するなら,むしろ,「復習」の方が役に立つように思う。上の5つの事例では,生徒たちが自分の判断でコミュニケーションを軌道修正し,会議を継続させていた。どのような発言が軌道修正に有効だったかは,発言者自身は案外把握していないものだ。興味深い場面の記録を取り出し,トラブルの原因と修復方法を生徒と共に考察することで,コミュニケーションを成立させる要素をより的確に認識できるのではないだろうか。

【注釈】Polycomについて(半田亨による)
 Polycomは,特に企業会議に多用されているテレビ会議システムです。カメラ自体は高額で,ハイエンド機種で約300万円しますが,現在は50万円程度の製品も出ています(モニターを除く)。1対1で行う場合は双方のIPアドレスに向けて情報のやり取りをします。中継サーバを設けることにより多地点会議も可能です。このシステムの長所は,その映像の明瞭さ,カメラの取り扱いの容易さ,そして,会議場の臨場感を伝えあえることにあります。また,通信内容は暗号化されるためセキュリティも保持されます。Polycom,Skype,その他いろいろなテレビ会議のやり方が考えられます。学校においてテレビ会議でコラボレーションを行いたい場合,実施したい内容と予算・通信環境を考えながら使用するソフトやシステムを選択することが重要です。
注1:Polycomの詳細は,上記の注釈,および http://www.otsuka-shokai.co.jp/products/tvm/polycom.htmlをご覧ください。
注2:「杜エクスプレス」の「行事アルバム」http://mori.honjowaseda.com/2007/?page_id=4
*本稿は,第34回ICTE 情報教育セミナーin Keio(2007年5月12日)での口頭発表を基に執筆した。
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