ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.38 > p4〜p6

論説
新学習指導要領における中学校での情報教育の扱い
神奈川大学附属中・高等学校 小林 道夫
1.情報教育の実施と課題
 現行学習指導要領の中で,情報教育の目標や学習の体系化が明確になり,情報教育が目標とする3つの観点として「情報活用の実践力」「情報社会に参画する態度」「情報の科学的な理解」が示された。「情報活用の実践力」は,小・中・高校の各教科での学習や総合的な学習の時間において,コンピュータやインターネットを活用することによって育成できる。しかし,多くの情報を処理し発信するまでの実践力を高めるには,中学校,高校において「情報社会に参画する態度」と「情報の科学的な理解」を育成することが重要である。そのために,中学校では技術・家庭科「情報とコンピュータ」,高校で情報科を必履修科目として設定した。2002年から中学で実施され,高校は2003年から年次進行で実施され2005年に完全実施となった。2006年から情報科を入試科目として採用する大学もあらわれた。
 しかし,小学校では情報教育を実施する科目が独立して置かれているわけではなく,「各教科等の指導を通じて情報手段に慣れ親しむ」ことにとどめているため,取り組みには大きなばらつきが見られる。中学校では,主に技術・家庭科の技術分野にある「情報とコンピュータ」で実施しているが,「マルチメディアの活用」と「プログラムと計測・制御」といった内容が学校選択項目となっており,中学卒業時の生徒の情報活用能力に差が生じていることが課題となっている。つまり高校に入学する新入生が,情報科を実施する前から情報に関する知識やスキルに大きな差があるため,授業を実施するにあたって難しい状況にある。
 また,小学生のうちから携帯電話やインターネットを日常的に使っている子どもたちも増え,大人の目の届かないところで子どもたちがネットワーク上のトラブルや犯罪に巻き込まれているケースが急増している。子どもたちが被害者や加害者にならないために,ネットワーク上のルールやマナー,個人情報やプライバシー,著作権などの問題に対する対応や危険回避の方法など,情報モラルに関する指導もこれまで以上に充実する必要がある。
2.改訂のポイント
(1)情報教育の取り扱い
 中教審の答申では,社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項に情報教育があげられ,学習のためにICTを効果的に活用することの重要性を理解させることと情報活用能力を育むことが,「基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着とともに,発表,記録,要約,報告といった知識・技能を活用して行う言語活動の基盤となる」と述べられている。新学習指導要領では,中学校段階で「コンピュータやインターネットの主体的な活用」と「情報モラルに関する指導」の充実の2点があげられており,現行の学習指導要領に比べてかなり強調されている。しかし,中学校での情報教育は,これまで通り技術・家庭科が中心となって実施することになっており,高校の情報科のような新教科が設置されるわけではない。

(2)技術・家庭科技術分野の改訂
 技術分野では,現行の「A技術とものづくり」と「B情報とコンピュータ」の2つの内容から,「A材料と加工に関する技術」「Bエネルギー変換に関する技術」「C生物育成に関する技術」「D情報に関する技術」の4つに再構成された。技術・家庭科の年間授業時間数はこれまで通り中学1年70時間,中学2年70時間,中学3年35時間の合計175時間で変わらない。この時間数は家庭分野も含むので,技術分野はこの半分の80〜90時間程度である。時間数が変わらないのに内容が2つから4つに増えたとなると,情報教育の部分が縮小された感があるが,実際のところでは「技術とものづくり」の内容を3つに分割しただけで,情報教育の部分はこれまで通り20〜25時間程度と考えられる。そして,これまで学校選択項目であった「マルチメディアの活用」と「プログラムと計測・制御」が必履修となり,中学卒業時の情報活用能力に差があるといった問題が解決されることになるが,少ない授業時間数の中で学習内容だけが増えている。

(3)情報分野の改訂ポイント
 学習内容としては,これまで6項目あったものが「情報通信ネットワークと情報モラルについて」「ディジタル作品の設計・制作」「プログラムによる計測・制御」の3項目になった。コンピュータの利用やソフトウェアの活用,マルチメディアの表現・発信といった項目が「ディジタル作品の設計・制作」に集約されたことが大きい。削除された内容としては,これまで情報教育の導入として指導していた,情報技術の生活との関わりやソフトウェアの機能やコンピュータの基本的な使い方といったところである。
 しかし,今回の改訂の「(1)情報通信ネットワークと情報モラルについて」の指導事項の中に「コンピュータの構成と基本的な情報処理の仕組みを知ること」や「情報に関する技術の適切な評価・活用について考えること」が含まれており,項目と指導事項が一致していないところが伺える。よって単純に3項目に減少したとは言い切れない。
3.新学習指導要領における情報教育の展望
 次に,指導事項について検討する。学習内容に「基本的な情報処理のしくみ」「基本的なネットワークのしくみ」「基本的な計測・制御のしくみ」の事項が加わっており,内容の取扱いには,「情報のディジタル化の方法と情報の量」を指導するよう明記されている(学習指導要領新旧比較対照表を参照)。これらは2進法や16進法といった情報表現の基本からAD変換,通信プロトコルや通信速度,そしてプログラム演習やロボット制御などが含まれており,学習内容がこれまでの「情報活用の実践力」という観点から「情報の科学的な理解」に大きくシフトしていることがわかる。高等学校情報科の中でも,主に「情報B」や「情報C」で扱っていた内容が中学校技術・家庭科に加わったことにより,これまで以上に情報教育の体系化が強化されたと言える。中学校で効率よく情報の基礎力を身につけていけば,高等学校情報科で始まる「情報と社会」「情報の科学」の学習内容が高度化されたとしても十分対応できる。黒上(2007)は,「情報と社会」が社会学やコミュニケーション学,そして「情報の科学」が情報学といった高等教育への入り口になると指摘している。
 コンピュータの基本操作やソフトウェアの使い方といった基本的な指導は小学校や中学校の他教科に任せ,技術・家庭科では情報に関する科学的な見方や考え方を身につけさせるという方針はわかるが,問題は基本的な指導の学校間格差である。小学校に情報教育を専門的に実施する教科がない中で,指導内容や指導時間に学校間格差が生じることは明らかである。また,中学校においても各教科でどの程度ICTを活用するかは不透明な状態である。コンピュータやインターネットに慣れていない生徒に対して,基本を教えずに情報処理のしくみやネットワークのしくみを指導することは難しい。新学習指導要領の実施にあたっては,これまで以上に情報教育に対する教科の横断的な取組みが重要であり,日常の学習活動の中でICTを活用した実践が求められる。

現行学習指導要領 新学習指導要領
内容
B情報とコンピュータ
(1)生活や産業の中で情報手段の果たしている役割について,次の事項を指導する。
ア 情報手段の特徴や生活とコンピュータとのかかわりについて知ること。
イ 情報化が社会や生活に及ぼす影響を知り,情報モラルの必要性について考えること。

(2)コンピュータの基本的な構成と機能及び操作について,次の事項を指導する。
ア コンピュータの基本的な構成と機能を知り,操作ができること。
イ ソフトウェアの機能を知ること。

(3)コンピュータの利用について,次の事項を指導する。
ア コンピュータの利用形態を知ること。
イ ソフトウェアを用いて,基本的な情報の処理ができること。

(4)情報通信ネットワークについて,次の事項を指導する。
ア 情報の伝達方法の特徴と利用方法を知ること。
イ 情報を収集,判断,処理し,発信ができること。

(5)コンピュータを利用したマルチメディアの活用について,次の事項を指導する。
ア マルチメディアの特徴と利用方法を知ること。
イ ソフトウェアを選択して,表現や発信ができること。

(6)プログラムと計測・制御について,次の事項を指導する。
ア プログラムの機能を知り,簡単なプログラムの作成ができること。
イ コンピュータを用いて,簡単な計測・制御ができること。

内容の取扱い
(2)内容の「B情報とコンピュータ」については,次のとおり取り扱うものとする。
ア (1)のアについては,身近な事例を通して情報手段の発展についても簡単に扱うこと。(1)のイについては,インターネット等の例を通して,個人情報や著作権の保護及び発信した情報に対する責任について扱うこと。
イ (3)のイについては,生徒の実態を考慮し文書処理,データベース処理,表計算処理,図形処理等の中から選択して取り上げること。
ウ (4)については,コンピュータを利用したネットワークについて扱うこと。
エ (6)のイについては,インタフェースの仕組み等に深入りしないこと。
内容
D情報に関する技術
(1)情報通信ネットワークと情報モラルについて,次の事項を指導する。
ア コンピュータの構成と基本的な情報処理の仕組みを知ること。
イ 情報通信ネットワークにおける基本的な情報利用の仕組みを知ること。
ウ 著作権や発信した情報に対する責任を知り,情報モラルについて考えること。
エ 情報に関する技術の適切な評価・活用について考えること。

(2)ディジタル作品の設計・制作について,次の事項を指導する。
ア メディアの特徴と利用方法を知り,制作品の設計ができること。
イ 多様なメディアを複合し,表現や発信ができること。

(3)プログラムによる計測・制御について,次の事項を指導する。
ア コンピュータを利用した計測・制御の基本的な仕組みを知ること。
イ 情報処理の手順を考え,簡単なプログラムが作成できること。

内容の取扱い
(4)内容の「D情報に関する技術」については,次のとおり取り扱うものとする。
ア (1)のアについては,情報のディジタル化の方法と情報の量についても扱うこと。(1)のウについては,情報通信ネットワークにおける知的財産の保護の必要性についても扱うこと。
イ (2)については,使用するメディアに応じて,個人情報の保護の必要性についても扱うこと。

(5)すべての内容において,技術にかかわる倫理観や新しい発想を生み出し活用しようとする態度が育成されるようにするものとする。
▲中学校技術・家庭科 情報分野に関する学習指導要領新旧比較対照表
<参考文献>
・文部科学省(2007),「新しい学習指導要領」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/
・黒上晴夫(2007),「重要度が高まる情報教育と2科目編成の教科「情報」」,ICT・Education No.36
前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る