ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.38 > p26〜p29

中学校の情報教育実践例
情報モラルを中心とした情報教育
青梅市立第一中学校 紙澤 雅一
kamizawa@bekkoame.ne.jp
1.はじめに
 かつて「コンピュータ教育」は,「小学校も中学校も高等学校も,同じことをやっている」と言われた時代がありました。それは,家庭ではコンピュータがまだまだ珍しく,学校で初めて触れる生徒が多くいたからです。どの校種も,手探りの状態で生徒の指導にあたり,社会の変容が校種の差には表れにくかったからでしょう。
 全国の学校にインターネット環境を整備する「100校プロジェクト」で回線の接続が始まったのは平成7年春のことでした。あれから,わずか13年ですが,今や「情報教育」は大きく変わってきました。
 インターネット社会の発展によってコンピュータや携帯電話などの端末が身近になったこと。メディアリテラシーを含めて「情報」をコンピュータだけでなく多くの場面で扱う教育が一般化してきたこと。これらのことから,やっと,子どもたちの発達段階に応じた「情報教育」が可能になってきたと思っています。
 ちなみに,青梅市立第一中学校での平成19年度の調査では,生徒の家庭の85%にコンピュータがあって,生徒の62%は携帯電話を所持しています。
2.なぜ「情報モラル」を扱うのか
 まず,「ネットワーク社会」が,子どもたちにとっては決して「仮想社会」ではなく,「現実の社会」として存在しています。一般社会でも,家の外に出なくても,ネットワークの世界だけでも入手を得たり買い物をしたりコミュニケーションを取ったりすることが可能になるなど,「ネットワーク社会」は「現実の社会」と並行して存在し,無視できないものとなりつつありますが,子どもたちにとっても同様なことが言えます。今や,子どもたちにとって,ネットワーク社会での生活においても「生きる力」が必要になってきているのです。
 社会生活でも「モラル」が必要なように,ネットワーク社会においても「モラル」の欠如は様々な問題を引き起こしています。今話題になっている学校裏サイトのように,「ネットワーク社会」でのトラブルが,実は「現実社会」を起因とし,「現実社会」での人間関係を壊してしまうことが日常的に発生し,「情報モラルの授業が,学校教育で重要である」「何とかしたい」と考える人は増えていると考えられます。
 しかし,学校教育という限られた時間と場所の中で何をどのように扱うかについては,多くの学校で悩んでいて,なかなか普及しない現実も見えています。教員も保護者も,「情報モラル」が重要な課題だと考えているにもかかわらず,実践は限られています。
3.効果的な「情報モラル」の授業
 実際に中学校で,「ネットワーク社会での情報モラルを扱う授業」を行おうと考えたとき,「授業の時間がなかなか確保できない」,「コンピュータ室を一斉に使うのは難しい」などの問題が生じてきます。
 それらを克服するために,考えなければならないことをいくつかあげてみましょう。「授業の時間がなかなか確保できない。」では,生徒の実態把握によって,授業内容をとことん精選することが重要です。「コンピュータ室を一斉に使うのは難しい。」では,「情報教育」はコンピュータを使うことだけではないことを踏まえ,思い切って教室で誰でもできる授業を設定することが一つの解決策です。
 具体的な実践について,以下に述べていきたいと思います。
4.小中連携の必要性
 少ない時間で効率的な「情報モラル」を扱うには,生徒の実態把握は欠かせません。さらに,学区域の小学校との情報交換の中で,「地域の子どもたちをどう育てたいのか」「地域の子どもたちに何が必要なのか」を,考えていくことも必要です。
 次の表は,青梅市の小中学校での「情報モラル」の連携を考えた例です。

校種 学年 指導目標


言葉遣いに気をつけながら「1冊の本」などの紹介文を打ち込むことができる。
読み手のことを意識しながら「1冊の本」などに簡単なコメントを打ち込むことができる。
不特定多数の人たちが見ることを意識しながら,情報発信することができる。
著作権や肖像権を意識しながら,情報発信することができる。


著作権や個人情報の扱いに気をつけながら,情報発信することができる。
ネット上の権利と保護について考えながら,情報発信することができる。
ネット上に散在するモラルに関わる様々な問題点について考えながら情報発信することができる。
▲小・中学校の連携での情報モラル指導計画(青梅市教務主任会Aグループによる)

 このような,小中を通したカリキュラムとして「情報モラル」の指導計画を立てることは,子どもたちの発達段階と地域の実情を考える上で重要になります。話し合いを進める上で,問題点も見えてきますし,また「小学校ではどこまで教えているのか。」「中学校側はどこまで教えてもらいたいのか。」といった,情報交換も可能になります。
 しかし,立てたものがいつも使えるとはなかなかなりません。年々子どもたちの状況は変化しています。さらに,個々の学年の実態も異なります。そのため,子どもたちの状況に合わせた指導内容を随時検討する必要があります。
5.平成19年度青梅市立第一中学校での実践
(1)コンピュータ室を使わない「情報モラル」
 一般的に中学校で,ネットワーク社会での「情報モラル」の授業を行う場合,コンピュータ室で授業を行うことを想定していることが多いでしょう。これは,従来の「情報モラル」が,「メールの使い方」「ウェブでの情報発信」というような表面的な内容のカテゴリーで扱われることが多かったためです。しかし,本当の意味での「情報モラル」を考えるとき,その本質的な部分をどう指導するかが重要になってきます。
 学年や学校単位で,道徳や学級活動,総合的な学習の時間などでの「情報モラル」の授業を行うとき,一斉にコンピュータ室を使うことは難しいですが,コンピュータ室での授業にこだわる必要はありません。
 そこで,「情報モラル」の授業は,各学級の教室で学級担任が行うことを基本とし,扱う題材によって,「冊子などの印刷物」「紙芝居風の提示」「1台のPCによる演示」など,各学年で検討を重ね,内容に合わせた指導法を工夫してきました。

(2)3つの視点で「情報モラル」を考える
 本当の意味での有効性を考えた「情報モラル」の授業を実施するには,子どもたちに何が必要なのかを明確にする必要があります。そこで,本校では,次の3つの視点に内容を分類し,各学年の指導内容を検討しました。
・法と情報社会での責任
・安全と情報セキュリティ
・公共的な意識と判断
 結果的には,その発達段階にも合った「身近な問題」から「法的な問題」へと段階を踏んだ内容となりました。
 第1学年は,小学校第6学年から中学校第1学年にかけて携帯電話の所持率が増加することを踏まえ,これまでの取り組みを引き継ぎ,「みんなのケータイ2」(モバイル社会研究所,とうきょうED研究会)を使用した携帯電話のコミュニケーションの指導を軸に指導計画を構成しました。
 第2学年では,コミュニケーション不足から人間関係のトラブルが見られる等の実態から,「人権教育」とも関連させたコミュニケーションをテーマにした指導計画を構成しました。
 第3学年ではコミュニケーションの問題からさらに踏み込んだ「知的財産権」をテーマに授業実践を行うこととしました。
 特別支援学級では,携帯電話にかかわるトラブルが起こっていることも考え,コミュニケーションに重点を置いた「携帯電話の利用」を中心とした授業を構成しました。

紙芝居風に授業を進めているところ
▲紙芝居風に授業を進めているところ

(3)指導上で意識すべきこと
 指導する教員は,「子どもたちに何を伝えたいのか」,学校で指導する際の共通した基盤となる考えが必要になります。授業は各教員の様々な個性が活かせることが望ましいですが,「情報モラル」に関しては教員間の知識の差が出やすいため,共通の基盤は欠かせません。本校では,研究を進める中で,次の4点を指導のポイントとして意識した授業を展開することとしました。
・善意に付け込む手法を見破る的確な判断力と用心深さを身につけさせる。
・利用者としてのネットワークへの適切な関わり方を構築させる。
・通信機器の影響力の巨大さを認識させる。
・言葉を大切にする生活態度を育成する。
 これらを指導者側が意識して,「不注意は取り返しがつかなくなること」を,子どもたちに理解させなければなりません。また,「文字中心のコミュニケーションが,相手を目の前にしたときのコミュニケーションと大きく違うこと」も意識させる必要があります。
6.考えておいてほしいこと
 「携帯電話がインターネットのモバイル端末であること」を意識することはとても重要なのですが,おとな(教員や保護者)の意識としては,「携帯電話はただの電話機」であることが多いという現実がまだまだあります。
 自宅で扱うコンピュータは,比較的おとなの目にも付きやすいのですが,携帯電話はおとなの目に付かないところで,いつでも使うことができます。携帯電話は,今や,コンピュータに迫る機能があって,利便性も高いことから,子どもたちのインターネット端末としての利用はかなり進んでいます。
 「情報モラル」は,道徳の授業としても効果的な授業が展開できます。
 子どもたちは,ただ教えられるだけの授業では,なかなか「モラル」が身に付きません。普通に行われる「道徳」の授業は,子どもたちも身構えてしまい,こちらが望んでいる結果をただ返すだけの授業になりがちです。
 「情報モラル」の授業で,討論や葛藤をさせると,より身近で現実的な問題を扱うことが多いからか,より活発で具体的なやり取りが行われ,「道徳観」「道徳力」を高めることが期待されます。
7.まとめ
 「情報モラル」の指導は,これを指導したらすぐに改善されるというものではありません。子どもたちが考える力を獲得できるように情報を提供すると共に,定着しづらい内容は繰り返し取り上げる必要があります。本校の生徒のコミュニケーション不足は全学年に共通する問題点ですが,「情報モラル」の授業を続けることにより,子どもたちは確実にネットワークに対応する力をつけています。「それでも同じトラブルを繰り返してしまう」「わかっていてもできない」という人間の本質もふまえ,繰り返すべきことは繰り返し,新たな指導を加えることが重要であると考えます。
 平成19年12月に実施した生徒の意識調査では,生徒の意識にいくつか特徴が見られました。各学年とも共通しているのは「不正アクセス防止」と「ウィルス対策」への関心が高いことです。これは,危険なサイトは自分の判断で防止が可能だが,目に見えない部分での危険に不安があると考えていると思われます。また,顕著なのは,自分たちの学年では3番目の視点である「公共的な意識と判断」が不充分であると考えていることです。これは,生徒同士のコミュニケーションに,まだまだ課題が残っていることを示していると考えます。
 本校では,授業参観や授業公開週間に合わせて「情報モラル」の授業も公開していますが,地域や保護者の理解が得られなければ,「情報モラル」が生徒に定着するのは難しいでしょう。今後も,機会をとらえて「情報モラル」の授業を公開し,地域・保護者との連携のもと,引き続き実践を続けていきたいと考えています。

冊子「みんなのケータイ2」を用いた授業
▲冊子「みんなのケータイ2」を用いた授業
<参考資料>
・冊子「みんなのケータイ2」のデータおよび授業実践の様子
http://www.moba-ken.jp/theme/kidsmobile/textbook/report
・冊子「みんなのケータイ2」を使った授業の流れ(動画)
http://e-school.nicer.go.jp/2006/open/100601mv.html
・特定非営利活動法人とうきょうED研究会(夏と冬に情報教育の研究会を行っています)
http://tokyo-ed.net/
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