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ICT・EducationNo.42 > p1〜p5

論説
問題解決と教科「情報」を考える
長崎大学 寺嶋 浩介
1.はじめに
 「問題解決」あるいは「問題解決力」という言葉が巷にあふれている。ビジネス書のタイトルに「問題解決」と入ったものが書店では散見されるが,かなり多くの人が「問題解決」できずに困っており,社会的要請があるようである。経済産業省は「社会人基礎力」として,

・前に踏み出す力(アクション)
・考え抜く力(シンキング)
・チームで働く力(チームワーク)

の3つの能力をあげ,「学んだ知識を活用する力の重要性」を指摘している。(※注1) 直接,「問題解決」と言っているわけではないが,何か答えがわからないことに対して,それについてみんなで考え,解決を図っていこうという姿をイメージすることができる。これと似たような流れが学校教育にもあると言ってもよいだろう。新学習指導要領では,これまでの学力調査の成果も踏まえつつ,知識の習得から,活用,探究への結びつけを促している。
 このような状況において,教科「情報」は社会や学校の要請とも合致するのではないかと思う。新学習指導要領では,「社会と情報」においては少ないものの,特に「情報の科学」においては,「問題解決」という言葉が数多く見られるからである。
 そこで,本稿においては,「問題解決」について,一般的な構造を示しながら,新学習指導要領もある程度念頭に置きつつ,教科「情報」との接点を大きくとらえてみたい。
2.「問題解決」を構成する要素
 「問題解決」はおおよそのところ,以下の5つから構成されていると考えられる。大体この順ではあるが,各要素を往復しながら展開されている。また,一つのサイクルが終われば,次のサイクルへと動いていくのが通常である。

(1)問題と目標

 「問題を解決する」のだから,とりあえず解決すべき「問題」がないとはじまらない。あたりまえのことではあるが,この「問題」を設定するのは,自分自身である。これが相当難しい。これが問題解決における最大の要素である。
 ある現状に対して,目標とする状態に変化させたいとき,問題解決のプロセスが開始される。ここで「現状」というのが「問題」となる。これをできるだけ明確化しておくことが必要である。ただし,問題の種類は大きくは2つに分かれることに留意したい。
 1つは「良構造問題」というものである。これは,目標を明確に定義できるものである。ハノイの塔のように,あるブロックをルールに従って,別の場所の指定された形になるよう移動させるための手続きを考えてみる,というのはその代表例となろう。一方,「悪構造問題」というものがある。例えば,「いかにしたら幸せな人生が送れるか?」という問題については,「幸せでない」という現状(問題)の定義が難しく,理想とされる目標も人によってまちまちである。現実の問題場面は圧倒的に後者が多い。このようなタイプの問題に対しては,解決するための問題状況と目標をある程度の枠組みで決めなければいけない。

(2)情報の収集・分析

 問題を目標状態に持っていくためには,どのような方法を採用するかということを検討することも必要である。そのために多角的に情報収集を行い,それを分析し,深く吟味する,ということが求められる。
 まず,設定した問題を深く検討することが必要である。そのために情報を収集する。具体的な方法として,人に聞く,自身で情報を検索して調べる,などがある。あるいは,自分で調査を行ってみる方法もあり得る。また,実験や実践を通して情報を収集する方法もあろう。それらのデータを量的・質的に分析しながら,解決のための案を考える。

(3)表現や議論

 自身やグループが分析したことについては,はじめに限定させたプランを立てている以上,どうしても成果や考察というのは限定的にならざるを得ない。自分たちが取り組んで考えた結果について,その成果等を表現し,他者から意見をもらう。議論の上,再度情報収集や分析を試みるということが必要になる場合もある。

(4)実践や貢献

 実際の目標が,問題の理解(〜の現状について把握する)にとどまらない場合は,実際に問題状況を変えるための行動に出ることもあり得る。そのためには,自分たちで実践するだけではなく,何かのコミュニティにおいて参加貢献することや,自身らがファシリテータとなるなどの手立ても可能性としては考えられよう。

(5)評価

 上記の過程を経た上で,自分たちがやってきたことについて,どの点で成果があり,どの点で課題を残しているのかについて,評価を行う。成果であれ課題であれ,明確にしたものについては自分なりの経験則として,次の問題解決に役立てることができる。

 以上のような過程でおおよその問題解決は成立すると考えられるが,特に学校での学習や教育場面を考えた際に2つの制約がある。
 まず大きいのが時間的制約である。通常の現実的な場面においてもそうであるが,学習場面となるとかけられる時間数からできることを検討するのが普通である。その次に,環境上の制約である。自分が持っている問題意識に対して,充分な情報にあたることができない(例えば,聞く人や一緒に活動できる人がいない,充分なデータベースが存在しない)可能性がある。ただ,後者については近年では情報通信ネットワークによって解消されるようになってきたというのが事実である。
3.教科「情報」と「問題解決」の接点はどこにあるのか
 新学習指導要領上の位置づけを見てみると,「社会と情報」では,(4)ウ「情報社会における問題の解決」において,「情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用して問題を解決する方法を習得させる。」と示されている。現行の学習指導要領においては,例えば,「情報A」(1)ア「問題解決の工夫」では,「問題解決を効果的に行うためには,目的に応じた解決手順の工夫とコンピュータや情報通信ネットワークなどの適切な活用が必要であることを理解させる。」と示されている。新学習指導要領においては,実際に「理解」のレベルを超えた上で,実際に手段として適用できるところをねらっている。
 また,「情報の科学」については,(2)「問題解決とコンピュータの活用」,(3)「情報の管理と問題解決」で,問題解決が主要なテーマとして取り扱われている。特に,(2)ア「問題解決の基本的な考え方」,(3)ウ「問題解決の評価と改善」では,問題解決に関する具体的な内容が述べられており,問題解決の考え方やプロセスそのものを学ぶことに力がそそがれている。(※注2)
 さらに,教科「情報」の特性を踏まえた上での「問題解決」とのつながりを考えれば,問題解決のための具体的な方法論の習得と活用にあると言える。問題を解決するための方法を学ぶ際に,情報化の影響は切り離せない。情報機器や情報通信ネットワークを活用することや,アルゴリズムやモデル化とシミュレーション,データベースの考え方を学び,それを解決のための1つの手段として活用することは,この教科でないと学ぶことができない。また,先に述べたように問題解決プロセスにおける表現やコミュニケーションについては,「情報の科学」でも充分に学ぶべきであるし,その場面も提供できる可能性があるので,授業場面において,意識的に入れていく必要があるだろう。
4.教師の指導上の工夫
 先に述べたような教科「情報」との接点部分については,きちんと教えた上で,問題解決場面を繰り返し,経験させることで質的に高めていくことが,教師には求められる。それが問題解決力を高めていくことにつながる。
 その過程において,教師は指導上,どう工夫する必要があるのか。

(1)指導性のバランス

 「問題解決」という言葉は学校教育の文脈においては,一般的なとらえ方とは少々異なるかも知れないが,「問題解決学習」としてかなり昔から使われてきた。第二次世界大戦後に展開された社会科はその代表例だと言える。例えば,京都で有名な西陣織をテーマとし,工場の見学,労働形態,原料や製法を調べ,桐生や福井といった別の土地との比較を行ったり,歴史的視野から検討したりしている。これは現在の総合的な学習の時間やプロジェクト型学習のルーツの1つともなっている。問題解決の試みは,その位置づけは時代ごとに変わってはいるものの,何らかの形では取り組まれてきたのである。だから,問題解決の重視というのは意外にも学校教育にはフィットするのではないかと私は考える。
 ただ,過去と現在で違うのは「問題解決」の過程そのものを対象に学んでいく色合いがより濃いものとなっているという点,学習者が自ら情報を入手できる可能性が格段に高くなっているという点で違いがある。後者の点は特に,情報化がもたらした恩恵という観点で考えると,非常に重要な視点である。これにより,学習者の自律的な行動が期待される。例えば,上記の「西陣織」の実践ではメディア環境が当然現在のように整備されていなかった。そこで,教師が大学の専門家にインタビューした情報を児童に紹介したり,自身で専門書にあたってみたりしたのである。しかしながら現在では児童自身がデータベースにアクセスし,調べたり,専門家とコンタクトを取ったりすることができる可能性がある。情報を,教師を介して得るのではなく,自分たちでほしい情報を得ることができる可能性が広がっている。このような状況では生徒の学習可能性は大きい分,教師に求められる指導にも,教師中心に指導をしていくのか,学習者主導の中でサポート役に回っていくのかというバランス感覚が望まれる。問題解決のプロセスを考えると,例えば,以下のようなものがあるだろう。

  • 問題の明確化:どの程度の枠組みで生徒に決定させるのか
  • 生徒の問題解決に資する情報:どの程度教師が用意して与えてやるのか
  • 協同的な意思決定:どこまで障壁となる部分を体験させ,どういう形で乗り越えることを支援するのか
 これらは言わば「制御と発見」とか「足場かけ」などという言葉に集約されていくのであるが,(※注3)通常の授業展開に比べ,問題解決場面では教師が直接指導に回る場面が少ないことが予想されるだけに,特に教師の介入を検討していくことが重要だと思う。

(2)メタ認知の促進

 問題解決力をつける重要な要素の一つとして,「メタ認知」というものがある。学習を進める生徒に対して,教師はメタ認知を促す役割に努めたい。
 メタ認知は,一言で述べるなら,「認知についての認知」である。(※注4)自身の認知活動(理解する,考える,読む,書くなど)を一歩引いて対象として見たときに得られる認知である。例えば,私は今,この原稿を書いているが,この文章は何も読者が読む順に書いているわけではない。読者が読みやすいように,かつ自身が締め切り内に原稿を仕上げるためには,「まずインデックスを作成し,それに基づいて自分の書けるところから書きながら,詳細を詰めていく」のがよいと考え,原稿を書いているのである(とは言え,わかりやすい文章を書けているかどうか自信はないが)。このような「書く」という行為に対するメタ認知は,今まで自分が直接経験したり,指導教授から教えられたりして知識として得たものである。教科「情報」における問題解決も,このメタ認知を生徒に促すような仕組みを学習に盛り込みたい。このことについて,どのようなメタ認知を促すか,そして,どのようにメタ認知を促すかを考える必要がある。
 まず,どのようなメタ認知を促すかであるが,教科「情報」の視点からすれば,大きく3つに分けられ,相互補完する関係にある。1つは学習者の計画が明確であることである。自分たちが解決しようとする目標やそれに対する計画が明確になっているか,そのために調べる必要のあるキーワードは何なのか,などである。次に,相手に伝えることに関するものである。これには相手に伝えるためにはどのような方法が適切なのか,どのような点を強調すれば,相手に伝わりやすいか,などで構成される。最後に,情報内容に対する吟味も必要である。調べた情報は間違っていないのか,効果的に伝えるためにきちんと情報を選択しているのか,などである。
 これらのことを気づかせるためには,具体的に以下のような方法を用いて,体験的な活動の中で,学習中や学習後に生徒自身に省察させることが必要となる。

○質問や発問
 現在やっていることは本当に目的にかなっているのか,そもそもその目的は明確なのか,というのを繰り返して問う必要がある。このことを基礎として,さらに情報内容や発信手段・方法についても吟味させるのがよいだろう。

○ワークシートや手引き
 質問などでは,その場に応じた対応を取ることになるため,全体に浸透させることは難しい。そこで,ワークシートを用いてプランを明確化させたり,生徒が得た情報を整理するのを支援したりする方法もある。また,実際に対面で教師が生徒に聞くようなことをリスト化しておいて,それを手引きとして配布しておき,随時読ませながら学習を進めさせる方法もあるだろう。

○相互評価・自己評価の場の設定
 成果については必ず他者の目が入りブラッシュアップされていかなければ,自己満足だけの活動になってしまうので,相互評価の活動を取り入れたい。また,自分たちが行った活動についての振り返りも必要である。ただの反省に終わるのではなく,次につなげていけるように自分たちの経験知として一般化させてやることが必要である。
 特にこうした活動は時間上の制約からすれば省略しがちであるが,この時間がなければ教育的な意味合いというものを失ってしまうのではないかと思う。

 これらはいずれも通常の授業において見られるものばかりである。しかし,それらが「メタ認知を促す」という視点から本当に効果的なのかどうかを検討したい。

5.おわりに
 さて,以上のように問題解決と教科「情報」という視点から,その性格と指導の内容・方法について触れてきた。教科「情報」の担当者は,本教科を担当しない教師にもこの科目で何をやっているのかを理解できるように,この「問題解決」という視点から,他の教科にはない独自性や授業の具体例を説明できなければいけないと思う。自校の教師が聞いて,この教科のよさを理解するためには,どのように意義や内容,教育的な方法を説明すれば伝わるのか。それはこのテーマに限らず,教科「情報」が持っている普及への課題であると思う。読者はどのように考え,この問題を解決していくだろうか?
 実は私も自大学では「情報(=コンピュータ)の先生」として扱われており,先のような課題を持っている。この問題を解決するために,今後できることをさらに深く考えていきたい。
引用文献
注1:経済産業政策局産業人材政策室・社会人基礎力について http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.htm
注2:日本文教出版「新しい学習指導要領を読む」(高等学校情報)に詳細な比較がなされており,参考になるため一読をお勧めしたい。
http://www.nichibun.net/classsupport/school/index.php
注3:
○「制御と発見」の考え方については,水越敏行(1975)「発見学習の研究」(明治図書)が基本文献であるが,下記の論説がわかりやすい。
吉田貞介(2002) 「新・発見学習のすすめ」
日文の生活科教室No.28
http://www.nichibun-g.co.jp/library/sei-kyoshitsu/028/s280104.htm
○「足場かけ」については 米国学術研究推進会議「授業を変える—認知心理学のさらなる挑戦」(北大路書房)に詳しい。
注4:三宮真智子(編著)(2008)「メタ認知—学習力を支える高次認知機能」(北大路書房)
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