ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.42 > p15〜p17

教育実践例
CSアンプラグドでより魅力ある情報教育を
─ゲームを通してコンピュータ科学を学ぶ優れた学習法─
神奈川県立秦野総合高等学校 間辺 広樹
naruhodo2007@gmail.com
1.はじめに
 CSアンプラグド(Computer Science Unplugged)とは,ニュージーランドのTim Bell博士らが考案したコンピュータ科学を教えるための手法である。日本では,2007年に兼宗進教授(大阪電気通信大学)が中心となって翻訳,『コンピュータを使わない情報教育』として出版された。(※注1)この教育手法は徐々に広がりを見せ,高校を中心に多くの実践報告を聞くようになった。本稿では,その内容と魅力を改めて紹介し,授業実践を通して筆者が施した工夫点などを報告する。
2.珠玉の学習項目
 翻訳されたCSアンプラグドには全部で12の学習項目がある。

CSアンプラグド12の学習項目
▲CSアンプラグド12の学習項目

 その特徴としては,ゲームやグループワークなど体験的な「活動」を通してコンピュータ科学の本質を理解する道が作られていることにある。
 例えば,学習4「カード交換の手品」では,先生が手品師になって生徒に手品を披露する。もちろん,種があるのだが,手品を繰り返したり,ヒントを出すことで,その種を見抜く生徒が出てくるのを待つ。今度は種を見抜いた生徒に手品師になってもらう…といった形で活動が進む。
 その後,手品の種明かしが行われる。種を探るうちに,生徒は奇数と偶数という数の概念を考えざるを得なくなる。そして,この応用としてコンピュータが扱うデータエラーの検出や訂正,パリティビット,ISBNコードなど実際に使われている情報技術と繋がり,話題が広がっていく。

学習4・カード交換の手品
▲学習4・カード交換の手品

 このような科学的な内容は,授業で生徒の関心を引き出すのは難しい。しかし,CSアンプラグドでは,先生が一方的に教え込むのではなく,生徒に体験して実感させることで生徒が科学的な内容を無理なく受け入れる器を作っている。
 活動が気付きを生み,気付きが学びに結び付く。こうして得た知識は実感を伴って理解されやすい。「アンプラグド」すなわち「コンピュータの電源を入れない」からこそできる授業であるとも言える。
 CSアンプラグドには,このように,知らず知らずのうちに学習者を2進数・圧縮・ネットワーク・アルゴリズムなど,コンピュータ科学の世界へと誘う珠玉の学習項目が並んでいる。
 秦野総合高校では,情報A・情報B・映像編集の3科目において,それぞれ学習内容と照らし合わせてCSアンプラグドを取り入れている。特に,ビット・デジタル・アルゴリズムと言った情報技術特有の概念や用語を学ぶ際に高い効果が感じられる。

秦野総合高校の授業風景
▲秦野総合高校の授業風景(みかんゲームと並べ替えネットワーク)

3.楽しいからイベントになる
 CSアンプラグドの魅力を表す例として「富士通キッズイベント・夢をかたちにするしくみ」を紹介する。これは,昨年・今年と夏に100名程の子供たち(小学4〜6年)に科学の楽しさを知ってもらう目的で情報オリンピック日本委員会と富士通株式会社とで共同開催された。学習内容は,以下のようにCSアンプラグドより選ばれている。

2008年:学習1「2進数」・学習2「色を数で表す」
2009年:学習4「カード交換の手品」・学習11「宝探し」

 このイベントの開催にあたっては,アンプラグドを実践する小学校から大学までの教員が集結し,スタッフ陣と共にしっかり準備をしていることなども手伝って,成功裡に終わっている。
 小学生に対し,短時間で楽しませながらもコンピュータ科学の入口と言える学習レベルを確保することはたやすいことではないのだが,それを実現させているのは,CSアンプラグドという素材の良さに他ならない。

富士通キッズイベント
▲富士通キッズイベント

 イベントに参加した保護者の感想からも高い満足度が示されているが,「原理がわかった」「大人も学べる」「楽しく学習できた」等,CSアンプラグドの魅力をそのまま表す言葉が少なくない。
【保護者の感想】

・子供向けにパリティビットの仕組みをわかりやすく教えていただきありがとうございました。(大人にも十分な内容です)

・手品という表現で難しい内容を説明していただき,わかりやすかった。

・パリティチェックの原理がとても楽しく理解できました。小学校の算数もこのようだと好きな子も増えるんでしょうね。

・最初は記憶力を試されているのかと思いました。しくみがわかると単純なことですが,子どもも大人も楽しく学べて良かったです。

・机上の勉強だけでなく,頭をやわらかくするのに,パズルゲームは有効と思いました。親子でも楽しめそう。
4.「思い切り良く」取り組もう
 CSアンプラグドという素材をどのように「調理」するか,それは教える先生次第である。科学を学ぶためのきっかけと考えても良いし,イベント性を重視しても良いだろう。中学生や高校生であれば,年齢に応じ内容的な深みを持たせる必要もある。ただし,パソコンを使わない・体を動かす・グループで行うなど,情報科としては特殊とも言える授業スタイルなので,先生はある種の「思い切りの良さ」を持って授業に臨みたい。以下に筆者が授業の際に心掛けているポイントを示す。

(1)気付きを待つ

 生徒の気付きを待つ,つまり,先生がすぐに答えを教えないことは特に重要。自ら答えを導き出した時,その知識は本物になる。授業では,少しずつヒントを与えながら「わかった」生徒を増やしていくように心掛けたい。

(2)グッズを用意

 学習によっては,カード・フルーツ・シート・マグネットなど特別なグッズが必要である。手作りしたり,100円ショップなどでグッズを揃えると良い。

(3)先生も勉強!

 「面白かった」だけでは意味はなく,活動がコンピュータ科学に繋がっていることをきちんと理解させることが大切である。ただし,難しい内容も含まれているので,先生はしっかりと知識を身に付けておきたい。先生の知識の深さが授業の奥深さにも繋がる。

5.ユニバーサル化
 CSアンプラグドは「体を動かす」ことが特徴的な学習法であるが,生徒の状況によってはそれが困難な時もある。例えば,生徒が上肢に怪我や障害を抱えていて,活動に必要な「塗る」「渡す」などの動作が困難になることもあるかも知れない。そのような動作をポインティングデバイスのクリック等でできれば,CSアンプラグドの活動に必要な特定の動作を代替したり,仮想体験をすることが可能になる。
 筆者は「CSアンプラグドのユニバーサル化」を目指し,コンテンツを開発しているが,障害を抱えた人たちに対する授業実践において,一定の効果を確認した。(※注2)

塗りをクリックに替えたコンテンツ
▲塗りをクリックに替えたコンテンツ

障害者職業能力開発校における実践
▲障害者職業能力開発校における実践

 また,このようなコンテンツは,生徒の理解度を掌握したり,活動をシミュレートして先生の授業準備に使えたりするなど,一般的なアンプラグドの授業も補助し得る。コンテンツはWebに公開もしているので,必要に応じて使って頂きたい。(※注3,4)

自作デジタルコンテンツ
▲自作デジタルコンテンツ

 更に,原著者Tim Bell博士らとは,同様の目的で3次元仮想空間におけるアンプラグド学習に関する研究を進めている。(※注5)
 例えば,実世界では身体的な課題を抱えた人が,仮想世界では歩いたり,走ったり,飛んだりすることも可能になる。そのような仮想世界にCSアンプラグドの教室を作り,学習環境となり得るかどうか,という研究である。この研究の成果について,今後見守って頂きたい。また,CSアンプラグドが特定の人だけを対象とした学習方法でないことを理解して頂ければ幸いである。

仮想世界の並べ替えネットワーク
▲仮想世界の並べ替えネットワーク

6.最後に
 指導要領が改訂されたり,情報技術の旬が変わったりしたとしても,CSアンプラグドの学習対象は,いつの時代も変わらない本質的な知識・概念ばかりである。
 CSアンプラグド未経験の先生には,まずは12項目より1つを選んで,この素晴らしい学習方法を実践して欲しいと思う。きっとコンピュータを使った授業時とは違った表情を生徒たちは見せるであろう。更に,実践の様子や工夫した点などを共有し,より素晴らしい学習法へと発展させられれば,情報教育にもより明るい未来が広がるに違いない。
注1:兼宗進監訳,『コンピュータを使わない情報教育 アンプラグドコンピュータサイエンス』,イーテキスト研究所
http://www.etext.jp
注2:間辺広樹・兼宗進・並木美太郎,「障害者職業能力開発校における情報教育の取組み」,情報教育シンポジウム(SSS2008),pp171-178
注3:間辺広樹「海の近くの情報教室」
http://www.info-study.net/
注4:間辺広樹・兼宗進・並木美太郎・Tim Bell・秋山泰秀,「CSアンプラグドの学習法とそのユニバーサル化」,情報教育シンポジウム(SSS2009)奨励賞,pp159-166
注5:Tim Bell, Daniela Marghitu, Mick Grimley, Giovanni Bianco, Hiroki Manabe:“Kinesthetic Computer Science activities in a virtual world”,SIGCSE2009
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