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ICT・EducationNo.42 > p10〜p14

総合実習実践事例
学校や生徒の状況に左右され難い年間授業計画と総合実習
−総合実習をメインに構成した年間授業計画−
埼玉県立大宮武蔵野高等学校 中島 聡
tnakajima@om-h.spec.ed.jp
1.はじめに
 教科「情報」の授業も7年目となり,多くの先生方は年間計画がほぼ確立し,思うような授業を実施されていることと思う。その一方,所属校の状況や異動などの為に,未だに自分なりの授業パターンが確立できないとお嘆きの方もいることと思う。筆者は昨年の春に異動し,二つの学校で情報Cの授業を行う経験をさせてもらった。少し紹介すると,前任校は2学期制の65分授業に単位制を導入し高校入学者に対する4年制大学の進学率が85%,現任校は3学期制の50分授業で同進学率は20%に満たない。異動当時は,授業計画は再構築せざるを得ないだろうと考えていた。しかし,実際には順番や時間配分,内容レベルの変更程度で事足りてしまった。「授業計画が良かったから」と自画自賛気味ではあるが,努めて冷静になって考えると,総合実習をメインに年間計画を構成していることが大きな要因であるように思える。総合実習を中心に上手く年間計画を立てれば,学校間の差をある程度吸収することは不可能ではない。本レポートがこの例の一つとなり,延いては未だ授業パターンを模索している先生方の何らかの手助けになれば幸いと思う。
2.年間計画
(1)概要

 今年度の年間授業計画を表1に示した。年間の時間配分を見れば,いかに総合実習を中心に授業を行っているか,が理解してもらえるだろう。
 No.6の「アナログとディジタル」までが1学期で既に実施済み,No.7の「知的財産権」以降は昨年度を踏まえた予定になっている。また,定期考査はNo.6の後の1学期期末と総合実習期間中の2学期中間(※注1)だけである。なお,表1と筆者が初めて授業を行った2004年度の年間授業計画とを比較すると,大きな違いはNo.9の「ネットワークの発達と変化する社会」が追加(※注2)されたぐらいで,他はほぼ同じである。
 計画表のタイトルと内容から授業が教科書に則ったものになっていないこともわかる。教科書の単元は,学習指導要領に沿った形になっていることが多い。これはある意味致し方ないようにも思えるが,教える側の立場からするとかなり使い難いこともまた事実である。そこで,授業では主に自作のプリントとプレゼンテーションを利用し,教科書は図表や資料を部分的に活用するに留まっている。また,急速に変化する現代社会では,事象の推移が激しく書籍では追いつかないことが多い。そこで,授業では新聞の切り抜きを多用している。(※注3)時事に即したメッセージを生徒に送り,今現在における情報化社会の問題点を認識させることは極めて重要なことの一つであると考えている。
No. タイトル 内容 時間
1 情報Cの授業について ・中学校までの授業内容と授業イメージに対するアンケートの実施
・「情報」とは何か?
・授業の目的について
・年間の授業計画について
2
2 WWWの利用 ・Webページの閲覧方法
・サーチエンジンについて
・利用上の注意
3
3 利用者を特定する仕組み ・認証方法について
・パスワードの作り方
3
4 電子メールの利用 ・メッセージとメディア,そしてコミュニケーションについて
・メディアとしての特徴と利点について
・利用上のマナー
・送受信の実習
2
5 URLと電子メールアドレス ・ドメイン名の構造
・ドメイン名の管理
・電子メールアドレスの構造
・URLの構造
3
6 アナログとディジタル ・アナログデータとディジタルデータの違い
・アナログデータのディジタル化
・ディジタルデータの利点と問題点
・出力デバイスに相応しいディジタル化
5
7 知的財産権 ・知的財産権の種類と範囲
・知的財産権の正しい利用方法
5
8 総合実習
Webページ作成「○○○の紹介」
概要説明 1
HTML
*HTMLの基本構造
*主なHTMLタグ
*HTMLファイル作成ソフトウェアの紹介
*課題の提出方法について
2
課題作成7
相互評価3
課題再作成(相互評価結果発表を含む)4
相互再評価3
9 ネットワークの発達と変化する社会 掲示板を利用した─仮想ディベート
*説明
*テーマ決定
*チーム分け
*意見のための情報収集と意見入力
*反論のための情報収集と反論入力
*判定入力
3
10 成績発表 総合実習最終結果発表
仮想ディベートの結果発表
1
▲表1 年間授業計画

 次に,総合実習を除くセクションについて,総合実習との関連を交えながら若干のコメントをしておく。

(2)情報Cの授業について

 生徒が抱いている教科「情報」に対する大いなる誤解を解くことが,ここでの目的である。世間では「情報」=「コンピュータの操作」という誤解が依然として罷り通っている。この誤解を解消しないまま授業を続けると,単にこちらの真意が理解されないだけでなく,生徒のストレスが保護者のクレームとして返って来る場合もある。本科目の目的はコンピュータの使用方法ではなく,ITを利用した人と人とのメッセージ交換,つまり“コミュニケーション”である。このコンセンサスなくして授業は成立しない。これは筆者の体験から得られた帰結である。

(3)WWWの利用

 総合実習以外のほとんどの課題は,インターネットを利用した調べ学習になっている。そのために年度の初めに行っている。課題の報告は後述するソフトウェア(IPME)を使ってWebブラウザより入力させている。同ソフトは本来総合実習での相互評価用なので,課題の報告作業は総合実習時の入力練習をも担っていることになる。

(4)利用者を特定する仕組み

 認証システムやセキュリティーに関するセクションで,クラックに耐性のあるパスワードの作成などを説明している。本来は最初の授業に行うべきものと考えるが,生徒の事情を鑑みこのタイミングで行っている。(※注4)

(5)電子メールの利用

 一般的な説明と共に,県から与えられているメールアカウントを使い電子メールの実習も行っている。この実習により,生徒は携帯電話で撮影した画像や動画を,電子メールを使って各自のコンピュータ環境に送ることが可能になり,総合実習の作成時のコンテンツの転送に役立つこととなる。

(6)URLと電子メールアドレス

 ドメインやURLの構造,インターネット上のプロトコルなどについて,一般的なことをレクチャーしている。総合実習との絡みは少なく,URLの知識がHTMLファイル作成時に多少役立つ程度である。

(7)アナログとディジタル

 順番は異なるが内容はほぼ教科書通りである。ここでは携帯カメラの解像度の設定の違いで画面の表示が大きく変わることを体験させている。適切な解像度の画像を選択できるかどうかは,総合実習での作品の評価に大きく影響することになる。

(8)知的財産権

 ディジタルデータが容易に完全なコピーができることを知った上で,知的財産権に関する知識を身につける必要がある,と思っている。総合実習で知的財産権に配慮した作品を作成させるには,このタイミングで行うことがベストと考えられる。

(9)ネットワークの発達と変化する社会

 ここではIPMEを利用した掲示板による仮想ディベートを行っている。ディベートなので賛成・反対のチーム分けをしてはいるが,チーム内で協議・検討などは一切していない。意見や反論はあくまでも個人の発言そのままである。掲示板のような活字をメディアとするコミュニケーションでは,真意が上手く伝わらず誤解によるトラブルが生じやすい。従って,受け手を想定した文章を構成する必要がある。この前のセクションである総合実習で行っている相互評価では,単に作品の評価を行うだけでなく,“作品に対する評価文章”に対する評価も行っている。これにより自己の文章が他者には容易には伝わらないことを体験させている。また,ここでもIPMEを利用した相互評価を行っている。具体的には投票により,有意義な発言を選び出し,その発言をした者を高く評価している。(※注5)

3.総合実習
(1)同一課題の連続相互評価

 作品の評価に生徒間の相互評価を利用している。この理由を挙げたら切りがないが,多数者による評価である点が最も大きなものであろう。総合実習で取り上げられる課題は,多数または不特定多数に向けての情報発信がほとんどである。多数に向けての作品を,個人の単一基準で評価することはそもそもナンセンスである。また,評価側の立場から考えると,合理的な基準で作品を評価する訓練にもなる。見た目の良し悪しと,内容の出来は別物である。片方の出来に他方の評価が引きずられてしまっては正しい判断とはいえない。一定の制限下で多数の作品を評価させることで,自己の基準を繰り返し再確認する習慣を身につけさせる必要がある。
 さらに一回の評価で実習を終わりにするのではなく,評価結果を元に作品を再作成し,再作成後の作品を再び相互評価する連続評価を行っている。これは,評価結果を作品にフィードバックさせることを目的としている。作品も評価も,人と人の間を移動するメッセージである。メッセージならば相互に交換されて初めてコミュニケーションとなる。作品→評価→再作成された作品→再評価という流れはコミュニケーションそのものである。そして,このコミュニケーションの質を上げることこそが本総合実習の目的である。作品の質を上げると共に,評価の質も上げなくてはならないことになる。このために,前述の通り評価者が入力した文章の評価も行っている。

(2)課題の種類とテーマ

 課題は“何か”を紹介するWebページの作成である。繰り返し何度でも評価し直すことができない,という理由でプレゼンテーションは敢えて外している。生徒が評価に慣れていないことを考慮すれば,一過性が強く,発表順番が作品のイメージに大きな影響を与えるようなプレゼンテーションを課題にするのは問題が多すぎる。しかもそれを成績に反映させるとなると,さらに大きな問題となる。また,相手が見える状況の発表よりも,見えない状況の発表の方が難しいと考えている。プレゼンテーションのように相手が見える状況であれば,相手の反応によりその場で内容を変えることができるが,Webページのように相手が見えない状況の発表の場合,相手の反応を想定した内容を事前に作品に組み込んでおかなければならない。課題は難しければ良い,というものではないが,Webページの方が高度な要求をしていることは間違いない。
 紹介する“何か”は自由に設定させている。これは,テーマの設定による不平等を生じさせないためである。よく知らない事柄を,上手く紹介することは決してできない。各自が得意なテーマを設定することにより,個々の生徒の得手不得手が生じないように配慮している。当然ながら,“何を”紹介するかによって作品の出来は大きく左右されることになる。なお,作品の規模はHTMLファイルで4ファイル以上に設定してある。(※注6)

(3)個人で作成,個人で評価

 コラボレーションと称して共同作業を展開されておられる方もいるようだが,本総合実習では作品の作成でも相互評価でもグループを作らず個人で行っている。共同作業の重要性は十分に理解しているが,評価や成績まで考えると二の足を踏まざるを得ない。グループ分けで成績が決まるような事態も容易に想像できる。共同作業は乗算+αであると思っている。個々のメンバーが最低でも1の力量を持っていなければ,共同作業は簡単に1未満の成績になってしまう。個々の生徒の能力が必要レベルで均衡していない限り,成績まで考慮した共同作業は不可能と思われる。

(4)HTMLについて

 作成時には各種のHTMLエディタを利用するので,不必要な時間のようにも見える。建前はソースコードを知ることでコンピュータを完全なブラックボックスにしないことなのだが,本音は作成開始までの時間稼ぎである。この時間を利用して,各自がテーマを決定し,作品の構想をじっくりと練ってもらいたいという意図が隠されている。

(5)評価の観点と項目

 表2〜4は評価項目と配点である。(※注7)表4の「評価文章の評価」は目的が違うので,他とは全く違うものになっているが,表2と表3はほぼ同じ観点に基づいていることがおわかりいただけると思う。最初の評価ではメッセージの発信の仕方だけが,また,再評価ではNo.8の「総合点」を除き,フィードバックによる作品の変化だけが観点となっている。(※注8)先にも述べたように,発表の仕方の良し悪しと,内容の良し悪しは全く別ものである。この当たり前のことを,当たり前のように分けて認識できるようになることが非常に重要であると思っている。また,本科目の守備範囲は明らかに前者までなので,敢えてこのような極端な評価観点と項目にしている。このような評価の観点を徹底するために,概要説明で生徒とコンセンサスを十分に得ておく必要がある。

No.評価項目配点
1総分量5
2画面あたりの情報量5
3ページバランス5
4Webページの特徴10
5デザイン・コンセプト10
6内容伝達10
7良かった点記述
8改善すべき点記述
▲表2 最初の評価項目

No.評価項目配点
1改善による総分量の変化5
2改善による画面あたりの情報量の変化5
3改善によるページバランスの変化5
4改善によるWebページの特徴の変化10
5新しい工夫やアイデア10
6改善による内容伝達の変改10
7改善によって良くなった点記述
8総合点6
▲表3 再作成後の評価項目

No.評価項目配点
1「良かった点」の評価文章の評価10
2「改善すべき点」の評価文章の評価10
▲表4 評価文章に対する評価項目

(6)IPME(※注9)

 本総合実習のためのソフトウェアである。紙ベースでは人的負担が大きく,ここがボトルネックになってしまい規模が限定されてしまう。大量のデータを効率よく,しかも効果的に運用するにはITの手助けが必要となる。集計システムなくして目指す総合実習はあり得ない,と考え,2004年度から開発を開始したオリジナルである。Apache+PHP+PostgreSQLで構築された,ごく一般的なWeb3層構成のアプリケーションサーバである。認証にOpenLDAPを利用し,入力されたデータはすべて発信者IDと共にデータベースに保存される。生徒側からは匿名発言のように見えるが,教員側からは誰の発言か一目でわかるようになっている。適度にチューナップされているため,18項目程度でも登録は一瞬,1クラスの集計処理も30秒以内で終わる。現在も追加・改良を続けており,年間を通じて授業で使用できるようなものにまで進化している。

4.おわりに
 ほぼ年間の授業すべてに亘ってざっと報告させていただいた。テーマが“年間計画と総合実習”だったので,このような広範囲なものとなってしまった。紙面に収まるように詰め込んだため,舌足らずの文章になってしまったことをご勘弁願いたい。下記のURL(※注10)に過去及び現在の状況やこれまでに発表したレポート等を掲載してある。是非参照していただき,本レポートの不足分を補っていただければ幸いである。
 最後に,授業計画や総合実習の元となる資料を提供していただいた埼玉県立不動岡高等学校の鈴木成先生に感謝の意を表して報告の終わりとする。
注1:試験範囲はNo.7の「知的財産権」のみ。
注2:2006年度から実施。
注3:昨年度は190記事以上を授業で提示した。
注4:目の前にあるコンピュータを使用しなくても授業の緊張感が維持できた前任校では,「利用者を特定する仕組み」と「WWWの利用」は逆の順番で行っていた。
注5:前任校では,仮想ではなく班ごとのディベートを行った。このときはIPMEを使用せず,このセクションに対する評価は行っていない。
注6:前任校では6ファイル前後。
注7:前任校では,評価で18項目,再評価で16項目を設定していた。
注8:No.8の「総合点」は,他の項目とは分けて単独に集計している。
注9:Information Processing of Mutually Evaluation
注10:筆者の資料を公開しているURL
http://members3.jcom.home.ne.jp/tadashi-nakajima/
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