ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.45 > p20〜p23

教育実践例
「折り紙」マニュアルの作成
─生徒の学び合いを通して─
京都橘中学校・高等学校 長谷川 卓也
hasegawa@tachibana-hs.jp
1.はじめに
写真1
▲写真1

 写真1は,折り紙を半分に折っているところを撮影したものである。この写真を見ていない人(Xさん)に,この折り方を説明するとき,どのように説明すればよいだろうか。「折り紙を半分に折る…」で,よいであろうか。これでは不十分である。Xさんは間違えて長方形に折ろうとするかもしれない。その場所に居合わせて「長方形ではなく,三角形になるように…」と説明を付け足せるのであれば問題はない。しかし,説明者がXさんのそばに居合わせず,文書のみによって説明しようとした場合,Xさんの間違った行動を修正できない。説明者は最初から誤解を招かない,分かりやすい説明文を準備しておかなければならない。
 インターネットが普及した現在,一般の人でもメールやWebで簡単に情報を発信できるようになった。このような社会では,情報を文書によって分かりやすく伝える力が求められる。
 本稿では,分かりやすい説明文書を作ることを目標にして取り組んだ授業実践について報告する。
 この授業の実践者である私が,説明文書作成の極意を習得しているわけではない。分かりやすい説明文を作成するためにはどうすればよいのか。それを生徒が考え,学ぶための環境を作ることに力を入れた。
2.授業の位置づけ
 本校では,高校1年で情報Aを2単位履修させている。週2時間の授業は,別の日に分けて行っている。高校1年は7クラスで構成されている。1クラスの生徒数はおよそ40名である。
 生徒は授業外(他教科,クラス活動,クラブ活動など)でレポートや案内文を作ることがあるが,そのような場面で役立つよう,今年度,情報Aでは初めに文書作成に関する授業(8時間)を行った。
 その前半4時間は,文字入力とワープロソフトの操作方法を指導し,見本通りの文書が作れることを目標として練習させた。前半の最後にはワープロの実技テストを行った。後半4時間は,後述する折り紙マニュアルの作成を行った。
3.授業の内容
(1)概要

 本実践(折り紙マニュアルの作成)は,文書の内容と体裁に着目しながら,分かりやすい説明文書を作ることを目標とし,それを生徒同士の学び合いによって達成しようとするものである。授業のポイントは以下のとおりである。
  • 折り紙の折り方を説明する文書を作成する。
  • 分かりやすい説明文書にする(初めてその説明文を見た人でも,その折り紙を折ることができる説明文にする)。
  • 文書の「内容」と「体裁」にこだわる。
  • 他の生徒との学び合いを通して,文書をより良いものにしていく。

(2)題材

 折り紙の題材は教員が指定した。事前に「おりがみくらぶ」(http://www.origami-club.com)から適当な折り紙を選び,実際に折る様子をビデオカメラで撮影し,映像ファイルをサーバに置いた。授業では,教室の左半分の座席の生徒には「はさみほし」を,右半分の座席の生徒には「ゆきのけっしょう」を題材として与えた。
「はさみほし」
▲写真2 「はさみほし」

「ゆきのけっしょう」
▲写真3 「ゆきのけっしょう」

 次のような実践を見たことがある。Aさんが紙に書かれた図形を見て,その形をBさんに説明する。Bさんは用紙にその図形を書いて再現する。このような場合,元の図形とBさんが再現した図形を見比べることで説明の良し悪しを判断するが,その評価はどうしても感覚的なものになってしまう。
 折り紙を題材とした理由は,説明の良し悪しがはっきりと分かる点にある。説明文書を見て折り紙を完成させることができれば,その文書は良いものだと判断できる。

(3)準備物

  • 折り紙(人数×3枚)
  • はさみ(折り紙を完成させる最後の工程で必要)
  • のり(折った折り紙をプリントの裏に貼付けさせる)
  • デジカメ(6人に1台)
  • A4用紙(人数×3枚)
  • レーザプリンタ(インクジェットでは時間がかかるため使用に耐えられない)
  • ワープロソフトとしてMicrosoft Office Word 2003を使用。
  • 映像ファイル再生用としてWindows Media Playerを使用。

(4)各回の授業内容

○第1回「折る→説明文書の作成」
1)授業概要の説明を聞く。
2)映像を見ながら※注1,実際に折り紙を折る。※注2
3)折り方を説明する文書を作り※注3,保存する(途中で終了)。

○第2回「写真挿入して説明文書バージョン1の完成」
1)デジタルカメラ※注4で折っている場面を撮影する。
2)コンピュータに写真を取り込む。
3)前回保存した文書に写真を挿入する。
4)説明文書の作成の続きを行ない※注5,完成させる。…バージョン1※注6

○第3回「同グループからコメントをもらい説明文書バージョン2の完成」
1)プリントアウト※注7された自分の説明文書を教員から受け取る。
2)自分の文書を読み返して,気づいた点や反省点などをそのプリントに書き込む。
3)グループ内の他テーブル※注8の生徒にプリントを渡し,コメント(分かりにくい点など)を書いてもらう。同時に,グループ内の他テーブルの生徒からプリントを受け取り,コメントを書き込む※注9(図1参照)。
4)コメントを元に文書を改善し※注10,完成させる。…バージョン2
図1
▲図1

○第4回「別グループからコメントをもらい説明文書バージョン3の完成」
1)プリントアウトされた自分の説明文書を受け取る。
2)別グループの生徒に説明文書を渡し※注11,折り紙を折ってもらう。同時に,別グループの生徒から説明文書を受け取り,折り紙を折る。できあがった折り紙をそのプリントに貼り付ける(図2参照)。
3)プリントにコメント(分かりにくい点など)を書いてもらう。同時にプリントにコメントを書き込む。
4)コメントを元に文書を改善し,完成させる。…バージョン3
5)授業の感想と分かりやすい説明文書を作成するコツを,まとめのプリントに書く(説明文書バージョン3を教員がプリントアウト)。
6)バージョン1,2,3の説明文書のプリントとまとめプリントをホッチキスでとめて提出。
図2
▲図2

(5)生徒の説明文とコメント

 実際に生徒が作成した説明文書バージョン1を示す(図3)。
 説明文のタイトルが「折り紙の折り方」となっているが,それに対し「雪の結晶って名前入れよう」というコメントが付けられた。
 また,箇条書きの先頭が●になっているが,それに対し「番号をつけたほうがよかった」とコメントが付けられた。
図3
▲図3
4.授業を振り返って
 バージョン1から3にかけて,文書が大きく改善されている生徒が少なかった。コメントする側,される側にあまり思考の差がなく,他者から学ぶことが少なかった。生徒は自身の説明文の不備が分かっても(例えば,この説明では他人は分からないということに気づいても),それをどう改善してよいか分からず,悩んでいる様子であった。
 同じ生徒のバージョン1から3の文書を見比べてみると,ほとんどの場合,工程数が変化していない。例えば,「ゆきのけっしょう」ではその工程を4とする生徒もいれば,多い生徒では11とする生徒もいた。このように,生徒間では工程数の差異が見られる。しかし,個人内でバージョン1から3にかけて,工程数を変化させた生徒はほとんどいなかった。工程を細分化する(つまり工程数を増やす)ことで,より分かりやすくするという工夫はなされなかった。
 体裁の面についてはバージョン1のところで,既に工夫している生徒が多かった。タイトルを中央に寄せたり,重要と思われるところに下線を引いたりしている生徒が多かった。また,雰囲気を出すためにフォントにポップ体を使っている生徒も見られた。
 バージョン2の作成時には,クラス全体に写真のコントラスト補正について説明したが,その点についてはうまく補正している生徒が多かった。
 折り紙の手順は,折るという単調な行為の繰り返しである。また今回の題材では,伝える情報の量が少ないため,内容構成や体裁を工夫する余地があまりなかったと考えられる。例えば,本稿は3段組で構成されているが,各回の授業内容については,ページ全体に表を使ってまとめることで,より分かりやすい文書にすることが可能である(本稿は紙面の制約上無理であった)。
 題材の設定が生徒の工夫や学び合いに大きく影響する。「折り紙」は説明文の良し悪しを評価しやすい利点はあるが,次年度はそれに代わる題材を準備したい。
5.おわりに
 さいごに,教科情報の内容に対する私の考えを述べる。
 コンピュータに関する技術を学ぶこと,また情報が高い価値を持つ社会について学ぶことは重要であり,それらは教科情報の内容に含まれている。
 またそれと同時に,人間が情報を扱う技術や方法を学ぶことも重要である。人間が情報を扱う方法とは,例えばメモの取り方,手帳の使い方,読書方法,文書作成方法,情報の整理方法などであり,それらを学ぶことによって学習や研究などの知的活動を円滑に進めることができる。
 しかし,これらは教科の中で学問として取り上げられることはほとんどない。例えば国語では,文章の読み方については扱うが,本と本の読み比べについては言及されない。また,文章の書き方は扱うが,体裁(文字の色や大きさ,余白の設定など)を含めた効果的な文書の作成については言及されない。教科情報では,これらの内容をカバーすべきであると私は考える。本実践もこのような考え方をベースにしている。
 梅棹忠夫氏は著書『知的生産の技術※注13』の「おわりに」で次のように述べている。
 「知的生産技術の教育は,おこなわれるとしたら,どういう科目でおこなわれるのであろうか。国語科の範囲ではあるまい。社会科でもなく,もちろん家庭科でもない。わたしは,やがては「情報科」というような科目をつくって,総合的・集中的な教育をほどこすようになるのではないか」
 40年以上前に情報科を予言されていた梅棹氏が,7月にお亡くなりになった。ご冥福を祈りたい。
注1:本校は生徒個々にアカウントを与えている。アクセス権の設定により,教室の左半分の生徒グループは「はさみほし」の映像ファイルのみ閲覧可とし,教室の右半分の生徒グループは「ゆきのけっしょう」のみを閲覧可とした。お互い,別グループの映像ファイルへのアクセスは不可とした。
注2:「はさみほし」「ゆきのけっしょう」を折った経験のある生徒はいなかった。最後にはハサミで切る工程もある。映像を見ながらであっても,うまくできない生徒がクラスに数名いた。
注3:文字だけで折り紙の折り方を説明するのは困難である。第1回は時間の都合で行わなかったが,次回,説明文に写真(2枚限定)を挿入させる。折り紙を折っている場面をデジタルカメラで撮影し,その写真を説明文の中に挿入する。本時は,どの場面を写真撮影するか考えながら,また写真の挿入を意識した文書作成を心がけるよう指示した。
注4:デジタルカメラは班(6名)に1台貸し出した。デジタルカメラを使用するのは,この授業が初めてだったため,撮影方法やデータの取り込みについて10分程度説明した。
注5:「内容」と「体裁」の2つのポイントを意識しながら文書作成を行うように指示した。ここでの「内容」とは,ことばの意味内容に関すること。国語が守備範囲としていること。「体裁」とはフォント,フォントサイズ,下線,文字位置(中央揃えなど),表(罫線)に関することを指す。文字入力後に,体裁を整える作業に取り掛からせた。体裁設定に関わるワープロ操作は履修済みのため,ここでは操作説明は行わなかった。
注6:生徒が自分の力だけで作成した文書がバージョン1である。その後,同じグループの生徒(同じ題材の折り紙の説明文を作成している他班の生徒)から指摘をもらって修正した文書がバージョン2,別のグループの生徒(他の題材の説明文を作っている生徒)から指摘をもらって修正した文書がバージョン3となる。
注7:プリントアウトは教員が行った。以後も同様。
注8:テーブルは3人掛けになっており,1人の生徒は2人からコメントをもらうことになる。また,1人の生徒は2人の文書にコメントすることになる。
注9:コメントは色ペンで書き込ませた。コメント内容に責任を持たせるため,コメント記入者には自分の氏名も書き込ませた。他人のコメントが文書の改善につながるわけであるが,他人の文書にコメントする(よく読む)行為によって得られる効果を期待した。
注10: コントラストが低く写真が見づらいケースがあった。写真を取り直す時間がなかったため,写真の補正の方法をクラス全体に説明した。写真そのものを補正するのではなく,文書に挿入された写真をワープロソフトの機能を使って補正する方法を説明した。コントラストの他に,明暗や文字列に対する位置の設定も説明した。また,色による表現について配慮するよう指示した。印刷は白黒で行ったが,その場合,色による表現が意味を持たなくなる可能性があるからである。
注11:別グループに渡す作業は教員が行った。ランダムに渡した。
注12:プリントに書かれたコメントよりも,裏にのり付けされた折り紙を見て生徒は反応していた。「何でここまでしか折れへんねん」「ここのところが意味不明やし」というような生徒同士のやりとりが,教室のあちらこちらで見られ,盛り上がった。
注13:梅棹忠夫,『知的生産の技術』,岩波書店,1969年
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