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ICT・EducationNo.9 > p13〜p17

教育実践例
立命館慶祥中学校高等学校の情報教育の取り組み
立命館慶祥中学校高等学校 高木 正明
1.地球市民

 立命館慶祥中学校高等学校では,「地球市民」という授業を高等学校第1学年に1単位設定している。
 この「地球市民」という授業は,その名の通り,私たちは地球という居住区に住む一市民であるということから発想して問題を捉えていこうというものである。地球の市民として考えていこうということを学ぶ,言わば実技教科である。
 私たちは,江別市という市に在住する市民であり,北海道という地方自治体に住む道民であり,日本という国に住むメンバーの一人である。市町村や地域社会,また都道府県や国のレベルで捉えなければならないこと,解決すべき課題はそれぞれにある。ところが,近年,或いはこれ以降私たちが解決していかなければならない事柄には,地球全体で捉えなくてはならないことがとても多くある。「環境」「人権」「福祉」「民族」「紛争」といった問題は,一国の力では何ら解決の見通しの持てない大きな課題であり,地球全体に突きつけられた緊急の課題である。地球という一集団の一市民として問題を捉え,そのための智恵と知識を総動員して解決に当たろうとする姿勢が重視されなくてはならない。
 こういった問題は常々議論され,問題とはなってきた。そのことから,教育のありかたも問われ,教育実践においてもその工夫を求められている。
 知識注入型,詰め込み型の授業の有り様を捉え直し,問題解決能力といった学力をいかにつけていくかということが課題とされ,「総合的な学習」という授業の設定が議論され実践され始めてきている。日本各地の教育現場で創意工夫がなされ,実践が試されてきている。
本校は,開校6年目になるが,開校当初より「地球市民」を設置し開講している。ここでは,本校における地球市民講座の紹介と,2000年度に実践した教育内容を紹介することとする。
この地球市民での授業実践が,すなわち「情報教育」実践であるかという疑問を持たれる方が多いと思う。
 地球市民という授業を通じて生徒に考えてもらい,進めてきた実践の多くは,現代社会における解決の進まない問題を取り上げて,どのように解決していこうとするかということを考えて実践してきたが,2000年度の取り組みでは,こういった問題を捉えていく上で,社会にあふれる様々な「情報」をどのように捉えるかということに焦点を絞って授業を展開した。従って,いわゆるパソコンであるとかインターネットであるとかそういったITや「情報機器」を駆使した教育という意味での実践とはなり得ていない。しかし,そこも含めて,「情報」をどう捉え,どのように活用することが,今後ともより身近になる情報機器の活用能力を高めることとなるのかという点で,この地球市民における情報活用能力の育成という側面を持つ授業実践を紹介したい。

メディアセンター
▲メディアセンター

2.本校の情報教育
 本校では,パソコンを配置している「情報処理室」が3教室,従来の図書館を書籍・図書に限らず,オーディオビジュアルと情報機器も利用できる目的で,それらを合わせて位置づけた「メディアセンター」という部屋が一室ある。
 本校に設置されているパソコンは350台を超える。
生徒一人一人にメールアドレスを与え,校内外へ自由にメールの送受信が可能な環境を持たせている。
 高校第1学年次に設定されている「情報処理」の授業では,基本操作,ワープロ・表計算,グラフィックソフト,プレゼンテーションソフト,電子メール,インターネットなどの使い方を学び,コンピュータを学習のツールとして活用できる基本を学ぶことにしている。この科目では,ツールとして操作や活用ができるようにすることを目的としており,デジタルカメラで撮影した画像を使ってグリーティングカードを作ったり,ホームページを作成したりしている。
 従って,それ以上の情報活用に関わる授業実践は,他のそれぞれの教科・科目ごとにツールとしての情報機器を利用して,取り組みが進められている。いくつかの例を紹介すると,地理では学校周辺の地図をコンピュータで作成したり,生物では隣接する野幌自然公園の草花を観察し,デジタル映像をデータベース化して花図鑑にまとめ,美術でのグラフィックの学習に活用したりしている。また,課題研究といったテーマ学習の際のレポート作成,さまざまな授業で試みられるプレゼンテーションがある。また,課外では海外研修旅行の調査,電子メールによる海外との情報交換などにも活用されている。提出レポートも可能な限り紙を使わずに,電子メールによって生徒と教職員がレポートのやりとりをしている。
 本校での「情報処理」の授業は,基本的に情報機器の操作の習得にその中心があり,情報活用能力の育成は各教科でそれを実践するという位置づけにしている。
各教科で情報機器を利用し授業実践を工夫することで,情報機器はツールであり,その本質は課題解決であり,そのための有効な手助けとして情報機器があることを認識させることができる。
こうして本校では,情報機器を扱い慣れることで,抵抗なく,むしろ有効に機器利用をおこなっている。

花図鑑にまとめる様子
▲花図鑑にまとめる様子
3.「情報」教育の課題
 電子メールによる情報交換,ホームページ作成やプレゼンテーションなど,情報機器の活用能力は高まるのであるが,「情報」そのものをどのように選び,活用するかという「情報」一般をどう扱うかについての理解を身に付けることが疎かになりがちになってしまうという課題がある。
 あふれる「情報」から,必要な情報,有効な情報,信頼できる情報を選び取ってくる力,選んだ情報を厳しい目で分析する力,調査 ・分析した情報を加工し,発進する力をどのように養い,情報機器の使い方の問題よりも,いわゆるパソコンなどを通じての情報に頼りがちな傾向に対して,書籍や新聞といったものからの情報,むしろ一次資料をどのように調査,取得し,取捨選択するかという情報の本質に関わる扱い方をどのように学ぶかが課題となっている。
 これらの課題を各教科や科目に任せずに,特定科目で扱うことで学びの基礎を習得させ,情報の扱い方を学ぶことを進めることとした。
 本校の「情報処理」の科目では,情報機器のリテラシー習得を目指し,情報活用能力の育成を各教科科目で扱い,情報そのものの扱い方の基礎を地球市民で学んでいる。

メディアセンターの放課後の様子
▲メディアセンターの放課後の様子
4.地球市民の基本的考え方
 本校では,目指す三つの学力観がある。
 一つ目は,関心を持った事柄をどのように調べ,学ぶかという問題に対する働きかけを行い,収集した多くの資料を科学的な目で分析し,総合的な理解や認識の上に立って総合化し,判断できる力を養う知識の体系化を行うという「自己学習力」の育成。
 二つ目に,調べ,学んだ事柄を政治的・経済的・社会的・生態学的観点等から,また,相手への説明のわかりやすさ(見やすさ,聞きやすさ)など広い視野で総合的に判断,評価する(される)ことができる態度を養うという「自己表現力」の育成。
 三つ目は,あらゆることに関心を持つことが自己の生き方を広げることになり,多様な地球社会の中で自分自身の位置を確認し,新たな目標に向かって自己を高めることができるという「自己学習力」の育成。
 これら三つの学力を伸長させていくために,地球市民では,学際的な教科として,総合的な応用力の養成を目指して,総合的学習の中核となる教科の創造を進めている。特に,教科書や学習指導要領にはない科目であるために,生徒が目的意識を持って意欲的に取り組むために,感性を揺さぶり,興味関心を沸き立たせる仕掛けの工夫や,学力の定着が必要となる。
 中学・高校・大学・大学院と進む中で,この「地球市民的な」あり方を段階的に捉え直していくと,以下のようになる。
 中等教育の6年間は,人格形成の重要な時期であり,学業のみならず心身の発達においても急激に変化する多感な時期である。国際人としてのマナー(物事の考え方・社会の常識マナー等)について考え,習得する上でも,教科の枠にとらわれない自由な発想で,多面的に地球社会を縦覧し,考えることができる能力(情報収集力,分析力,理解力)を高めることは,今後の社会生活を送る上で不可欠なことと考えられる。
 情操教育の定着時期と考えられ,物事を情感豊かに捉えることができる中学校時代には,感動や不思議に思う気持ちを育てながら,物事や現象を科学的に,分析的に,冷静な目で見て,理解することができるようになる。
 この準備期に培われた力を地球社会にどのように還元するかを考え,実践する段階と高等学校では捉え,21世紀に生きる地球市民として,変革が必要と思われる身近な問題を通して,あるべき望ましい姿に変革していくにはどのようにすべきかを,その過程を追いながら模擬実践の場と捉えられる。
 その後には,種々の問題に対して状況を的確に判断し,積極的に取り組み,その実践を通して日々研鑚をかさね,地球社会のあるべき姿を思い描きながら歩き出すことができる総合力(地球市民力)をつけることを狙いとしている。
 このように地球市民は,地球社会で暮らす上で自覚的かつ主体的な課題解決を学び実践する場である。

情報科の授業の様子
▲情報科の授業の様子
5.地球市民での実践
 地球市民では,単純な視点では解決策が得られない現代社会の数多くの問題を,従来の教科の枠組みを超えた画期的な授業展開の中で,複雑な問題を総合的視点で捉えられるように,身近な問題から解決策を探って行動する力を育んでいる。具体的には,廃棄物や飲料水,食糧問題などから人権問題,民族紛争,福祉,ボランティアなどをテーマごとに取り上げている。
 また,意思決定力の育成を目指してアメリカで開発されたジュニア・アチーブメントの教育プログラム「MESE(Management Econo-mic Simulation Exercise)意思決定プログラム」や,調査研究を通じて国際的に科学を学ぶ「Science across the world」を導入している。
6.「情報」の扱いを巡って
 この地球市民の授業では,論理的思考力の育成,人前で意見をしっかり述べること,他人の意見を批判的に聞くことといった事柄を重視している。
 調査研究を主たる活動の中心においている地球市民では,調査研究を進めるに当たってのイロハを,実践を進めながら注意深く学ばせることが極めて重要である。
 年間通じての地球市民のテーマは,以下の通りである。

1 論理的な物事の捉え方を,ディスカッションを通じて学ぶ
2 「MESE(Management Economic Simulation Exercise)意思決定プログラム」
3 「Science across the world」
4 手紙の書き方を学ぶ(和文・英文)
5 新聞記事を題材にして論理的矛盾を見抜く力を学ぶ

 2000年度の地球市民では,環境問題や人権問題を直接は取り上げずに,以上のテーマを設定したのは,「情報」を巡る新たな課題を取り上げる必要があったからである。
 調査研究を進める上での課題の具体的事例を一つ紹介する。
 紙面の都合があるので,定期試験で出題した問題を挙げることとする。

<問題>「紫外線とガン患者との関係を調べるために,北海道と沖縄県のガン患者について比較することにし,慶祥高校と沖縄県のある高校とで調査用紙を交換することにしました。この目的に沿って考えたとき,次の2つの調査方法について,長所と短所を比較して論じなさい。
(ア)インターネットで信頼できる調査機関のホームページを調べる。
(イ)手分けをして皮膚科の医院をまわり,皮膚ガン患者の実態を調査する。
この問題の意図は,北海道と沖縄県とで情報交換をする時のポイントである。遠く離れたところでの情報収集は極めて困難である。そこで,現地でなくてはできない調査を依頼し,情報を交換することで何より価値ある情報を得ることができる。従って,実態調査に不備があり,広範囲の調査も無理があっても,(イ)の現地実態調査は大変意味のあるものである。(ア)のインターネットによるホームページからの情報入手は,情報機器がありアクセスできる環境さえあれば,どこに居ても入手可能である。つまり,北海道と沖縄県とで調べて,その調査結果を交換する必要はない。URLさえ連絡すれば,事足りるのである。
 ところが生徒の解答には,信頼できる調査機関だからという理由で(ア)を評価するものが多かった。
 これは,解答としてはふさわしいとはいえないが,授業でのねらいが,ある面では活かされていると見ることができる。テーマによって,インターネットのどこかのホームページにアクセスし,情報を引き出してくる「調査」をする生徒が多い。ホームページというのは,誰でも作成が可能で,今や無料でも載せることができるもので,そこに載っている情報の真偽や信憑性を確かめることはまずできないということを注意した。生徒のなかにも個人でホームページを開いている者がいて,そのことからもどれだけいい加減なものが含まれているかを力説した。仮に真偽の程がわからなくても,少なくともどこの誰がどういう調査をした結果がそこに載っていて,それを引き出してきたと,言わば「出典」を明らかにするように忠告した。
 このことが活かされて,定期試験の解答では,自分たちが手分けをして調べて回るより,信頼性の高いホームページからの情報入手を選んだのである。
 この問題を出題したねらいは,問題の意図とは違い,生徒の目をはぐらかすことでもあった。
授業では,インターネットにアクセスして,そこに書かれていることを「情報」として入手し,自分の調べた「情報」として紹介することの危うさを指摘し続けてきた。この問題はもちろん「情報処理」の時間でも説明はなされるが,その授業での主眼は,むしろアクセスする方法にあり,こういった情報をめぐる問題点については,注意を促す程度でとどまっている。ましてや,実践を通じてこのことを学ばせることは,その他の授業でも難しい。
 あるテーマついて調べてみようと,課題を生徒に与え,そのテーマをインターネットの「検索」に打ち込むと,私達教員の作った架空の※※研究会制作と題したホームページが出てくるようにして,そこにそのテーマに沿ったことを載せておき,レポート提出を課してみようと本気で考えたほどである。
 すると40人の生徒のレポートはほぼ同様の内容になり,しかもそこに述べられている事柄は,教員が作った「ウソ」のホームページの内容であるということに確信が持ててしまうという怖さがある。
 あふれる「情報」から,必要な情報,有効な情報,信頼できる情報を選び取ってくることを,呼びかけにとどまらずに上手に鍛えていけるプログラムを「情報処理」の時間で受け持ち,選んだ情報を厳しい目で分析する力,調査・分析した情報を加工し,発進する力を育んで行けずにいるレベルでは,ここで述べたことは稚拙なことであって,進んだ「情報教育」から見れば次元が違うと言ってはいられないであろう。
 地球市民の授業では,環境問題や人権問題について学んでいこうという実践を進める中で,手紙の書き方や,電話のかけ方,時には挨拶の仕方も教えることが必要となる。報道などを批判的に読み解く力,論理的に問題を捉え論理的な矛盾をつける力,情報の収集・処理・発進できる力を育成していくことが,地球市民の授業の中での新たな課題となっている。
 誰もがインターネットを閲覧できる時代に,情報の扱い方を系統だてて実践的に学ぶプログラムを,試行錯誤しながら作成中である。
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