美・知との遭遇 美術教育見聞録 学び!と美術

透視図法の不思議

もっと楽しくなる図工・美術の時間

画像:プラタナスの樹皮(福島県郡山市) 透視図法はルネサンス期に発明されたと言われています。レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci 1452-1519)の「最後の晩餐」や、ラファエロ(Raffaello Santi 1483-1520)の「アテネの学堂」は、一点透視図法を用いてしっかりとした透視図構図で描かれたことがわかります。一方、そのわずか半世紀足らず前に描かれたボッティチェリ(Sandro Botticelli 1444-1510)の「春」や「ヴィーナスの誕生」は、遠くにあるものを小さく描く遠近技法が用いられてはいますが、透視図的な画面構成は見られません。透視図法は、奥行き感を平面上に出現させる技法として、当時としては画期的な表現画法の発明だったであろうと想像されます。

 ラスコーやアルタミラの洞窟壁画にも、動物の四肢やものの重なりに、遠近を表そうとする描画の工夫は見られますが、人類が描画という行為を始めてから数万年を経たルネサンス期に透視図法を発見したというのは不思議な気がしませんか。私たちに見えているという感覚と、それを理解する知覚との隔たりを感じさせる私たちの認識力に関する興味深い史実です。

 アテネを旅行したことのある方は、パルテノン神殿の前に立ち整然と並んだ柱群を見たことでしょう。世界遺産となった宮島の厳島神社本殿廻廊の中央に立った人は、紛れもない一点透視の列柱が出現した体験をしたと思われます。それは仏教寺院であっても、イスラム寺院であっても至る所に発見できる現実空間です。日常生活でも、直線に植えられた街路樹や民家の廊下、灯籠が並ぶ秋祭りの参拝道など、私たちが透視図的なヒントを得る情景は数限りなく存在していたはずです。また、規則的に苗を植える習慣ができたときから、早苗や稲刈りを終えた水田に、自らが創出し見慣れた奥行感を認識していたことは十分考えられることです。そのような視覚体験が、私たちに透視図という技法をもたらすに至るのが、今から500年前であるとは、どのように理解すればいいのでしょう。

画像:最後の晩餐 Leonardo da Vinci (1498)、壁画、テンペラ 420 x 910 cm 子どもたちの絵を見ていると、彼らの多くがルネサンス期のような奥行きに興味を抱き、透視図的な絵を描きたがるのは小学校高学年からと思われます。自我に目覚めるとされる年頃でもあります。自らの行動や作品を客観視する自己評価力が高まった彼らは、それまでの無邪気な自分では満足できなくなるのだと考えられます。他との比較による相対的な評価の視点がおとなへと脱皮させるのでしょう。図工科・美術科では表現技術にとらわれすぎない指導を行っても、絵画などに見られるその傾向は、彼らの中で長く続くようです。ルネサンスから300年以上を経て、心象などの表現主題に気付くことを考えると、表現指導の難しさが見えてくるように思います。

画像:パルテノン神殿(Parthenon) 長さ68.7m、幅30.6m ルネサンス期には、もう一つの大きな認識転換を図らざるを得ない発見が起こっています。透視図的な視覚刺激よりも遙かに大きな“私たちの立つ大地が実は丸かった”という情報です。それは、当時の一般人には信じがたい事件であったことでしょう。私たちも小学校低学年の頃に、なぜ地球の裏側の人は落ちないのかという不思議を伴った現実として、その事実を知らされた瞬間が鮮明に記憶されているのではないでしょうか。
 約500年前の衝撃は、やがてダ・ヴィンチとほぼ同世代のコロンブス(Christopher Columbus 1451-1506)をインド航路開拓の船旅に駆り立て、バスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama 1469-1524)、マゼラン(Ferdinand Magellan 1480-1521)らが大航海時代の主役となる契機となったのです。彼らが地球は丸いということをどれほど信じ、その大きさをどのように認識していたかを考えると大航海時代を新たな視点で捉えることができます。ダ・ヴィンチの手記に「ダ・ヴィンチさん、地球が丸いって本当ですか。東半球と西半球は何処で別れているのですか。」という質問に「足を開いて北に向かって立ってみなさい。そうすると君の右足を置いた方が東半球で、左足を置いた方が西半球です。」と答えた記述があるようです。大地が球形であるという衝撃は冒険者のみならず、新聞の号外のごとく欧州全体を駆け巡ったのではないでしょうか。

 子どもたちの絵の審査で小学3年生の作品で地球の絵に出あいます。4年生が太陽を中心に“水・金・地・火・木・土”を描いた絵もありました。教育や情報の力が現代の子どもたちの認識力を大きく育てています。人類が惑星や太陽系を認識したのは、ガリレオ(Galileo Galilei 1564-1642)の時代以降のことですから、常識の進化は留まるところを知らないようです。
 「ダ・ヴィンチのレベルに達したね!」という評価ができると図工・美術の時間は、もっと楽しくなるかもしれません。