学び!と美術

学び!と美術

〔共通事項〕が目指した「私」
2020.09.10
学び!と美術 <Vol.97>
〔共通事項〕が目指した「私」
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 〔共通事項〕が生まれて、すでに12年。本稿では〔共通事項〕が目指したことや提案された当時の経緯などについて、少し変わった視点から振り返ってみます。

「音」から成立する「私」

写真1 クリック or タップで音が出ます。 音楽を流しながら作業をしている時、ある「音」が響くと私は「ズズッ」とその方向に引き込まれます。それは、ひずんだ重いギターの音です(写真1をクリック or タップして下さい)。この音を聞くと、私の顔は、その音に夢中になった思春期の少年になってしまいます。
 それは、「音」から、年齢不詳の「私」が立ち上がった瞬間です。同時に「音」が意味をもって現れる瞬間でもあります。音が「世代の心を奪った音楽」になるのは、その後の話です。
 旋律やリズム、構造などではなく「音」なのです。「音」と「私」が同時に成立する。ギターの音が鳴り響いた時、私におきているのは、そのようなことでしょう。

「新聞紙」から成立する「私」

 造形で考えてみましょう。

写真2写真3

 写真2の「新聞紙」は、ただのゴミです。写真3が示すのは、ただの子どもです。でも、それが触れ合うと「新聞紙に手を伸ばし、カサカサとした音と感触を楽しむ1歳児」が成立します(写真4)(※1) 。同時に「新聞紙」は、子どもの遊びを保証する「材料」になることができます。「遊び」が展開されるのはその先の話です。

写真4

 同じ様に、「ポタンと墨を和紙に垂らす」「真っ黒にした画用紙を消しゴムでスッと消す(写真5)(※2) 」「ビリビリと紙を破る」など、その都度の瞬間に、「色や形」、「材料」などが成立し、同時に「私」が生まれ、「私」が動き始めます。

写真5

 造形活動という学習や、その結果としての作品などは、その後の話であり、多くの場合「その子」のまなざしとは異なる立場から語られます。

「作品」から成立する「私」

 「作品」から成立する「私」もいます。
 「みやざきアートセンター」は、文化を通して街の活性化に取り組んでいます(※3)。展覧会場や図書館、子どもの遊び場などを持った「よくある文化施設」なのですが、少し違っているのは、毎回、展覧会や講座などによってどのような市民が生まれたかを検証しながら事業に取り組んでいることです。
 例えば、2010年の「仮面ライダーアート展(※4)」で生まれたのは、仮面ライダーに詳しい「物知りパパ」です。子どもの手をにぎり案内する「頼れるママ」も成立しました。日頃「厳しい部長」として過ごす男性は、孫を抱っこする「優しいジジ」になれました。

写真6
©石森章太郎プロ ©石森プロ・テレビ朝日・ADK・東映ビデオ・東映
写真7
©石森章太郎プロ ©石森プロ・テレビ朝日・ADK・東映ビデオ・東映

 目指したのは、単なるサブカルチャーの展覧会ではなく、仮面ライダーという「作品」を通して「家族」をつくりだし、文化的な市民と街の回遊を実現しようとする試みでした。「みやざきアートセンター」は「何をしたか(作品の展示)」ではなく、「何が創造されたか(個人及び文化や社会も含んだ人々の成立)」を大切にする施設なのかもしれません。

〔共通事項〕から成立する「私」

 〔共通事項〕が考案された2008年当時、教育に関する世論はPISAショックに始まった学力低下論争が猛威を振るっていました。中央教育審議会では、教科ならではの「基礎的基本的事項」の明確化が要求され、その答えとして提案されたのが図画工作・美術の〔共通事項〕です(※5)。表現及び鑑賞の活動において共通に働く資質や能力として「形や色など」「イメージ」が示されました。
 しかし、提案した側の思いとしては、〔共通事項〕は単なる「基礎的基本的事項」ではありません。「共通」という言葉には、解説書にも記載されているように「絵画とデザインの共通」「小学校と中学校の共通」「私と友達の共通」など様々な意味が込められています。でも、最も大切にしたのは「私と世界の共通」です。「形や色など」と響き合って「私」が立ち上がり、「自分のイメージ」が世界と響き合いながら造形活動が展開することでした(※6)
 〔共通事項〕から、どのような子どもが成立するのでしょう。どのような仲間が生まれ、どのような学習がおこるのでしょう。それはどのように社会や文化へとつながるのでしょう。そこには、きっと「私」が貫かれているはずです。
 〔共通事項〕は、制度的には「造形要素」とも呼べるような教科の「基礎的基本的事項」です。しかし、それに絡み取られることなく、「音」や「新聞紙」、「作品」のように、かけがえのない「私」を立ち上げるための要素であってほしい。一人の子どもにおきることではあるけれども、「人々」や「文化や社会」などを視野に入れてほしい。その意味で〔共通事項〕を視点に題材計画や学習指導を考えてもらいたい。そんなことを今も願っています。

※1:「たんぽぽ保育所八広園」の保育より https://tanpopohoikusho.ed.jp/yahiro/guide/
※2:『図画工作教科書5・6上』日本文教出版、2020年、5頁
※3:みやざきアートセンター https://miyazaki-ac.com/
※4:みやざきアートセンター仮面ライダーアート展 https://miyazaki-ac.com/past-exhibition/post-1606/
※5:まず、図画工作・美術が提案し、その後、音楽も同様に共通事項を提案します。
※6:立教大学の大嶋先生は以下のように発言されています。『「シニフィエ(意味内容)」に対して「シニフィアン(意味作用)」の優位とはアクティブラーニングそのものだし、主体的・対話的で深い学びはそこで生じるものと思います。これはイコール「造形遊び」です。造形遊びの本質が実はここにあると私はずっと思っていて、10年前の学習指導要領の改訂で、奥村先生が文部科学省の教科調査官だったころ「共通事項」が出されましたが、その共通事項で「シニフィアン」の優位が明確に書かれていて驚きました』第68回日本美術教育学会学術研究大会東京大会共同討議Ⅱ」より。コーディネーター梅澤啓一・パネリスト大嶋彰・奥村高明・苅宿俊文。大嶋先生の指摘は『小学校学習指導要領解説図画工作編』日本文教出版、2008、19-20頁の部分と思われます。

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