学び!とシネマ

学び!とシネマ

ブレッドウィナー
2019.12.19
学び!とシネマ <Vol.165>
ブレッドウィナー
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

 カナダ、アイルランド、ルクセンブルグの合作になるアニメーション映画「ブレッドウィナー」(チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス配給)は、混乱のアフガニスタンを生きぬく、11歳の少女パヴァーナの物語だ。
 2001年、アメリカに同時多発テロ事件が起きる。アメリカはタリバンの犯行と決めつけ、タリバンの支配するアフガニスタンに軍事介入する。
 パヴァーナは、教師だった父ヌルラ、作家の母ファティマ、姉のソラヤ、幼い弟ザキと、首都カブールの小さなアパートで暮らしている。パヴァーナには兄のスレイマンがいたが、地雷で亡くなっている。
 「父さんが若かった頃は、平和がどんなものか知っていた」と話す父から、いろんな物語を聞きながら育ったパヴァーナは、みんなにお話を聞かせるのも得意だ。市場で、手紙の読み書きを教えて生計をたてている父を手伝うのもパヴァーナの仕事だ。
 ある日、父をイスラムの敵だと決めつけるタリバンが、父を連行する。稼ぎ手(ブレッドウィナー)を失った一家は、途方にくれる。タリバンは、男性が同伴しない外出を禁じているため、外で働くこともできないし、買い物にも行けなくなる。パヴァーナは、髪の毛を切り、少年に変身し、一家のブレッドウィナー、稼ぎ手となり、逮捕された父を救いだそうと奔走することになる。
© 2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A. 原作は、カナダの作家デボラ・エリスの書いた「生きのびるために」(さえら書房・もりうち すみこ 訳)だ。平和活動家でもあるデボラ・エリスは、パキスタンの難民キャンプで暮らしている多くのアフガニスタンの女性や少女に取材する。この取材を基に書かれたのが「生きのこるために」などの連作集である。
 原作、アニメーションともに、11歳の少女の視点から、当時のカブールの様子が活写される。現実の世界には、多くの困難がある。治安を目指していても、アメリカやイギリスの軍事介入では、なにも解決しない。解決しないどころか、一般市民にも多くの犠牲者が出ているはずである。
 このほど、ワシントン・ポスト紙が報道した「アフガニスタン・ペーパーズ:その戦争の隠された歴史」によれば、アメリカの政府高官や軍の幹部たちは、復興支援や軍事作戦の失敗を認めながらも、その事実を国民に隠蔽していた。ブッシュ、オバマ政権で続いていた軍事介入の真実が改竄され、政権維持のために利用されていたのだ。
 アメリカがアフガニスタンに投入した費用は1兆ドル近く。2001年以降、アフガニスタンで死亡したアメリカ兵は2300人、負傷者数は2万人以上という。もちろん、一般市民を含めたアフガニスタン人の死傷数は、もっと多いはずである。
© 2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A. 12月4日、アフガニスタンで医療を続け、砂漠に用水路を作り続けている中村哲さんが銃撃されて、亡くなった。2002年の春、一時帰国した中村さんにインタビューしたことがある。すでに当時から、中村さんたちが井戸を掘っているすぐ近くで、戦闘があった。2001年の同時多発テロ事件後、アメリカ、イギリスなどによる軍事介入の直後で、2002年のボン合意に基づき、カルザイが大統領に就任する前の話である。中村さんは言う。「砂漠に爆弾を落としても、平和は来ない」。
 2012年、当時の大統領だったオバマは演説する。「ビンラディン容疑者を殺害し、アルカイダ打倒の目的達成寸前まできた」と。
 今の世界は、多くの問題を抱えている。軍事力で解決できるはずがない。映画「ブレッドウィナー」は、多くの若い人たちが、いろんな世界に住む子どもたちについて考え始めることを呼びかけている。
 監督はノラ・トゥーミーというアイルランド生まれの女性。以前、共同監督で、「ブレンダンとケルズの秘密」という傑作アニメーションを撮っている。
 映画のキャッチコピーがいい。「怒りではなく、言葉を伝えて。花は雷ではなく、雨で育つから――」。その通りだろう。

2019年12月20日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMA他全国順次公開

『ブレッドウィナー』公式Webサイト

監督:ノラ・トゥーミー
脚本:アニータ・ドロン
原作:デボラ・エリス 「生きのびるために」(さ・え・ら書房)
エグゼクティブ・プロデューサー:アンジェリーナ・ジョリー
声の出演:サーラ・チャウディリー、ソーマ・チハヤー、ラーラ・シディーク、シャイスタ・ラティーフ、カワ・アダ、アリ・バットショー、ヌリーン・グラムガウス
音楽:マイケル&ジェフ・ダナ
編集:ダラ・バーン
アート・ディレクター:リザ・ライヒー、キアラン・ダフィ
アニメーション監督:ファビアン・アウリングハウサー
原題:THE BREADWINNER/カナダ・アイルランド・ルクセンブルク/2017年/93分/カラー/ドルビー・デジタル/スコープサイズ/字幕翻訳:天野優未
配給:チャイルド・フィルム/ミラクルヴォイス
後援:アイルランド大使館/カナダ大使館