学び!とシネマ

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巡礼の約束
2020.02.06
学び!とシネマ <Vol.167>
巡礼の約束
二井 康雄(ふたい・やすお)

©GARUDA FILM

 3年ほど前、チベットで牧畜を営む家族の暮らしぶりを描いた、ソンタルジャ監督の「草原の河」を本欄でレビューした。このほど、ソンタルジャ監督の新作「巡礼の約束」(ムヴィオラ配給)が公開となる。
 チベット高原の東端にギャロン地区がある。四川省の成都からバスで7時間ほどで、正確に言うと、四川省チャン族自治州になる。標高1800メートルほどの山あいの村に、ロルジェ(ヨンジョンジャ)とその父、ロルジェの妻のウォマ(ニマソンソン)が暮らしている。
 明け方、泣きながら、ある夢を見たウォマが目覚める。ロルジェは、心配しながら火を起し、ウォマは供養するが、ロルジェには、ウォマの行動の意味がよく理解できない。
 ウォマは病院で、医師からあることを宣告されるが、ロルジェには、なにごともなかったように振る舞う。そして、突然、ウォマは宣言する。「五体投地でラサヘ巡礼の旅に出る」と。
 五体投地とは、チベットの聖地ラサへの巡礼の方法で、両手、両膝、額の体の5ヶ所を地面に投げ出して祈る。当然、時間がかかる。ざっと、1日に5kmほどしか進めない。ロルジェは反対するが、ウォマの決意は固い。
©GARUDA FILM 巡礼の前に、ウォマは実家に父母を訪ねる。実家には、病気で亡くなった前夫との息子ノルウ(ルィチョクジャ)が暮らしている。母親と暮らしたいノルウは、小学校でも喧嘩ばかりで、部屋に籠もったままで、母親と会おうとしない。
 巡礼の準備が進む。手にはめる木型を松の木で作ってやるロルジェだが、内心は気が気でない。出発が近づく。村の娘ふたりがウォマに同行することになる。
 出発して2週間、ロルジェがバイクでウォマに追いつく。病院での結果を知ったロルジェが、巡礼をやめさせ、大きな病院で治療させようとするが、ウォマはかたくなに拒否する。怒ったロルジェは、「勝手にしろ」と、バイクで走り去る。付き添いの村の娘は、ふたりとも、すでにいなくなっている。
 ウォマの弟が、母親に会いたがっているノルウを連れて、ウォマに追いつく。ウォマは、久しぶりに会ったノルウを抱きしめる。
 怒って別れたロルジェが戻ってくる。ノルウを届けたウォマの弟は、ノルウを連れて戻ろうとするが、ノルウは言う。「一緒にラサに行きたい」と。
 実の母と息子、息子ノルウと母のいまの夫ロルジェは、他人である。母と一緒に暮らせないノルウは、ロルジェをこころよくは思っていない。ウォマは、病魔と闘いながらも、五体投地を続けている。ウォマの亡くなった夫への思慕を理解しても、ロルジェには、秘めた嫉妬もあるはずだ。やがて、ウォマは、巡礼に出た真の理由を、ロルジェに話し始める。
©GARUDA FILM 少ないセリフで、練りに練った脚本だ。ドラマの進行に合わせて、人物の関係像が少しずつ、露わになっていく。ロルジェは、妻の決意をどのように理解するのか。前夫との間の息子と、どう立ち向かうのか。
 静謐なドラマの進行にあわせて、緊張感が漲る。風景は、絶景である。世界でいちばん美しい村に選ばれた場所から、遙か西のラサへの巡礼である。五体投地でラサに向かう。1日5km。ラサまでは、1年かかる行程だ。チベットの人たちの信仰の深さは、半端ではない。
 ロルジェたちは、旅の途中、とても親切な家族に出会う。心優しい人ばかりではないとは思うが、信仰の旅人を暖かくもてなすのも、チベット文化のいいところだろうか。
 人生には、いろんなことがある。楽しいことより、辛いことのほうが多いかもしれない。チベットの人たちは、自分のことばかり考えず、他者を理解し、他者のために祈る。あらまほしいことだ。
 ロルジャを演じたヨンジョンジャは、歌手としても有名で、チベット文化の普及、継承に尽力している。本作のプロデューサーでもある。映画初主演と思えないほど、繊細な表情で演じきる。また、まだ小学生だが、ノルウを演じたツィチョクジャが、少年の屈折した心情を、巧みに演じて、驚く。
 ソンタルジャ監督の「草原の河」はもちろん、チャン・ヤン監督の五体投地の詳細を描いた「ラサへの歩き方 祈りの2400km」をご覧になると、さらに本作へのご理解が深まることと思う。

2020年2月8日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

『巡礼の約束』公式Webサイト

監督:ソンタルジャ
プロデューサー:ヨンジョンジャ
脚本:タシダワ、ソンタルジャ
出演:ヨンジョンジャ、ニマソンソン、スィチョクジャ
2018年/中国語題:阿拉姜色/英語題:Ala Changso/中国映画/109分/シネマスコープ/5.1chサラウンド/字幕:松尾みゆき/字幕監修:三宅伸一郎
配給:ムヴィオラ