学び!とシネマ

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ブータン 山の教室
2021.03.31
学び!とシネマ <Vol.181>
ブータン 山の教室
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2019 ALL RIGHTS RESERVED

 ブータン王国は、物理的な幸福よりも精神的な幸福を重視することで知られている。かつての国王は、「国民総生産より国民総幸福の方が重要である」と言った。また、2008年制定の憲法には、「国家は国民総幸福の追求を可能とする諸条件を促進させることに努めなければならない」とあるそうだ。このブータンで作られた映画「ブータン 山の教室」(ドマ配給)が公開される。
 ブータンの首都ティンプーに住む新米教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)の夢は、オーストラリアに行って、有名な歌手になることだ。今日もクラブで、ギターを弾きながら「オーストラリアに行くんだ…」などと唄っている。
 そんなウゲンに命令が下る。僻地のルナナ村の学校への赴任である。ルナナは標高4800m。ふもとの町ガサからでも、険しい山道を一週間もかけて登らなければならない。
 ガサに着いたウゲンを迎えにきたミチェン(ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ)は言う。「ルナナは電気は通じていないし、トイレットペーパーもない。始めの6日間は川沿いを歩く」と。
 ガイドが一人にロバが3頭、ウゲンとミチェンは出発する。川沿いの道などはない。ずっと、登りである。これは、ウゲンを安心させるためのミチェンの嘘である。一泊目は小屋だが、あとはテント泊になる。焚火を囲み、小屋番の男から酒を注いでもらうウゲンとミチェン。
©2019 ALL RIGHTS RESERVED 標高5240mのカルチュン峠を越える。旅の安全を祈り、またこの場所に戻ってこれるように、捧げものの石を積む。「まわりの山に、年々、雪が少なくなっている。温暖化だろう」とミチェン。
 いよいよルナナ村の入り口だ。村の人口は56人。村長アジャ(クンザン・ワンディ)はじめ、ほぼ村人全員がウゲンを出迎えてくれる。  教室に案内されたウゲンは驚く。黒板がない。机は埃だらけ。住む部屋も粗末で、トイレは外だ。たちまち、ウゲンは、「ぼくには無理、ここは世界一の僻地だ、町に帰りたい」と訴える。
 朝、ペム・ザム(ペム・ザム)という、クラス委員の少女がウゲンの部屋にやってくる。もう9時である。「学校は8時半から」という。ともかく、ウゲンの授業が始まる。自己紹介で、「国のために働きたい」という少女ぺマ(チミ・デム)。ペム・ザムは「歌手になりたい」と言う。学校の先生志望のサンゲ(サンゲ・チョデン)は言う。「先生は未来に触れることが出来るから」と。
 セデュ(ケルドン・ハモ・グルン)という娘が「ヤクに捧げる歌」を唄っている。その声と歌詞に魅せられていくウゲン。
 ミチェンが、村人からの差し入れだと、米、バター、チーズなどを持ってくる。火を起こすのに、ヤクの糞を使うことを知るウゲン。
 小高い丘で、セデュが「ヤクに捧げる歌」を唄っている。なぜ唄うのかとウゲンが聞く。「歌に万物を捧げている。そして、人、動物、神々、この谷の精霊たちにね」とセデュ。
 寒さに強いはずのヤクだが、ウゲンたちは、教室の後ろでヤクを飼育し始める。映画の原題「ヤクのいる教室」は、このエピソードからと思われる。
©2019 ALL RIGHTS RESERVED 村長は、当初、ウゲンの言ったことを覚えていて、ウゲンに、町に戻る準備が整ったことを告げる。少しずつ、村の人たちに魅せられていくウゲンは、自身の心の変化も感じとっているようだ。ウゲンの選んだ道とは?
 映画の舞台は絶景そのもの。都会暮しには、なにかと不便なことも多いが、高地には高地なりに順応して、ちゃんと暮らしている人たちがいる。
 ブータンといえども、いまや都市化、文明化が進み、ウゲンのように、外国で成功を夢見る若者も多いらしい。映画は、こういったブータンの実情を伝えて、示唆に富む。
 高地の平原に、セデュの唄う「ヤクに捧げる歌」が響きわたる。こんなすてきな映画を撮ったのは、パオ・チョニン・ドルジで、作家、写真家でもある。これが監督としての長編デビューになる。風景や人物を見る眼差しが、とても柔和で優しさいっぱいだ。
 ウゲンに扮したシェラップ・ドルジは、実際にもミュージシャンで、オーストラリア移住も考えていたという。現地に住む子どもたちをキャスティングしたらしいが、なかでも、ぺム・ザムのあどけない表情に魅せられる。
 物質的には恵まれていないけれど、ひたすら学びたいという子どもたちの思いが、ずしりと伝わってくる。また、都会から来た若い先生に接する村の人たちの優しさは、いったいどこから来るものなのか。いろんな意味で恵まれている人たちにこそ、見てほしい映画だろう。

2021年4月3日(土)より、岩波ホール他にて全国順次公開!

『ブータン 山の教室』公式Webサイト

監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム 他
2019年/ブータン/ゾンカ語、英語/110分/シネスコ
英題:Lunana A Yak in the Classroom
日本語字幕:横井和子 字幕監修:西田文信
後援:在東京ブータン王国名誉総領事館 協力:日本ブータン友好協会
配給:ドマ

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