学び!とシネマ
学び!とシネマ
韓国のホン・サンス監督の映画が好きである。
どの作品も、格段、劇的な展開はない。何気ない日常の会話から、どのような人物なのかがうかがえ、ふと、それぞれの人生の一端が、垣間見える。呑んだり食べたりするシーンが多いが、ここでの会話や表情に、おおげさに言えば、「人生の真実」があるように思えるのだ。
そのホン・サンス監督の新作が2作品、同時公開される。「イントロダクション」と「あなたの顔の前に」(どちらもミモザフィルムズ配給)だ。
第1章。ソウルの韓方病院に、ヨンホ(シン・ソクホ)という若者がやってくる。院長の父親(キム・ヨンホ)に呼び出されたのだ。父親は、ある大物俳優(キ・ジュボン)の応対で忙しい。ヨンホは待っている間、幼なじみの看護師の女性と立ち話をする。
第2章。ヨンホの恋人ジュウォン(パク・ミソ)は、衣装デザインを学ぶために、いまベルリンにいる。ヨンホは、突然、ベルリンにやってくる。ヨンホはジュウォンに「なぜ、こんなところまで来たのか」と問う。「勉強よ」とジュウォン。「ぼくもここに来ようか」と言うヨンホ。ふたりは路上で抱き合う。
第3章。海に面したレストランで、ヨンホの母親(チョ・ユニ)と大物俳優が会っている。母親は、以前、ヨンホが俳優を志望していたことを知って、この席にヨンホを呼ぶ。ヨンホは、友人(ハ・ソングク)を誘って、レストランに向かう。大物俳優は、ヨンホが俳優を断念した理由を知って、突然、怒り出す。
たった、それだけの話である。注目すべきは、人物の仕草と会話、その表情である。観客は、いま現在と、この後どうなるかを、思わず想像してしまう。
人生は、なかなか思い通りにはいかないし、経済的に恵まれていても幸せとは限らない。映画は、多くの余韻を残して、終わる。
サンオクは、長く疎遠だった妹のジョンオク(チュ・ユニ)のマンションに厄介になっている。姉妹はカフェに出かける。「なぜ帰ってきたのか」と訊くジョンオクに、「ただ会いたくて」とサンオク。
ふたりは、公園を散歩する。「俳優さん?」と声をかけられるサンオク。
ジョンオクの息子スンウォン(シン・ソクホ)が開いているトッポッキの店に立ち寄る。スンウォンは留守で、店を出るふたり。戻ってきたスンウォンは、ふたりを追いかけ、伯母のサンオクに財布をプレゼントする。
サンオクは、幼いころに住んでいた家を訪ねる。緑いっぱいの庭は残っていたが、住居はもうなくなっていて、洒落たお店になっている。
会ったことのない映画監督ソン・ジェウォン(クォン・ヘヒョ)の誘いで、サンオクは監督の指定した居酒屋に向かう。店主は留守で、鍵を預かった監督は、近くの中華料理店から出前をとり、ふたりは強い酒を呑む。監督は、若い頃から、サンオクのファンで、短編映画を作る旅に出ないかと口説く。やがて監督は、サンオクのある秘密を知ることになる。
ただそれだけの、サンオクのたった1日の出来事が、淡々と描かれる。タイトルの意味は本編で明かされるが、絶妙のタイトルと思う。
これまた、どのエピソードも深い余韻を残す。観客は、かならず、いろいろと想像をめぐらすはずである。そういうふうに、巧みに編集されている。
いわば、映像と映像のあいだに、そして映像の裏に、とても雄弁なセリフと深いドラマがあるのだ。なにより、人間のさまざまな感情が、くっきり浮かびあがる。そして、おおげさに言えば、「人間って何か」を問いかけてくる。
どちらも脚本、撮影、音楽、編集を担当したのは、監督のホン・サンスである。恐るべき才人である。俳優陣は、多くが演劇の経験者で、映画出演のキャリアが豊富。巧いなあと感心するのは、「あなたの顔の前に」で映画監督に扮したクォン・ヘヒョだ。ホン・サンス作品に多く出ていて、イザベル・ユペールと共演した「三人のアンヌ」での演技は圧巻だった。
韓国の映画に限らず、映画は「人間を学ぶ」教科書と思っている。ぜひ、ホン・サンスの映画から、多くを学んでいただきたい。
2022年6月24日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
■『イントロダクション』『あなたの顔の前に』公式Webサイト
監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ、パク・ミソ、キム・ヨンホ、イェ・ジウォン、ソ・ヨンファ、キム・ミニ、チョ・ユニ、ハ・ソングク
2020年/韓国/韓国語/66分/モノクロ/1.78:1/モノラル
原題:인트로덕션 英題:Introduction 字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、チョ・ユニ、クォン・ヘヒョ、シン・ソクホ、キム・セビョク、ハ・ソングク、ソ・ヨンファ、イ・ユンミ、カン・イソ、キム・シハ
2021年/韓国/韓国語/85分/カラー/1.78:1/モノラル
原題:당신 얼굴 앞에서 英題:In Front of Your Face 字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ