学び!とシネマ

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【2作品紹介】イントロダクション / あなたの顔の前に
2022.06.22
学び!とシネマ <Vol.195>
【2作品紹介】イントロダクション / あなたの顔の前に
二井 康雄(ふたい・やすお)

 韓国のホン・サンス監督の映画が好きである。
 どの作品も、格段、劇的な展開はない。何気ない日常の会話から、どのような人物なのかがうかがえ、ふと、それぞれの人生の一端が、垣間見える。呑んだり食べたりするシーンが多いが、ここでの会話や表情に、おおげさに言えば、「人生の真実」があるように思えるのだ。
 そのホン・サンス監督の新作が2作品、同時公開される。「イントロダクション」と「あなたの顔の前に」(どちらもミモザフィルムズ配給)だ。

「イントロダクション」 
© 2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」
© 2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 「イントロダクション」は、3つの短いエピソードからなる。
 第1章。ソウルの韓方病院に、ヨンホ(シン・ソクホ)という若者がやってくる。院長の父親(キム・ヨンホ)に呼び出されたのだ。父親は、ある大物俳優(キ・ジュボン)の応対で忙しい。ヨンホは待っている間、幼なじみの看護師の女性と立ち話をする。
 第2章。ヨンホの恋人ジュウォン(パク・ミソ)は、衣装デザインを学ぶために、いまベルリンにいる。ヨンホは、突然、ベルリンにやってくる。ヨンホはジュウォンに「なぜ、こんなところまで来たのか」と問う。「勉強よ」とジュウォン。「ぼくもここに来ようか」と言うヨンホ。ふたりは路上で抱き合う。
「イントロダクション」
© 2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 第3章。海に面したレストランで、ヨンホの母親(チョ・ユニ)と大物俳優が会っている。母親は、以前、ヨンホが俳優を志望していたことを知って、この席にヨンホを呼ぶ。ヨンホは、友人(ハ・ソングク)を誘って、レストランに向かう。大物俳優は、ヨンホが俳優を断念した理由を知って、突然、怒り出す。
 たった、それだけの話である。注目すべきは、人物の仕草と会話、その表情である。観客は、いま現在と、この後どうなるかを、思わず想像してしまう。
 人生は、なかなか思い通りにはいかないし、経済的に恵まれていても幸せとは限らない。映画は、多くの余韻を残して、終わる。

「あなたの顔の前に」 
© 2021. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」
© 2021. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 「あなたの顔の前に」の主人公は、元は女優で、いまはアメリカに住むサンオク(イ・へヨン)だ。このサンオクが突然、韓国に戻ってくる。
 サンオクは、長く疎遠だった妹のジョンオク(チュ・ユニ)のマンションに厄介になっている。姉妹はカフェに出かける。「なぜ帰ってきたのか」と訊くジョンオクに、「ただ会いたくて」とサンオク。
 ふたりは、公園を散歩する。「俳優さん?」と声をかけられるサンオク。
 ジョンオクの息子スンウォン(シン・ソクホ)が開いているトッポッキの店に立ち寄る。スンウォンは留守で、店を出るふたり。戻ってきたスンウォンは、ふたりを追いかけ、伯母のサンオクに財布をプレゼントする。
 サンオクは、幼いころに住んでいた家を訪ねる。緑いっぱいの庭は残っていたが、住居はもうなくなっていて、洒落たお店になっている。
「あなたの顔の前に」
© 2021. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 会ったことのない映画監督ソン・ジェウォン(クォン・ヘヒョ)の誘いで、サンオクは監督の指定した居酒屋に向かう。店主は留守で、鍵を預かった監督は、近くの中華料理店から出前をとり、ふたりは強い酒を呑む。監督は、若い頃から、サンオクのファンで、短編映画を作る旅に出ないかと口説く。やがて監督は、サンオクのある秘密を知ることになる。
 ただそれだけの、サンオクのたった1日の出来事が、淡々と描かれる。タイトルの意味は本編で明かされるが、絶妙のタイトルと思う。
 これまた、どのエピソードも深い余韻を残す。観客は、かならず、いろいろと想像をめぐらすはずである。そういうふうに、巧みに編集されている。
 いわば、映像と映像のあいだに、そして映像の裏に、とても雄弁なセリフと深いドラマがあるのだ。なにより、人間のさまざまな感情が、くっきり浮かびあがる。そして、おおげさに言えば、「人間って何か」を問いかけてくる。

 どちらも脚本、撮影、音楽、編集を担当したのは、監督のホン・サンスである。恐るべき才人である。俳優陣は、多くが演劇の経験者で、映画出演のキャリアが豊富。巧いなあと感心するのは、「あなたの顔の前に」で映画監督に扮したクォン・ヘヒョだ。ホン・サンス作品に多く出ていて、イザベル・ユペールと共演した「三人のアンヌ」での演技は圧巻だった。
 韓国の映画に限らず、映画は「人間を学ぶ」教科書と思っている。ぜひ、ホン・サンスの映画から、多くを学んでいただきたい。

2022年6月24日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿シネマカリテアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

『イントロダクション』『あなたの顔の前に』公式Webサイト

『イントロダクション』
監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ、パク・ミソ、キム・ヨンホ、イェ・ジウォン、ソ・ヨンファ、キム・ミニ、チョ・ユニ、ハ・ソングク
2020年/韓国/韓国語/66分/モノクロ/1.78:1/モノラル
原題:인트로덕션 英題:Introduction 字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ

『あなたの顔の前に』
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、チョ・ユニ、クォン・ヘヒョ、シン・ソクホ、キム・セビョク、ハ・ソングク、ソ・ヨンファ、イ・ユンミ、カン・イソ、キム・シハ
2021年/韓国/韓国語/85分/カラー/1.78:1/モノラル
原題:당신 얼굴 앞에서 英題:In Front of Your Face 字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ