学び!とESD

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ESDと気候変動教育(その16) 若者の力が実を結ぶ時 ―英国‘Teach the Future’から学べること
2023.12.15
学び!とESD <Vol.48>
ESDと気候変動教育(その16) 若者の力が実を結ぶ時 ―英国‘Teach the Future’から学べること
萱原 真希(永田研究室大学院生)

Climate Education Bill
(出典:英国議会ホームページより)

Climate Education Billの始動

 前号の学び!とESD <Vol.47>で「若者の力」の例として再び紹介した英国のボランティア組織である‘Teach the Future’(未来を教える)の活動が、いよいよ花を開かせようとしています。’Climate Education Bill’(気候教育法案)の誕生です。彼らが英国議会で最年少の現職議員である労働党のNadia Whittome(ナディア・ウィトーム)と共同で作成したこの法案は、2021-22年会期での成立は見送られるも、2022-23年会期はウィトーム議員が所属する労働党の政策プログラムの草案に盛り込まれ、2023年10月に再び成立を目指して歩き始めています。
 しかしながら、彼らの活動は法案の作成に止まりません。法案の成立を目指して、彼らはさらなる政治へのプレッシャーをかける活動を続けています。それは署名活動だけではなく、彼らの求めるカリキュラム改革を次の国政総選挙で「労働党のマニュフェストに盛り込む」という、社会にインパクトを与えようとするものです。直接国会議員にメールを送るテンプレートを提供するなど、具体的なアクションをおこなっています。

出典:Teach the Futureホームページ プレスリリースより

困難な時でも

 そんな彼らの活動ですが、組織設立からのこの4年間は、決して順調とは言えませんでした。2020年の年明けに始まった新型コロナウィルス蔓延による世界的なパンデミックにより、彼らは自分たちの活動拠点である「学校」という場所を失ってしまったのです。
 2020年3月、活動開始たった5ヶ月でその動きを止めなければならなくなった彼らのブログには、「今は政府に影響を与える時ではないが、その時はすぐにやってくる」という決意表明が載せられました。そしてその活動休止期間においても、組織の再編成をおこない、時間を有効に活用するとした目標を立てています。
 実際に彼らは、パンデミックと共に歩んだ2020年の1年間だけでも多くの足跡を残しました。すでにコロナ禍直前に100人の国会議員を招いたレセプションにおいて、史上初の子どもによる法案‘English Climate Emergency Education’(英国気候緊急教育法)を発表していましたが、彼らはその後すぐに英国全土で教育のためのグリーン・リカバリー・キャンペーンを展開し、実現のために専門家から適格なアドバイスを受けるためのアダルト・アドバイザリー・ボードを設立して毎月会合を開きました。こうした年間を通じたロビー活動や政治参加だけではなく、国際的な連携を求めたワーキンググループの活動を推進し、グレタ・トゥーンベリさんが発端となって開始された’Fridays For Future‘(未来のための金曜日)のヨーロッパ気候教育フォーラム活動のステーク・ホルダーとしての活動もおこなっています。とてもあの未曽有のパンデミック下における活動内容とは思えない程、目を見張る動きでした。

周囲の反応

 果たして彼らの活動に対する周囲の反応とは、どういうものなのでしょうか。彼らは実際に周囲からよく受ける反応や質問を「問答集」という形でまとめています。

「費用がかかりすぎる」
「時間がかかりすぎる」
「気候に関する教育はもうすでにおこなわれている」
「それほど(気候変動は)悪いことではない」
「実際の脱炭素化に資金を投入すべきではないのか」
「傷口に絆創膏を貼るようなものだろう」
「気候変動は現実ではない」
「子どもを脅す気か!!」
「気候変動教育に関心がないし、若者は投票に行かないだろう」
「教師は、通常の責任に加えてこのようなことを学ぶ時間はない」
「生活や経済危機の中で、優先事項ではない」
「(気候変動教育は)親の役目であり、教師の仕事ではない」

 これらはほぼ間違いなく「大人たち」からの反応でしょう。それに対して彼らは「端的・知的に答えます」と一つ一つに適切に回答しています。ですが、「気候変動は現実ではない」とした質問に対しては、「バーイ!(説得不可能な人たちに対して使うエネルギーはもったいないです)」と門前払いです。本来でしたら、彼ら子どもの立場から言いたい本音がもっとあるのかもしれません。

未来は誰のものか

 「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください」-1992年「子どもが環境サミットに行くなんて」という大人たちの反対にもめげず、仲間たちと遥々ブラジルを訪れて世界に訴えた少女の不満と、‘Teach the Future’の若者たちがもっているそれは、30年以上経った今もまったく変わっていません。むしろ環境的な状況は悪化し、若者がもつエコ不安は増大してしまいました。
 「現在を生きている世代は、未来を生きる世代の生存可能性に対して責任がある」という世代間倫理は、環境倫理学における重要なテーマです。ですが、そのような難題の解決以前に必要なことは、「私たちは彼ら若者が今発している声に、同等な立場から真剣に耳を傾けることができるのか」という態度ではないでしょうか。
 本法案のステータスは、現在‘First Reading’(第一読会)(*1)を経ており、その状態は英国議会ホームページで閲覧することも可能です(*2)。審議の進捗を表すボタンが進み、「Royal Assent」(国王裁可)(*3)にチェックが付く日を心待ちにしながら、それを確実にするための活動を継続している若者たちがいます。この先法案がステージをどんどんクリアし、若者の力が実を結ぶ時-そこにあるのは「冷やかしの声」などではなく、「称賛の声」であって欲しいと願っています。

*1:英国議会における立法手続過程の一段階目
*2:英国議会ホームページ
https://bills.parliament.uk/bills/3405
*3:議会を通過した法案に対する国王の形式的裁可

【参考文献】