学び!とESD

学び!とESD

ノンヒューマンをデザインする ~ヒューマンとノンヒューマン~(その3)
2024.05.15
学び!とESD <Vol.53>
ノンヒューマンをデザインする ~ヒューマンとノンヒューマン~(その3)
萱原 真希(永田研究室大学院生)

<出典:「Medium」ホームページ>
“Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas”より
https://uxdesign.cc/tools-for-environment-centered-designers-actant-mapping-canvas-a495df19750e

デザイン学におけるノンヒューマン

 人間以外の「アクター」(全体にとって不可欠な役割を担う人やモノのこと)を「ノンヒューマン」として捉え、それらも含めた大きな関係性の中で社会や環境を捉え直そうとする動きが「デザイン」という分野においても大きな潮流となっていることは、前号の学び!とESD <Vol.52>で紹介したとおりです。一見、人間の生活をより良くすることを目的として展開されてきたデザインが「人間中心主義」であることは当然ではないかと思えます。しかし、私たち人間がモノをつくるということは、同時に私たちが(つくった)モノによってつくられていることを意味し、「人間とモノ」の間に関係性が構築されます。こうした存在そのものの根拠について規定する見方は「存在論」(*1)と呼ばれるもので、「世界がどのようにできているか」ということを考える手段となります。ひいては、ノンヒューマンも含めたアクターを同列化した「脱人間中心主義デザイン」を目指すことを可能にしてくれます。
 日本の「ACTANT FOREST」というデザイン・リサーチ・コレクティブのチームが、モニカ・シュネルというポーランド人デザイン人類学者がつくった「アクタント・マッピング・キャンバス(Actant Mapping Canvas)」というデザイン・ツールを紹介しています(*2)。一般的なビジネス型のステークホルダーマップ(*3)があくまで人間のみを利害関係者として終わらせてしまう一方、環境中心設計(ECD)のために改良した「アクタント・マッピング・キャンバス」では、ノンヒューマンも利害関係者の立場に据え、彼らに共感するためのデザイン・ステップを踏みます。

ステップ
  1. 課題や問題から始める
  2. それらから直接的に影響を受けるアクタントをマッピングする
  3. 次はあまり目立たない間接的な影響を受けるアクタントをマッピングする
  4. 最後に、人間とノンヒューマンのさまざまなアクタントの因果関係を示す

<出典:「Medium」ホームページ>
“Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas”より
https://uxdesign.cc/tools-for-environment-centered-designers-actant-mapping-canvas-a495df19750e

 このプロセスを経ることで、人間とノンヒューマンというアクタント同士の「相互関連性」と、それらがデザインの目的(プロジェクト/製品/サービスなど)に与える影響に私たちが気づくことができます。また、図の左側には「ライフサイクル」や「プラネット・アース」、「サーキュラー・エコノミー」などの基本概念が示されており、ルールとして「みんなのことを考える」ことが推奨されています。「みんな(人間とノンヒューマン)」が対等な関係を持つバランスの中でプランを導きだすマッピングの方法です。
 人間が自分たちだけを世界の中心やピラミッドの頂点に置き、何かを構想したりデザインしたりするこれまでの状態を続けていては、何も変えることができません。ここまで悪化してしまった環境問題を本気で解決するには、このデザイン・ステップのように、目に見えないものや普段考えることもない対象の存在に気づき、それらとの関係性を認め、思いやることが重要なのではないでしょうか。いつまでも私たち人間の目的達成のための「資源」として自然を道具化・対象化するのではなく、それを超えた犬のジェイクや空気のようなノンヒューマンの声に耳を傾けることができれば、私たち人間が自分たちのエゴを超えて社会をデザインできるようになるのではないかということを示唆してくれます。

世界中の大人がノンヒューマンの声を聴くとき

 前号で紹介した『空気はだれのもの?』には姉妹本があと2冊あり、3部作のシリーズになっています。『ジェイクと海のなかまたち』と『森が海をつくる』という絵本でも、犬のジェイクがウミガメやイルカといった海のなかまたちの声や、川や森の声を読み手である私たち人間に伝えてくれます。

作・絵:葉 祥明 英訳:リッキー ニノミヤ 出版社:自由国民社

 2017年、ニュージーランド政府は、「川は生きた存在である」という原住民マオリ族の主張を認めて法制化しました。また、世界的ベストセラー本となった『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』では、森(木)は互いにつながり合って会話する「インターネット」であり、菌類がつくる「巨大な脳」であると紹介されています。川や森がまるで生きている人間のように人格(人権)をもつという考えは、決して受け入れがたいものではなくなってきていると言えます。
 子どもの頃と比べ、人は大人になると、どうしても目に見えるものしか信じなくなりがちです。こうした「ノンヒューマンの声」を聴かせてくれる絵本は、そうした私たち大人たちにこそ、何かの気づきを与えてくれるのかもしれません。人間とノンヒューマンが共に持続可能な未来をデザインしていくためには、「声を聴くセンス」がキーワードになっているのです。

*1:『存在論』とはもともと哲学用語で、現実、もしくは世界がどのようにできているかを指す概念
*2:「アクタント(ACTANT)」はブルーノ・ラトゥールの「アクターネットワーク理論(ANT)」で紹介された用語。「アクター」が人間のみを意味してしまうことを避けるため、「アクタント」としている。
ACTANT FOREST「人間中心のデザインでいいんでしたっけ?01:アクタント マッピング キャンバス
https://note.com/actant_forest/n/n0f11dbd80f03
*3:事業やプロジェクトを取り巻く人や組織とその関係性を図式化したもの

【紹介した絵本】

  • 葉 祥明(1997年)『森が海をつくる―ジェイクのメッセージ』自由国民社
  • 葉 祥明(1998年)『ジェイクと海のなかまたち―ジェイクのメッセージ』自由国民社

【参考文献】

  • アルトゥーロ・エスコバル(2024年)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ
  • スザンヌ・シマード(2023年)『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』ダイヤモンド社
  • ブリュノ・ラトゥール(2019年)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局
  • 「マオリの聖なる流れ」(2020年)『ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年3月号』日経ナショナルジオグラフィック社
  • THE SUSTAINABLE UXホームページ:https://thesustainableux.com/
  • ACTANT FORESTホームページ:https://forest.actant.jp/
  • The Mediumホームページ:https://medium.com/
  • Actant Mapping Canvasのダウンロード先(フリー素材):
    https://drive.google.com/drive/folders/1tygZrD7GVb_sek-K5rIxcnzsn3lmweFz