学び!とICT

学び!とICT

「みんなの命を守ろう大作戦」を行って
2021.09.02
学び!とICT <Vol.04>
「みんなの命を守ろう大作戦」を行って
神奈川県横浜市立瀬谷小学校 教諭 藤井隆志

 2020年春、新しい学習指導要領により、教科の枠を超えて社会と繋がり、社会全体で子どもの生きる力を育てる教育がスタートした。同時に社会は新型コロナウィルスにより大きく変化し始め、子どもたちは制限ある学校生活を強いられていた。

 そんな中、横浜市立新橋小学校3年2組は、テクノロジーを活用し、東京や岐阜の開発者や医療関係者と繋がり、ICT・プログラミング教育と命の教育を中心に据えた合科関連的な総合学習を行なった。

 それはまさに、教科の枠を超え、物理的な制約も超え、今直面する問題を題材にしながら新しい時代に目を向けて、生きる力を育む教育となった。

「スマホアプリをクラス全員で開発し、リリースする」

 この大きく掲げた目標をどのようにして可能にしたのか、またそれがどのような教育的意義をもったのか、そして単元全体を通して実感したICT活用の意義と可能性について、前・後編に分けて記述する。

前編:合科関連的な総合学習としての学びの位置付け
後編:実践におけるICTの価値付け

前編
1.実践の概要,背景と子どもたちの思い,課題設定に至るまで
2.外部の協力者との交流,人となりの紹介
3.使用したツールやICTに関する基本的な説明
4.どんなことができそうか,となって実際に実践が動き出す

1.実践の概要、背景と子どもたちの思い、課題設定に至るまで

 自分たちのアプリが世に出ることはとても嬉しい。しかし、クラスでアプリをつくることはとても有意義なことだが、それ自体が目的ではない。子どもたちは、コロナ禍で学校生活でも日常生活でもマスク着用、一定の距離を保つ、手洗いの徹底などといった制限のある生活の中で、
「どうしてマスクをしなければいけないのだろう。」
「どうして友だちと距離をとった生活が必要なのかな。」
「毎日検温するのはどうしてかな。」
「命を守るというけれど、実際の病院ではどうなのかな。」
といったさまざまな疑問が生まれる中、自分の命も人の命も大切。命を守っていくには、命を守っている人(医療関係者)に直接関わって学びたいという思いが子どもたちの中に湧き上がってきた。

実践スタート時の子どもたちの思い(健康状態を知るとともに、どのような人に関わったら良いかを表したもの)

「じゃあ、病院では実際にどのような感染対策をしているのだろう。」
「私たちができることは何かないかな。」

 そこで、子どもたちは、実際に医療関係者から現場の様子や行われていることなどを聞き、学ぶことで、学校や日常生活で取り組んでいる感染対策が意味のあるものであることを実感した。
 また、担任の「命の授業」から、生きる喜び、命を大事にすることを間近に感じ、命についてより自分のこととして取り組み、このコロナ禍において、より命と真剣に向き合う姿が見られるようになってきた。

総合立ち上げ時のストーリー。状況把握からリリースまで。

 このような中、
「今、学校で取り組んでいること、総合的な学習の時間で学んでいることをどうしても伝えたい。」
「自分たちの保護者に、同じように感染対策をしながら頑張っている全国の小学校のみんなに、そして、世界中の人たちに発信したい」
という思いから、クラスみんなの思いの詰まったアプリづくりが本格化した。

 さらに、自分たちも、医療関係者も、それ以外の人もみんな不安に思って苦しんでいる。このような世の中でも楽しいと実感できること、心がほっこりするものをたくさんつくって、みんなを励ましたい。たくさんの人が幸せになってほしい、という願いを発信したい気持ちが強くなっていった。

子どもたちの実際の取り組みをまずは簡単なクイズアプリにして体験することで、ますます発信意欲が高くなり、やるべきことが明確になった瞬間。

目的意識をはっきりともつことで、子どもたちに変容が見られるようになってきた。 「今できることを守ろう!」
 子どもたちはアプリ作成のために、目的意識、相手意識をしっかりともち、zoom授業での本物(ゲストティーチャー)との関わりを通して、日常生活での顔つき、行動面において明らかに変容が見られるようになった。

 アプリの制作が目的ではない。「みんなの命を守ろう大作戦」というテーマのもと、「命」について自分のこととしてとらえ、実際に子どもたち1人ひとりがよく考え、できることを発信するのが目的である。世の中を良くするために、小学生の思いを社会に投げかける。そのためには、アプリとして世界中に発信したい、そんな思いをクラスみんなが一つにしてアプリ開発を行なった。

2.外部の協力者との交流、人となりの紹介

 ゲストティーチャーを招へいするのは、「何もないところから普段より地道に足を使って関係をつくり、探し当て、依頼しなければならない、ハードルが高い。」と考えている先生も多いと思う。でも実はそうでもない。自分の知り合いを思い返してみれば、必ずつながる人はいるはずである。それが、自分の友人であり、先輩であり、家族であるかもしれない。自分とは違った人生経験を送り、自分とは違った見方に特化していることがあれば、それだけでゲストティーチャーとして十分機能するはずである。まずは、身近な知り合いから声をかけてみてはどうだろうか。

 アプリを作成するにあたり、私の場合も一から新しい人材を開拓するのではなく、知り合いのプロに声をかけ、授業を一緒につくってもらった。授業に参加して下さったのは以下の方々である。それぞれに私と人生経験が異なり、それぞれの分野において最前線で活躍されているプロの集団である。

<内容面でサポート(医療関係者の皆さん)>

◇ 大森 泉さん
 慢性疾患看護専門看護師。私の病気について心身ともにフォローしていただき、今回のアプリ作成に真っ先に賛同してくださった方。病院の現場や、医療関係者目線の話や、今回のアプリにおいて、授業で深まっていく子どもたちの考えを最大限に引き出すような配慮のみならず、私が子どもたちに行った「命の授業」においても、子どもたちの心のフォローをしてくださった。

◇ 田端 恭兵さん
 精神看護専門看護師。訪問看護ステーション勤務。大森さんの呼びかけで「命のプロジェクト」に参加。実際にコロナ感染者と関わっていても必要な感染対策をすることで子どもたちに安心感を与えてくださった。また、実際の現場や、生の声、服装やマスクなどを見せてくれた。

◇ 松村 麻衣子さん
 精神看護療育専門看護師。大森さんの呼びかけで「命のプロジェクト」に参加。主にストレス、心といった目に見えないことについて具体的にご教授してくださった。また横浜から遠く離れた奈良より、子どもたちの心のケアをしていただいた。

◇ 菊池 亜季子さん
 急性・重症患者看護専門看護師。大森さんの呼びかけで「命のプロジェクト」に参加。東京都の医療が逼迫した状況下で、日々重傷患者と直接関わっているにも関わらず、常に笑顔を大事にする方。子どもたちに、医療現場の様子から、看護師の仕事に至るまで幅広くご教授して下さった。

<デザイン、プログラミング、音づくりにおける専門的な立場からのサポート>

◇ 松原 正享さん
 Webデザイナー。有限会社インビジョン代表。国内外において数々のデザインコンテストで表彰された方。私が闘病時の休職中に出会い、一緒にアプリ作成やweb作成を行う。今回の「命のプロジェクト」のコアメンバーの1人。アイコンやデザインの作成の仕方だけでなく、子どもたちの心に寄り添った活動を常にしてくださった私の同志。

◇ 藤 治仁さん
 組み込みエンジニア(FWエンジニア)。オリンパス(株)で長年デジタルカメラの開発を行う。闘病時に私がプログラミングの勉強を始め、勉強会に参加したときに意気投合。以後、プログラミングを私に教授しながら、一緒にアプリ開発を行う。「命のプロジェクト」のコアメンバーの1人。子どもたちには、アプリ開発のノウハウから、プログラミング的思考に至るまで丁寧に教えていただいた。

◇ MASAKingさん
 アットプロダクション所属。ミュージシャンで音楽教育家。10数年前からの付き合いがあり、教育について意気投合。今回のアプリ作成において、プロのミュージシャンの立場から、ボディパーカッションを通したプログラミング教育、iPadのGarageBandでの音楽づくりにおいて子どもたちに直接教授してくださった。

 他にも打ち合わせ会議や、個人的な連絡などにてたくさんの方たちの支援を得て、実践を行った。

3.使用したツールやICTに関する基本的な説明

zoom(テレビ会議、コミュニケーションツール)
 Web会議ができるシステムは数多くあるが、zoomは国内トップシェアのWeb会議システムで、多くのユーザーが利用している。また、zoomは人や場所を選ばずに、手軽にWeb会議を始められるのが最大のメリットである。また、画面共有や録画機能など、会議を円滑に進められる機能がある。実際にその場で作成した授業計画を「画面共有」でプレゼンしたり、時間の都合上、授業への参加が難しい方でも、「画面録画」でその場でインタビューしたりできる。遠く離れたゲストティーチャーとも、まるでその場にいるかのように授業ができるため、今後、会議や授業においても主流になっていくのではないかと思われる。
 今回のアプリづくりにおいても、多くの医療関係者、プロのデザイナー、プログラマー、ミュージシャンなどたくさんのゲストティーチャーと繋がり、本物から学ぶ授業が実践できたと思う。

slack
 今回のアプリづくりにおいて、課題設定の段階からリリース後の今日に至るまで、ゲストティーチャーの皆さんや間接的に関わっていただいた方々とはslackというSNSコミュニケーションツールで繋がっている。
 slackは,情報を共有するツールで,子どもたちが今何を考え、何に疑問をもっているのかを全体で共有したり、授業ごとの子どもの変容を共有したりできる。zoom授業の概要や成果を共有することも容易である。こういった学習ログの共有はもとより、制作においてはポートフォリオ代わりにもなる。チャンネルを無制限で増やすことができるため、「進捗状況」「zoom全体会議」「子どもたちへのメッセージ」「自己紹介」など、用途に分けて情報を共有できる。
 また、認証性のため、slacへアクセスできるのは「みんなの命を守ろう大作戦」をサポートするメンバーのみのである。1人が発信したことを全体共有することもできるし、メンバーに直接ダイレクトメッセージを送ることもできる。今回関わったメンバーはそれぞれが違う仕事をし、生活スタイルも違う。そのようなメンバーがアプリ開発において、心を一つにして「みんなの命を守ろう大作戦」を学んでいる子どもたちをサポートする。

 学校でのslack活用として、
・学校ごとに情報を共有する。
・研究会で情報を共有する。
・家庭と教室をslackで共有する。
など用途は無限大である。
 LINEなどのSNSと異なり、管理者を必要とするビジネスチャットツールなので、トラブルに対しても適切に対応でき、内容もより親密なものになる。ぜひ皆さんも活用し、子どもたちにとって有意義な授業、質の高い授業を実践してほしい。

slackを活用した情報共有。画像などの添付も簡単にできる。

iPad
 学校に常備しているタブレット端末のうち、iPadを20台、一時的に借り、授業の中で活用した。主に使ったアプリは「GarageBand」。先述のミュージシャンであるMASAKingさんをゲストティーチャーに迎え、アプリ開発において「音づくり」で使用した。詳細は後編で紹介する。

ノートPC
 教室に子どもが自由に使えるPCを10台設置した。スタンドアローンのPCでタイピングやPCの基礎技能(マウス操作、クリックなど)を身につけることが目的。使用したCDは「ポケモン」ICT活用の効果は、具体的な子どもの姿は後編で紹介する。

ジャストスマイル8
 PCルームおよび、各教室に「ジャストスマイル8」を導入。先生による一括管理ができるだけでなく、児童相互の活動、協働作業もできる。個人のペースに合わせて、タイピング技能、マウス操作だけでなく、お絵かきや、プログラミング教育の基礎も学ぶことができる。ジャストスマイル8の、ICT活用としての効果は後編で紹介する。

4.「命の授業」および、医療関係者との交流

 今回のアプリ開発において、実際にアプリを作成し、指導できるプロ集団がいても、アプリの内容が充実していなければ価値が薄れてしまう。そのため、zoom授業において、医療関係者の認定専門看護師の方たちと繋がり、「命の大切さ」「医療現場の生の現状」「子どもたちに期待すること」を伝えてもらった。

 私自身も障害者手帳1級の身体であり、母親より腎移植をして今、生きていることができている。「命の授業」で、子どもに自分の体について伝えるに当たって、医療関係者の皆さんに背中を押してもらい、子どもにも精神的な負担がかからないように配慮していただいたことは感謝に耐えない。

 大森さん(慢性疾患看護専門看護師)は医療現場の現状や取り組みを具体的に紹介され、自分の体について、専門分野からのフォローをしてくださった。
「先生はこのまま死ぬかもしれない」
 多くの児童が泣き崩れ、絶妙のタイミングで大森さんがフォロー。
「先生の体専門の私が保証します。先生は絶対に死にません。必要な治療もしているし、完全な感染対策をしています。安心してください。」
 不安でいっぱいの泣き顔が、今度は嬉しい笑顔の泣き顔に変わり,子どもたちの声が教室中に響いた。

「先生の話を聞いて、絶対命を大切にしたいと思った」
「命について、今だからこそもっと考えなければいけない。そして、今こそ私たちの気持ちをたくさんの人たちに知ってもらいたい」
「一番身近で元気いっぱいだと思っていた先生が実は、コロナで重症化しやすい体だと初めて知った。何がなんでも私たちが今できることを守って、先生を助けたい。そして、命を守ることの大切さをアプリで発信したい」

 この状況下だからこそ取り組んでいる「命を守る取り組み」が意味を深め、価値付いた瞬間である。
 松村さん(精神看護専門看護師)からは、目に見えない心についての話や、コロナ禍でのストレスについてフォローをしていただいた。
 田端さん(訪問医療看護師)からは具体的な治療現場の様子や服装など、普段見ることのできない様子を伝えていただいた。
 菊池さん(重傷病患者専門看護師)からは、コロナ禍で実際に重傷病患者と関わる様子や、その時の気持ちなど伝えていただいた。
「看護師になりたい気持ちが強くなった」
「困っている人がいたら、菊池さんのように笑顔で関われる人になりたい」
「先生をずっとサポートできる医療関係者になりたい」

 普段見ることのできない現場の様子に触れ、命について、学校生活の現場から、医療現場から、深く考えアプリの内容を底上げすることができた。子どもたちがzoom授業を通して学んだことは、普段の授業では体験できない本物の体験だったと思う。テレビの世界でも、映画の世界でもない、医療現場ならではの生の声を聞くことで、身近の問題として感じることができ、ますますアプリとして発信したい気持ちが湧き上がっていった。総合的な学習の柱である「命」について今、まさしく発信したくてたまらない状態だ。
 大森さんは、「子どもたちの顔つきがどんどん変わっていく様子がよく伝わった。アプリ作成においても、内容が自分たちのものになっている。クラスがまさに一つになって命を守ろうという気持ちが伝わってくる。」と語る。実践をずっと見守ってくれた大森さんの言葉はグッと胸に突き刺さるものがあった。

<後編予告>
 アプリ作成において、多くのプロと繋がり、実際に実践が動き出したところまでまとめた。「命」を柱に総合的な学習を立ち上げ、クラスみんなで1つのアプリを仕上げていくための1台の車が走り続けるイメージだ。年間の取り組みの「学級目標」と「命」、各教科の学びを乗せて、情報活能能力、プログラミング教育という車輪を回しながら走っている「命の車」だ。後編では、いよいよアプリづくりが本格化する。
 デザイナー、プログラマーと出会い、アプリ開発の現場を擬似体験しながらアプリをリリースするまで、「命の車」は走り続ける。プロと関わることでのメリット、子どもの具体的変容や日常化を掘り下げていく。その他にも、ICT活用での実際の場面(情報活用能力、プログラミング教育の具体的実践)、アナログとの共存、ICT活用の利点や留意点なども挙げていきたい。

藤井 隆志(ふじい たかし)
横浜市立瀬谷小学校教諭。2002年横浜市教員として採用され現在に至る。校内において、理科主任、視聴覚主任、研究部長、評価部長、重点研究推進委員長、人権主任など各校において歴任。校外において理科区部長を10年継続。その他初任研講師、野外研講師、学習状況調査作問委員、教科書教師用指導案集作成などに参加。生体腎移植を経て教員に復帰。

昨年度、横浜市立新橋小学校で子どもたちと共にiOSアプリを作成
教育新聞
https://www.kyobun.co.jp/news/20210205_06/
https://www.kyobun.co.jp/close-up/cu20210206/
朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASP3J6TXNP3CULOB01T.html
Newsゼロ
https://twitter.com/ntvnewszero/status/1361697629122404357
YCV、タウンニュースにて取材を受け、広く紹介される。
https://www.townnews.co.jp/0107/2021/02/11/561664.html
タウンユース「人物風土記」にて人物紹介
https://www.townnews.co.jp/0107/2021/03/04/564123.html
NPO野口英世顕彰会 理事
神奈川県教材勉強会「北斗教材勉強会」において、理科、プログラミング教育の専属講師
ARアプリ「ARIZAR」開発