学び!と共生社会

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ローマのカピトリーノ美術館と「永遠の都ローマ展」 ―共生社会の実現と美術館の取り組みを考える―
2023.12.25
学び!と共生社会 <Vol.47>
ローマのカピトリーノ美術館と「永遠の都ローマ展」 ―共生社会の実現と美術館の取り組みを考える―
大内 進(おおうち・すすむ)

はじめに

 今年の9月11日から12月10日まで、東京上野の東京都美術館で「永遠の都ローマ展」が開催されていました(*1)。この展覧会は、1月から福岡市立美術館でも開催されることになっています(*2)
 筆者は、たまたま、この展覧会の開催期間中10月末から11月初旬にかけてローマに滞在し、現在イタリアに滞在中で、イタリアのフルインクルーシブ教育について実地調査に取り組んでいる大内紀彦さんのサポートを受けて、カピトリーノ美術館を訪問する機会を得ました。「永遠の都ローマ展」では、カピトリーノ美術館の所蔵作品が数多く展示されています。
 そこで今回は、美術館の共生社会に向けた展示という観点から、カピトリーノ美術館のユニバーサル対応と東京都美術館「永遠のローマ展」での対応について紹介することにしました。

カピトリーノ美術館でのユニバーサル対応

 ローマの遺跡フォロ・ロマーノに隣接したカピトリーノ丘の上のカンピドリオ広場には、コの字型に三つの建物があります。奥正面はローマ市庁舎になっていて、右側にパラッツォ・デイ・コンセルヴァトーリ(コンセルヴァトーリ宮殿)、左側にパラッツォ・ヌオーヴォ(新宮殿)が建っています。両側の二つの建物がカピトリーノ美術館です。

カピトリーノ美術館全景

(1)基本的なポリシー

 イタリアでは、美術館のユニバーサルな対応が進んでいますが、その中でもカピトリーノ美術館は、早い時期からユニバーサル化に取り組んだ先駆的な存在です。しかしながら、美術館のエントランスから展示室へ移動する空間からは、障害がある人等に特段の配慮をしているという雰囲気を感じることはできませんでした。
 ところが、障害者への対応について係員に尋ねると思ってもいない答えが返ってきました。視覚に障害がある人の場合には、来館した時に視覚に障害があることを受付に伝えると、手で触れて鑑賞できるように手袋が提供され、その手袋を装着することにより、同伴者のサポートを受けながら館内の彫刻作品を自由に触ってよいことになっているというのです。
 筆者はこれまで、イタリア各地(ローマ、フィレンツェ、ミラノ、トリノなど)の美術館のユニバーサルな対応について調べてきましたが、ここまで自由度の高い対応は初めてでした。このことについては、さらに精査していかなければならないのですが、入館した直後に感じた「配慮のなさ」は、障害があるなしで分けた対応はしないというこの美術館のポリシーだったのだということに気が付きました。

(2)「手で触れてわかる」ことへの対応

 さらに館内の展示を確認し続けていくと、「触る」ことに配慮しなければならないところでは丁寧な対応がなされていることがわかりました。

・映像と音声による総合的なガイド
 入り口付近に大きなディスプレイが置かれていて、応答式に館内の館内と展示品の確認ができるようになっていました。一般向けでもあるのですが、字幕及び音声付きのユニバーサルな案内になっていました。

・触図と点字による解説
 代表的な彫刻作品には、その展示場所の近くに触図が置かれていました。サイズの大きな作品は全体を触って確認することができないのですが、触図を参照することによって全体像をイメージすることが可能となります。
 『カピトリーノのヴィーナス』(*3)は、通常「ヴィーナスの間」という八角形の部屋に展示されているのですが、当然のこととして日本に貸し出し中のため、ここには別の作品が展示されていました。しかし、視覚障害がある人ための触図解説板はそのまま展示されていました。
 残念ながら、「永遠の都ローマ展」の展示では、こうした配慮はなされていませんでした。東京での展示にもこうした配慮が導入されていたらユニバーサルな展示になったと思うのですが、「ヴィーナスの間」に取り残されていたのは残念なことでした

・絵画作品のレリーフ化
 カピトリーノ美術館は彫刻だけでなく、絵画も所蔵しています。絵画については、主要な作品に限られていたのですが、カラヴァッジョの『女占い師』(*4)、『洗礼者ヨハネ』(*5)やガロファロの『受胎告知』(*6)には、手で触れて画像がイメージできるように絵画を半立体的に翻案したレリーフが原作品の近くに展示されていました。
 筆者は、イタリアの一般の美術館での絵画をレリーフに翻案するという視覚障害者対応が広まってきていることをこれまで調査で確認してきているのですが、カピトリーノ美術館は早くからその対応を行っていました。

・触察できる模型の展示
 触って確かめることができる美術館の建物の模型も展示されていました。残念なことに展示されていたのは出口に近い展示室だったのですが、精巧な縮尺模型で点字の解説も添えられていました。
 視覚障害があると空間の理解に制約が生じやすいのですが、こうした立体的で認知しやすい模型や地図はそうした制約を補ってくれます。また、こうした模型や地図は、障害がある人のためだけでなく、すべての来館者が空間を理解するうえで大いに役立つものでもあります。

東京都美術館「永遠の都ローマ展」でのユニバーサル対応

 筆者は11月末に「永遠の都ローマ展」を訪れました。展示会場では、カピトリーノ美術館で実施されているようなユニバーサル対応はなされていませんでした。視覚に障害がある方が訪れた場合は、見える人とのコミュニケーションを通して、言葉で展示作品のイメージを膨らませるという方法を取らざるを得ないと思いました。
 しかし、全く対応がなされていたわけではありません。2023年10月10日(火)に「障害のある方のための特別鑑賞会」が開催されたということを後日確認しました。その概要については、ネット上にその報告が掲載されています(*7)
 「障害のある方がより安心して鑑賞できるよう、特別展の休室日」に開催されたということで、参加された方々は、それぞれのペースでじっくり鑑賞することができたようです。意義のある取り組みだったといえます。ただし、事前申込・定員制のためこうした機会に恵まれた人は限られていたということになります。この「障害のある方のための特別鑑賞会」は、東京都美術館の企画として実施されているようで、東京都美術館では特別展ごとに1回ずつ開催しているということです(*8)

まとめ

 カピトリーノ美術館の肖像品が数多く展示されているということで、カピトリーノ美術館と東京都美術館「永遠の都ローマ展」でのユニバーサル対応について紹介しました。
 筆者のこれまでの調査から、イタリアの多くの美術館では、日本の美術館と比べるとユニバーサル化への対応が積極的に推進されています。特にカピトリーノ美術館はその先駆けともいえます。本稿では概略しか紹介しかできなかったのですが、常設の展示物を自由に触れたり、絵画の鑑賞を支援したりするための工夫がなされていることが理解してもらえたのではないかと思います。
 「永遠の都ローマ展」では、筆者が観察した限りですが、展示会場において特段のユニバーサル対応はなされていなかったように感じています。たしかに「特別展は来館者も多く、会場が混雑するため障害がある人がその中に混じって鑑賞することは制約がさらに増してしまう」という問題はあります。そうした点に配慮しつつも、可能な範囲でユニバーサルな対応を示していくことは、「Museum for all」という観点から一般の来場者の気づきを促すことにもつながり、意義あることではないかと思います。
 「永遠の都ローマ展」は、ローマの歴史と芸術そして日本との関係を知ることができるしばらしい展覧会です。これまで門外不出だった作品もきています。障害の有無にかかわらず展示に向き合うことは大変意義深いことだと言えます。
 前提が全く異なりますので、カピトリーノ美術館と「永遠の都ローマ展」の取り組みを比較することはできません。事実として、ローマではすべての来館者がより主体的、能動的に作品と向き合うことができる可能性が高かったのに、日本ではそれが叶い難くなっていたのではないか、気になるところです。

付記

 「永遠の都ローマ展」では、コンスタンティヌス帝巨像のパーツが展示されていました。
筆者は、今年の2月にミラノの美術館調査の一環で、プラダ財団美術館を訪問しました(*9)
 ちょうどその時にこの美術館でコンスタンティヌス帝巨像を再現した展示がなされていました(*10)。パーツだけを見てもその巨大さが想像できるのですが、実際にこれらのパーツを実際に組み合わせた巨象が展示されていました。狭い意味でのユニバーサル対応とは言えないかもしれませんが、こうした対応も様々な人々の鑑賞を支援するという点で意味あることと思いますので、関連して最後に紹介させていただきました。

*1:東京都美術館ホームページ 展覧会案内『永遠の都ローマ展』
https://www.tobikan.jp/exhibition/2023_rome.html
*2:『永遠の都ローマ展』ホームページ
https://roma2023-24.jp/
*3:『カピトリーノのヴィーナス(Statua della Venere Capitolina)』
https://www.museicapitolini.org/it/collezioni/percorsi_per_sale/palazzo_nuovo/gabinetto_della_venere/statua_della_venere_capitolina
*4:『女占い師(La Buona Ventura)』
https://www.museicapitolini.org/it/opera/la-buona-ventura
*5:『洗礼者ヨハネ(San Giovanni Battista)』
https://www.museicapitolini.org/it/opera/san-giovanni-battista
*6:『受胎告知(Annunciazione)』
https://www.museicapitolini.org/it/opera/annunciazione
*7:とびらプロジェクト【開催報告】障害のある方のための特別鑑賞会:「永遠の都ローマ展」
https://tobira-project.info/blog/231010_accessprogram2023_2_roma_.html
*8:東京都美術館「障害のある方のための特別鑑賞会」
https://www.tobikan.jp/learn/accessprogram.html
*9:プラダ財団美術館 Recycling-Beauty
https://www.fondazioneprada.org/project/recycling-beauty/
*10:Reimpiegare l’antico. La mostra alla Fondazione Prada di Milano
https://www.artribune.com/arti-visive/archeologia-arte-antica/2023/01/reimpiegare-antico-mostra-fondazione-prada-milano/