学び!と共生社会

学び!と共生社会

障害がある生徒の就労と「自立」
2024.02.29
学び!と共生社会 <Vol.49>
障害がある生徒の就労と「自立」
大内 進(おおうち・すすむ)

はじめに

 前回、障害者の法定雇用率の関連で我が国の障害者雇用について記しました。特別支援教育の分野でも、高等学校段階での障害がある生徒へのキャリア教育・職業教育の推進や就労支援の充実が図られています。障害のある生徒が、生涯にわたって自立し社会に参加していくために職業的な「自立」を果たすことは重要なことですが、目先の「自立(independent, self-reliance)」に惑わされずに、「自立」の意味をしっかりとらえて、障害のある生徒一人一人に応じた「自立」と就労を含めた社会参加を考えていくことを忘れてはなりません。実際、一般就労は特別支援学校卒業者の3割程度で、他は福祉的就労となっているようです。一般就労では、離職者も少なくないようです。こうした現状を踏まえて、「自立」についてはVol.6で行政的なとらえ方について触れたのですが、改めて障害がある生徒の就労と社会参加という観点から、自律(autnomy)とも絡めて見つめなおしてみたいと思います。

1.特別支援学校高等部卒業後の実態

 改正障害者雇用促進法などの法的整備に後押しされて障害者の社会参加が進むなか、特別支援教育の教育現場でも、障害のある生徒の就職や職場定着を促進するための教育の充実に力が注がれています。

 特別支援教育における就労支援の取り組みについては、図からわかるように、近年特別支援学校の卒業生の進路として、企業等への一般就労が微増傾向にあります。これは、障害者を積極的に採用しようとする企業が増えていることの表れでもあり、最近はそうした雇用ニーズに呼応して、企業就労を目指した特別支援学校高等部での取り組みも活発になってきています。

図1 特別支援学校高等部(本科)卒業後の状況

2.キャリア教育・職業教育の推進

 文部科学省においても、障害者の社会参加が進んでいる現状を踏まえ、障害者の就労支援に向けたキャリア教育・職業教育の充実に取り組んでいます。平成31年2月に告示された特別支援学校高等部学習指導要領(*1)では、キャリア教育・職業教育の充実を目指して、次の点が示されています。

  • 学校においては,キャリア教育及び職業教育を推進するために,生徒の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等,学校や地域の実態等を考慮し,地域及び産業界や労働等の業務を行う関係機関との連携を図り,産業現場等における長期間の実習を取り入れるなどの就業体験活動の機会を積極的に設ける。
  • 地域や産業界や労働等の業務を行う関係機関の人々の協力を積極的に得るよう配慮する。

3.就労後の定着率

 「職業教育」「キャリア教育」「就労支援」の推進に伴って、特別支援高等学校の中には、「一般就労率100%」を掲げる学校も出てきています。職業教育に重点化した教育課程を編成して、あいさつや身だしなみなどの日常生活への対応や社会人としてのマナー、場に応じた適切なコミュニケーションなど就労に向けた指導が徹底的になされています。また、就労支援に関しても、職場開拓、進路指導、現場実習先の選定に力が入れられています。こうした成果として高い一般就労率を達成して、それを誇っている学校が人気を博すという傾向も認められます。

 こうした流れが加速してきている一方で、特別支援学校高等部卒業生の就労状況を見ると課題も浮かび上がってきます。榊・今林(2022)の研究報告によると、早期離職の問題が次のように指摘されています(*2)

 特別支援学校高等部を卒業した知的障害者の就職率は,ゆるやかな上昇傾向にあり,全国平均で34.9%となっている。一方で若者の早期離職が社会問題化しており,新規高卒就職者の就職後3年以内の離職率は39.5%となっている。この職場定着の問題は,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターの先行研究などから知的障害者にも同様のことがいえる。それによると,知的障害者における就職後3か月時点での定着率は85.3%,就職後1年時点での定着率は68%である。また,就職している知的障害者の平均勤続年数は7年5か月となっている。

 知的障害の分野に限ってのデータではありますが、特別支援学校を卒業して就労した者のうち3割が何らかの理由で、1年で離職しているということになります。これは、一般の高校卒業者の離職率に比べると低いようですが、1年で3割の離職者が出ているということは、その後も増えている可能性があります。見逃すことができない課題だと言えそうです。卒業時に就職率100%を達成したということで満足することなく、離職の背景を丁寧に分析し、適切な対応をしていくことが課せられていると言えます。
 生活する期間は学校よりも地域社会の方が圧倒的に長いので、当座の職業的「自立」を目指して特訓を受けたとしても、それが長続きしないということは昨今の風潮に警笛を発しているとも受け取れます。そこで気を付けなければならないのが、この「自立」のとらえ方です。

4.特別支援教育で重視される「自立」とそのとらえ方

 特別支援学校学習指導要領(*3)には、その目標が次のように掲げられています。

個々の児童又は生徒が自立を目指し,障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養い,もって心身の調和的発達の基盤を培う。

 これについて、特別支援学校学習指導要領解説自立活動編(*4)には、次のようにとらえ説明されています。

  • 自立活動の目標は,学校の教育活動全体を通して,児童生徒が障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要とされる知識,技能,態度及び習慣を養い,心身の調和的発達の基盤を培うことによって,自立を目指すことを示したもの
  • 「自立」とは,児童生徒がそれぞれの障害の状態や発達の段階等に応じて,主体的に自己の力を可能な限り発揮し,よりよく生きていこうとすること
  • 「障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服する」とは,児童生徒の実態に応じ,日常生活や学習場面等の諸活動において,その障害によって生ずるつまずきや困難を軽減しようとしたり,また,障害があることを受容したり,つまずきや困難の解消のために努めたりすることを明記したもの。「改善・克服」については,改善から克服へといった順序性を示しているものではない
  • 「調和的発達の基盤を培う」とは,一人一人の児童生徒の発達の遅れや不均衡を改善したり,発達の進んでいる側面を更に伸ばすことによって遅れている側面の発達を促すようにしたりして,全人的な発達を促進すること

 「自立」というと「経済的自立」や「社会的自立」を想起しますが、「自立活動」の「自立」は狭義の意味での「自立」を示しているものではありません。「自立」と「就労」を短絡的に結び付けることのないよう気を付けたいものです。

5.「自立」と社会参加

 「自立」と混同して用いられる言葉に「自律」があります。これは、自分を律して行動するという意味ですが、教育基本法及び学校教育法には「自律の精神を養うこと」が明記されています。

<教育基本法>(*5)
第二条 二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

<学校教育法>(*6)
第二十一条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法第五条第二項に既定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

 子どもの成長にとっては、自律も大切です。幼稚園、小学校、中学校の学習指導要領には、しっかりと上記の法に則って「自律の精神を養う」ことが反映されています。一方、特別支援学校学習指導要領の本文中には「自律」の文言が見当たりません。しかしながら、「自律」があってこそ「自立」は成立するのです。特別支援学校の教育は幼稚園、小学校、中学校の教育目標の達成に努めなければならないことになっていますので、当然「自律」への対応も含まれていると言えます。このようにとらえることによって、特別支援教育学習指導要領における「自立」は、児童生徒自身が「学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服」するということだけでなく、自主的で目的的に他者と関わっていくという意味合いも含めた幅広の解釈が可能となっていきます。

 また、文部科学省が高校生向けに発行しているキャリア形成支援教材「私のライフプラニング」(*7)の「自立と共生社会」という節には、「自立」が一人ではなし得ないこと、他者に支えられながら、他者を支える関係の中で暮らしていることが記述されています(図2)。共生社会の実現という視点からは、「自立」をこのようにとらえていくことも大切なのではないでしょうか。

図2 「私のライフプラニング」第1章第3節「自立と共生社会」
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/

 また、脳性まひの障害がある熊谷晋一郎さんも、ご自身の経験を踏まえて、「自立は、依存先を増やすこと」と次のように主張されています(*8)

 一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、さまざまなものに依存しないと生きていけないんですよ。

 東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。

 これが障害の本質だと思うんです。つまり、“障害者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。

 実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。障害者の多くは親か施設しか頼るものがなく、依存先が集中している状態です。だから、障害者の自立生活運動は「依存先を親や施設以外に広げる運動」だと言い換えることができると思います。

まとめ

 現在の特別支援学校の就労への取り組みで、熊谷さんが示したような「他者に支えられながら、他者を支える関係」としての「自立」のとらえ方がどれほど反映されているのでしょうか。「学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服」することに励んで、就労を実現させたにもかかわらず、そのうちの3割は1年で離職し、平均勤続年数が7年余りという現実。こうした事実は、学校での就労に向けた指導や受け入れ側の人的物的環境、広く言えば社会の側の問題に起因するところも大いにあるのではないかとも思われます。学校卒業後の長い人生を共に豊かに生きていくために、「自立」を本人だけの問題として片付けるのではなく、併せて社会の意識改革が進んでいくことが不可欠ではないでしょうか。

*1:特別支援学校高等部学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/20200619-mxt_tokubetu01-100002983_1.pdf
*2:榊 慶太郎・今林俊一 特別支援学校(知的障害者)における就労支援に関する研究(8)-卒業生への追跡調査から-
鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要 第31巻(2022)
https://ir.kagoshima-u.ac.jp/record/16003/files/2435113X_v31_p104-113.pdf
*3:特別支援学校幼稚部教育要領 小学部・中学部学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/20200407-mxt_tokubetu01-100002983_1.pdf
*4:特別支援学校学習指導要領解説自立活動編
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/18/1278525.pdf
*5:教育基本法
https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/mext_00003.html
*6:学校教育法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000026
*7:文部科学省高校生のキャリア形成支援教材「私のライフプラニング」
高校生のキャリア形成支援教材「私のライフプラニング」
https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/kyoudou/detail/1411247.htm
*8:熊谷晋一郎「自立は、依存先を増やすこと希望は、絶望を分かち合うこと」
https://www.tokyo-jinken.or.jp/site/tokyojinken/tj-56-interview.html