学び!と共生社会

学び!と共生社会

「東京2025デフリンピック」開催と手話
2025.10.29
学び!と共生社会 <Vol.69>
「東京2025デフリンピック」開催と手話
大内 進(おおうち・すすむ)

1.はじめに―11月に「東京2025デフリンピック」開催―

 昨年の11月の本連載 <Vol.58>で「聴覚障害とインクルージョン ―東京2025デフリンピックをきっかけとして」と題して「東京2025デフリンピック」を紹介しました(*1)。いよいよ11月15日から26日までの12日間にわたって、「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」が、東京都を中心に静岡県、福島県で開催されます。
 デフリンピックは、耳のきこえない、きこえにくいアスリートたちによる国際的な総合スポーツ競技大会で、世界的な規模の大きな催しになっています。
 「東京2025デフリンピック」は、日本で初めての開催であり、デフリンピック100周年という記念すべき大会だということですが、この大会では、次のようなビジョンが掲げられています(*2)

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デフスポーツの魅力や価値を伝え、人々や社会とつなぐ
世界に、そして未来につながる大会へ
“誰もが個性を活かし、力を発揮できる”共生社会の実現

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 これらのビジョンからは、「東京2025デフリンピック」の開催を通じて聴覚障害に対する理解を深めるだけでなく、誰もが暮らしやすい「共生社会の実現」に向けた社会の変容も目指そうとしていることがわかります。また、この大会では、共通言語として国際手話が用いられることになっています。
 こうしたことを受けて、今回は「東京2025デフリンピック」に絡めて、共生社会の実現と「手話」の関連について取り上げることにします。

2.手話と共生社会

 日本の聴覚障害教育では、長いこと「音声言語によるコミュニケーションを中心とした「聴覚口話法」が取り入れられて」いました(*3)
 しかし、文部科学省に設置された「聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議」が1993年(平成5年)にまとめた『聴覚障害児のコミュニケーション手段について(報告)』で、手話も重要なコミュニケーション手段であることが示され、それまで主流だった聴覚口話法だけでなく手話など他のコミュニケーション方法も取り入れた聴覚障害教育への転換が促進されるようになりました。
 また、2025年(令和7年)6月25日には、「手話に関する施策の推進に関する法律」(手話施策推進法)が施行されています。この法律において、手話が重要な意思疎通の手段であると位置づけられ、国や地方公共団体に手話の習得・使用支援、文化の保存・継承、国民理解の増進といった施策のいっそうの推進が求められることとなりました。
 手話について、文部科学省の「聴覚障害教育の手引き」(*4)では、「日本語対応手話」、「日本手話」といったいくつかの形態の分類がなされていますが、日本ろうあ連盟は、そうした分類に異議を唱え、音声言語である日本語と対等な一つの言語として「手話言語」を位置づけるという立場をとっています(*5)
 文部科学省としては、聴覚障害教育も日本語を基盤としているために「日本語対応」ということを外すことはできないのだと理解できますが、他方で、改正障害者基本法(平成23年公布)において手話が言語と位置づけられたということも、しっかり認識しておく必要があります。いずれにしても「手話」が重要な意思疎通の手段として位置付けられたことを、私たちはしっかり認識しておく必要があります。ちなみに、東京都は「東京都手話言語条例」を制定しており、その認知度についても調査しています。「あなたは、手話が音声言語である日本語とは異なる一つの言語であるということを知っていましたか。」という問いに対して、知っていたという回答が64.0%、知らなかったという回答が36.0%だったということです(*6)
 実際に、近年、手話通訳付きのテレビや講演などに接することが多くなり、「手話」の認知度が高まってきていることを実感しています。しかしながら、そうした場面が増えることで、いわゆる「健聴者」の手話そのものへの理解はどれだけ進んでいるでしょうか。手話は、「手話を第一言語とする聴覚障害者に正確な情報を届けるため」のものではあるのですが、そうした認識で済ませてしまってよいのかと最近思うようになりました。

3.「東京2025デフリンピック」と学校教育分野での対応

 東京都は、「東京2025デフリンピック」を通じて共生社会の実現に向けた取り組みに力を入れていますが、東京都教育委員会からも、学校教育の分野の聴覚障害の理解に向けた以下のような映像教材が配信されています。

(1)映像教材『みんなで話そう 初めての手話』
 2025年に東京で開催されるデフリンピックを契機に、子どもたちがより手話への関心を高めるための動画を制作。学校でよく使われている手話で紹介しており、学校の教材や手話の学習等として活用できます(*7)

(2)映像教材『みんなで応援しよう!東京2025デフリンピック!』
 「東京2025デフリンピック」の開催を契機に、児童生徒がデフリンピックへの興味・関心を高めるとともに、聴覚障害への理解を深め、障害の有無にかかわらず、共生していこうとする意識や姿勢を育むため、都立学校の生徒の意見を取り入れて作成した、聴覚障害理解に関する映像教材です(*8)

 いわゆる「健聴者」が手話を習得することにより、よりインクルーシブな社会が構築できるということについては、<Vol.58>でイタリアのコサットという地域の取り組みを紹介しました。いわゆる健聴の児童生徒が第2外国語として手話を選択することによって、聴覚障害の有無にかかわらず共に学べる場を築いていこうとするものでした。
 共生社会の実現を目指すという観点からは、「手話」の存在を知るだけでなく、より多くの「健聴者」が、手話を使えるようになることが望ましいといえます。しかし、言語は一朝一夕に習得できるものではありません。経験の蓄積が必要です。子どもの時から「手話」に親しめるような環境を整えることは、とても大事なことだと言えます。
 そうした意味でも東京都の「東京2025デフリンピック」への取り組みの意気込みが伝わってくるのですが、東京都には、公立の小学校が約1250校(私立を含めると約1300校)、中学校が約600校(私立を含めると約800校)、高等学校が167校(私立を含めると429校)、特別支援学校が58校もあります。どれだけの学校がこうした映像教材を積極的に活用するか大変興味深いところです。

4.おわりに

 本稿の執筆にあたって、積読状態になっている書籍や資料の山を探っていたところ、『目で見ることばで話をさせて』(*9)というタイトルの本が出てきました。「健聴者も聾者も、ほぼみんなが手話を使っていた」島を舞台にしたアメリカのアン・クレア・レゾットという聾者でもある作家によって著された物語です。聴覚障害のある人がそうでない人が、手話を介して分け隔てなく暮らしていた島に、本土から「聾」の原因を突き止めに優生思想と偏見に満ち研究者が入り込んできます。この人物は聾の少女メアリーを拉致し、身体を拘束して研究材料とするだけでなく、メアリーの言語をも奪おうとします。こうした混乱の顛末が本書には記されています。
 この作品の舞台となっているのは、アメリカ東海岸、ボストンの南に位置するマーサズ・ヴィンヤード島です。この島では20世紀の初頭まで、かなりの割合で遺伝性の聴覚障害のある人が発現していました。島民の4人に一人に聴覚障害があった時期もあったということです。この実態については、『みんなが手話で話した島』(*10)という本に詳しく書かれています。『目で見ることばで話をさせて』は、この本を参考にして著されています。
 この2冊の本を読むと、手話を使える人がマジョリティになることで、聾者は障害者(ハンディキャップ)ではなかったという事実を知ることができます。
 共生社会の実現を目指すという観点からは、より多くの「健聴者」が手話を使えるようになることが望ましいと言えます。しかし、言語は一朝一夕に習得できるものではありません。経験の蓄積が必要です。「東京2025デフリンピック」での取り組みが、「健聴者」の手話の習得への促進に寄与していくことを期待したいと思います。
 なお、「東京2025デフリンピック」については、文部科学省からも「いよいよ!開催直前デフリンピック予習ガイド」という広報が発信されています(*11)

*1:学び!と共生社会 <Vol.58> 聴覚障害とインクルージョン ―東京2025デフリンピックをきっかけとして
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive058/
*2:「東京2025デフリンピック」公式サイト
https://deaflympics2025-games.jp/main-info/about/#gsc.tab=0
*3:日本弁護士会「わが国のろう教育の歴史」
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2005/2005_26_2.pdf
*4:文部科学省「聴覚障害教育の手引」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1340250_00009.htm
*5:一般財団法人全日本ろうあ連盟「「手話の捉え方」について」
https://www.mext.go.jp/content/20230228-mxt_tokubetu01-000027851_02.pdf
*6:東京都政策局「手話が言語であることの認知度」
https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2024/02/2024022911
*7:東京都教育庁指導部特別支援教育指導課「映像教材『みんなで話そう 初めての手話』」
https://www.youtube.com/playlist?list=PL5P7kTPVbatw_YIZZFYKjiUsJ90BxRVEg
*8:東京都教育庁指導部特別支援教育指導課「映像教材『みんなで応援しよう!東京2025デフリンピック!』」
https://www.youtube.com/playlist?list=PL5P7kTPVbatxGwrUU8DbFe5hnYBw_CijD
*9:アン・クレア・レゾット作、横山和江訳(2022)『目で見ることばで話をさせて』岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b605334.html
*10:ノーラ・エレン・グロース著、佐野正信訳(2022)『みんなが手話で話した島』早川書房
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614098/
*11:文部科学省「いよいよ!開催直前デフリンピック予習ガイド」
https://mext-gov.note.jp/n/na65a8d338745