学び!と社会

学び!と社会

授業にお役立ち!③ 社会科とESD(3)
2022.11.30
学び!と社会 <Vol.12>
授業にお役立ち!③ 社会科とESD(3)
大分大学大学院教育学研究科准教授 河野晋也

(1)立ち止まって、考えてみる

筆者 前回までに、「何ができるだろうか」という問いについて、見つめ直してみました。価値観と行動の変容を目指すESDではありますが、子どもたちの認識や問題の捉え方が深まらないうちに、安易に「できることを探す」取り組みにならないよう注意する必要があります。できることは何か、と探す前に学習のなかでしっかりと準備をしていくことが必要です。
 同じく前回の記事のなかで、思いがけず優等生的な答えを求めてしまっていないかという問題提起をしてみました。SDGsの認知度が上がったことで、子どもたちも何が問題なのか理解した状態で教室にいることが多くなりました。しかも地球規模で取り組むべきとされているわけですから、なかなか反論することが難しくなっています。しかし、重要な問題だからこそ、授業では子どもたちと一緒に立ち止まる時間、そして自分たちの生活を批判的に吟味する時間が大切になると思います。

(2)「何ができるだろうか」の前の準備

 授業では十分理解しているような発言や記述があるのに、日常生活に戻ると学習が生かされていない、ということがしばしばあります。私は何度もそういった経験をしました。そのたびに「意見が言いにくいのかな」「正解を言わせるような授業になっているのかな」と悩むことも多くありました。同じような経験をされた先生もいらっしゃるでしょうか。しかし、(私の場合はさておき)必ずしも子どもたちは、先生のご機嫌を伺うためにその場限りのウソをついているわけではないようです。
 私たちは日常生活のなかで、その人なりの特有な経験則(見方や考え方と言ってもいいと思います)を学んでいます。この日常生活のなかで育まれる見方や考え方は、正しいかどうかよりも「どれだけ有効か」「役に立つか」という基準でその人に採用された、非常に実用的なものです。これらの見方・考え方は、誤りを含んでいることもあります。しかし、経験的に信頼に値するものとして培われていますから、実感を伴わない授業では、なかなか科学的に正しい考え方に転換することは難しいものです。その人にとって見れば、これまでその考え方でうまくやってこれたわけで、「こっちのほうが正しい」と言われてもなかなか改める必要性を感じることはできません。しかもやっかいなことに、自分にとっては至極当然な見方や考え方ですから、わざわざ「これで良いのかな」などというように吟味する機会はほとんどありません。本人にとっては正しいかどうかということはあまり気になる問題ではなく、なんとなくそう思っているにすぎません(“なんとなく”すら思っていないかもしれません)。
 そのため、授業で習うことと日常生活で培ったことが、子どもたちのなかに並存するということが起こります。授業中に尋ねられたから、プラスチック製品は環境負荷が高い、と答えたけれども、普段の生活でプラスチック製品に囲まれた生活を改善しようとする取り組みをそこまで積極的に実践するわけではない、という状態です。

(3)認知的葛藤をつくり出す

 こうした状況を打開する方法として、葛藤状態をつくり出すということは、やはり重要だと思います。これまで授業研究のなかでは、「概念くだき」とか「ゆさぶり」といった言葉で重視されてきました。つまり無意識のうちに並存する見方・考え方を意識的に実感させ、その二つが相容れない場面を設けるということです。
 先ほどのプラスチックごみの例でいえば、私たちがプラスチック製品をすすんで購入しているということに気づかせることも一つでしょう。プラスチック製品のすばらしさに着目して探究していくことは、葛藤状態をつくり出すには効果的かもしれません。なにしろプラスチックは軽い、安い、安全という非常に優れた物質です。私たちがプラスチック製品を購入することはごく自然な選択なのかもしれません。逆に、分別回収してもらえるようプラスチックのトレイなどを、同じく貴重な資源である水で洗うことも葛藤を生むかもしれませんし、分別されたプラスチックごみがその後どうなっていくのかということを探究することも、思考を促す手立てになりそうです。
 日常生活のなかで育まれた強い見方や考え方を転換するためには、まず自分たちが無意識のうちにしたがっている見方や考え方がどのようなものなのか、しっかり見つめ直すことが必要です。現代社会に生きる私たちの生活は、まだまだ経済中心の捉え方が多くあります。正しいことはわかっているのに、その通りの行動はできていない、そんな場面を切り取って見せてあげることができれば、葛藤状態を引き起こすヒントになるのではないでしょうか。

(4)価値観変容のきっかけづくり

 価値観はそう簡単に変わるものではありませんし、容易に変えられるものだと思うべきではないとも思います。その上で、なぜ変わらないのかと追究し、そのきっかけづくりをしていくことはESDの実践では重要ではないかと思います。葛藤状態を設定したとしても、変容が見られないことも十分あり得ます。想定していたこととは違う変容が見られるかもしれませんし、もともともっていた考え方がより強固になる可能性もあります。しかし、価値判断の主役はあくまで子どもたちですから、日常生活のなかで身に付けてきた考え方と新たな考え方とを比較吟味して、彼らなりの答えを見いだしてもらいたいと思っています。そのような活動を繰り返し行って、何度も自身の見方や考え方を思考の俎上にあげていくことで、より良い判断に近づいていくのではないかと思います。まずは、子どもたち自身が自分なりに納得のいく、一貫性のある答えを見いだす力を育むことが重要だと考えています。
 これは私たち自身にも言えることだと思います。持続可能な社会への道のりはまだまだ遠く、残されている猶予もわずかです。抜本的な解決策が見いだせない現在では、私たちも子どもたちと一緒に探究していくことが求められていると思います。