学び!とシネマ

© 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

 北欧のノルウェー、スウェーデン、フィンランド三国の北部と、ロシアのコラ半島の一部で、ラップランドとよばれる地域に、サーミ人という先住民族がいる。主にトナカイの放牧で生計をたて、言語はサーミ語。
 いまなお、白人たちが有色人種を軽蔑、差別するように、トナカイを育て、テントで移動する生活をおくるラップランドのサーミ人を、白人たちは軽蔑のまなざしでみている。心ない人たちは、サーミの人たちに、「変な匂いがする」とまで言う。
 映画「サーミの血」(アップリンク配給)は、白人たちの差別に抵抗、自由を求めて、故郷、家族を捨て、白人社会で生き抜こうとする少女の成長物語だ。昨年の東京国際映画祭のコンペティション作品として上映され、審査員特別賞と最優秀女優賞を受けた。ほぼ1年後、やっと一般公開となる。
 老女クリスティーナ(マイ=ドリス・リンピ)は、孫娘を連れて、息子の運転する車で、妹の葬式に向かっている。クリスティーナは、サーミ人で、すでにエレ・マリャというサーミ人としての名前を捨てている。少女時代に捨てた故郷、別れた妹との、死後ではあるが再会の旅でもある。

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 クリスティーナの表情は、険しい。理不尽な白人社会で生き抜いてきた辛苦を物語っているかのよう。クリスティーナは、息子の制止をふりきって、ひとり、ホテルに泊まり、少女時代を思い起こす。
 1930年代のラップランド。トナカイの放牧で暮らすサーミ人たちは、白人から軽蔑、差別されている。少女のエレ・マリャ(レーネ=セシリア・スパルロク)と妹のニェンナ(ミーア=エリーカ・スパルロク)は、サーミ語で話すことを禁じられている寄宿学校にいる。成績のいいエレ・マリャは、進学を希望するが、スウェーデンの女教師(ハンナ・アルストロム)は言い放つ。「あなたたちの脳は文明に適応できない」と。
 ある夏祭りの夜。エレ・マリャは、スウェーデン人のふりをして、ダンスをする人たちに紛れ込む。エレ・マリャは、ニクラス(ユリウス・フレイシャンデル)という青年と知り合う。名前を聞かれたエレ・マリャは、つい、「クリスティーナよ」と、スウェーデン人の名前を名乗ってしまう。
 ニクラスの実家を訪ねて、なんとか、クリスティーナは、上級の学校に進学するが、高い授業料は、とても払えない。クリスティーナは、自分のトナカイを売ってでも、授業料を捻出しようと、いったん、故郷に戻るのだが……。

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 人はだれしも、自由であるべきだが、歴史は、ある人種がある人種を軽蔑、差別し続けている。エレ・マリャは、クリスティーナと名前を偽ってまで、自由を希求する。当然のことだが、身元がばれ、手ひどい差別に遭遇する。
 映画は、サーミの人たちへの差別を具体的に示しながら、クリスティーナの女性としての成長を綴っていく。正確な衣装考証に加えて、トナカイとの共生などが、たいへんリアルに描かれる。それもそのはず、女性監督のアマンダ・シェーネルは、サーミ人の血をひき、主演のレーネ=セシリア・スパルロクは、いまなおノルウェーで、トナカイを飼っているサーミ人だ。
 映画では、自然のままの美しい景色と、恵まれた自然環境が映し出される。セリフで、いまやラップランドの人たちは、バイクを走らせていることが分かる。ラップランドの地にも、確実に文明が忍び寄っている。
 いま、スウェーデンでは、サーミ語やサーミ文化を継承、存続させる動きがあるという。すべて、サーミ人女性エレ・マリャたちが、切り開いてきた道が存在したからだろう。
 ラストのいくつかのシーンに注目されたい。老女クリスティーナの表情が、ここ数十年のサーミ人の血が、どのようなものだったかを示して、圧巻である。

 

2017年9月16日(土)より、新宿武蔵野館ico_linkアップリンク渋谷ico_linkほか全国順次公開

『サーミの血』公式Webサイトico_link

監督・脚本:アマンダ・シェーネル
音楽:クリスチャン・エイドネス・アナスン
出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリ、ハンナ・アルストロム
後援:スウェーデン大使館、ノルウェー王国大使館
配給・宣伝:アップリンク
(2016年/スウェーデン、ノルウェー、デンマーク/108分/南サーミ語、スウェーデン語/原題:Sameblod/DCP/シネマスコ―プ)