学び!と道徳2

学び!と道徳2

道徳科の指導 ―多面的・多角的に考える―
2019.08.09
学び!と道徳2 <Vol.14>
道徳科の指導 ―多面的・多角的に考える―
岡田 芳廣(おかだ・よしひろ)

 長雨が続いた今年の梅雨も学校が夏休みになるとともにやっと終わり、暑い夏がやってきました。皆様は如何お過ごしでしょうか。夏休みになりホッとされている方もおられるのではないかと思います。
 最近、海外の大学への留学や海外からの留学生を受け入れるために1年を春・夏・秋・冬の4つに区切ったクオーター制を取り入れ、9月卒業・入学ができるようにしている大学が増えてきています。早稲田大学ではこの制度を率先して導入したので、夏クオーターが8月の第1週まであり、小学生・中学生・高校生が夏休みである7月も授業を行っています。このためか留学生の在学数が日本一であり、外国籍の教員も増えています。私が所属する教育学研究科高度教職実践専攻(教職大学院)では2年前から中国籍の方が国語教育を担当して、国語の先生を目指している学生の指導を行っています。これからの日本はますますグローバル化が進み、多くの外国の人々とコミュニケーションを取り、互いに尊重し、協働して生活する社会になっていくのではないかと思います。

 さて、今回も前回に引き続き道徳科の授業の在り方について考えていきます。「物事を広い視野から多面的・多角的に考える学習」とはどのようなことか、特に、道徳科における『多面的・多角的』とはどのようなことを言うのかについて述べたいと思います。

1 「多面的・多角的に考える学習」とは

「今日は道徳科の学習の視点である『物事を広い視野から多面的・多角的に考え』について考えていきましょう。ここでのポイントは『多面的・多角的に考える』ということがどのようなことを提言しているかです。先日、夏に実施される教員採用選考試験で行われる集団討論の練習を行いました。討論は『授業中、寝ている生徒がいたらどうするか』というテーマで行いました。みんなはどんな意見を述べますか?」
真理「まず机間指導して起こします。」
「生徒が寝るということは授業が面白くないからだと思います。楽しい授業、わかり易い授業を行います。」
真理「興味や関心を高める授業も大切だと思う。」
「練習の時も響君・真理さんと同じく、教科指導の在り方について討論しましたが、10分もすると話題がつき、話し合いが続かなくなりました。練習だったのでよかったですが、本番の試験だったら困ります。どうすればこのような事態を打開することができますか?」
道子「教科指導ばかりではなく、生徒の学校生活や家庭での生活について考えてみるとよいと思います。」
「なるほど、部活動で朝練習をして疲れていたとか、夜遅くまでゲームをしていて寝不足だとかいろいろな事例が考えられる。」
「そうですね。教科指導だけでなく生徒指導や家庭との連携など別の視点で考えることが大切です。試験ではそのようなコーディネートをすることができる人が高く評価されます。『多面的・多角的に考える』ということは、視点や場面を変えることにより別のことが見えてくる。つまり多様な視点や場面を通して物事を考えることです。」
真理「数学で学ぶ多面体や多角形の学習に似ていますね。円錐を上から見ると円、横から見ると三角形に見えるというようなことですね。」
道子「どうして多様的な見方や考え方をしなければならないのですか?」
「それはこれからの時代はグローバル化の進展、科学技術の発展などによって社会が大きく変化し、多様な価値観の人々が互いに相手を尊重して生きていかなければならなくなるからです。中央教育審議会答申(2014年10月)『道徳に係る教育課程の改善について』の中では『人としての生き方や社会の在り方について、多様な価値観の存在を認識しつつ、自ら感じ、考え、他者と対話し協働しながら、よりよい方向を目指す資質・能力を備えること』が求められています。このためには『多面的・多角的に考える』ことにより、道徳的諸価値に対する概念的な理解や自己中心的な見方から、多様で豊かな見方や考え方を育てることが大切とされています。」
「前回学んだメタ認知を進め、自己を見つめることにもつながりますね。」
「そうです。そして『多面的・多角的に考える』には、答申に述べられているように他者と対話することが必要になります。」

2 道徳科における「多面的・多角的に考える学習」

「次に、道徳科における『多面的・多角的に考える学習』とはどのような学習か、具体的に考えてみましょう。皆さんは『臓器提供意思表示カード』を知っていますか?」
道子「脳死後または心臓停止した死後、自分の心臓や肺などの臓器を、移植を必要としている人へ提供するかしないかを意思表示したカードです。臓器提供者のことを『ドナー』と呼び、日本文教出版の教科書の教材にもなっていますね。」

臓器提供意思表示カード

表面裏面

「運転免許証の裏面に同じ内容のものがついています!」
「そうですね。響君は提供にサインしましたか?」
「はい、偶然にも自分に与えられた命と体ですが無駄にはしたくないので、移植することにより救える人たちへ臓器を提供して役立ててもらいます。」
「立派ですね! しかし、提供するには本人以外に家族の同意が必要であることを知っていますか? 本人の意思が、家族に伝えられておらず、不明のときには、家族は判断に思い悩むことになります。」
「運転免許証には家族の記入欄が無いです。なぜ家族は反対するのですか?」
「本人の意思が家族にも伝えられているときには、家族は本人の意思を尊重しての判断がしやすくなります。一方で、本人の意思が不明なときには、脳死の場合でも脳の動きが停止していていずれはなくなりますが、しばらくは機械や薬の力を借りて心臓をはじめとする臓器は働いて、まるで寝ているような状態に見えます。この様子から提供することを拒む家族の人もいます。どうしてだと思いますか?」
道子「脳の働きが治るかもしれない、それまでは死を認めたくないと考えているからだと思います。」
「そうですね。臓器を取り出すということは愛する人の死を認めることになります。このため、家族の人は提供を拒否しますね。」
「本人は、脳は死んでいるのだからまだ生きている臓器を役立てたいと思っているが、家族は、愛する者の死を認めることができないと考えているということですね。」
「では教材にはありませんが、移植を担当する医師はどう思っているでしょうか?」
真理「家族の気持ちは十分にわかるが、脳死からは回復する見込みがないことを家族には理解してほしい。」
「そうですね。臓器提供は終末期の選択肢の一つですが、家族の思いを尊重します。本人、家族、医師と立場を変えてみることにより、生命尊重という価値には、生命の偶然性・有限性・連続性という三つの考え方があることが分かります。さらに、臓器移植には、家族愛・人間愛・社会貢献などの道徳的諸価値も関わっていることに気づかせてくれます。『多面的・多角的に考える学習』とは、このように多様な視点から総合的に考えさせることによって生徒たちの道徳性を育む学習です。」
「キャリア教育として働いている人の話を聞いたり、実際に職場体験をしたりすることが行われていますが、このような活動を通して、働くことの意義や大切さを考えることも『多面的・多角的に考える学習』と考えてもよいですか?」
「響君は、今日は冴えていますね! 道徳科の授業の中で、他教科や体験学習などの教育活動での学びを生かしていく横断的な学習も考えられますね。」

 今回は道徳科の学習の一つである「物事を広い視野から多面的・多角的に考える学習」について述べました。中学生は自分の利害だけで物事を見るのではなく、他者のこと、自分が所属する集団のことを考え行動することができます。『多面的・多角的』な視点で考える学習を通して道徳性を養ってください。次回は、「人間としての生き方についての考え方を深める学習」について述べたいと思います。ご期待ください。