学び!とシネマ

学び!とシネマ

トルーマン・カポーティ 真実のテープ
2020.11.11
学び!とシネマ <Vol.176>
トルーマン・カポーティ 真実のテープ
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2019, Hatch House Media Ltd.

 もとより、トルーマン・カポーティのあまり熱心な読者ではない。「ティファニーで朝食を」という映画は、原作とはかなり違っていたようだ。ベネット・ミラー監督の映画「カポーティ」では、カポーティの甲高い声を真似たフィリップ・シーモア・ホフマンの熱演もあってか、やっと作家カポーティの実像に、少しは近づいたのかなと思っていた。このほどのドキュメンタリー映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」(ミモザフィルムズ配給)は、さらにまた、カポーティの実像により近づいたようだ。
 愛読書のひとつに、ハーパー・リーの書いた「アラバマ物語」(暮しの手帖社・菊池重三郎 訳)がある。グレゴリー・ペック主演で映画にもなった。このハーパー・リーは、カポーティより年上、カポーティが「冷血」を書くのに、多大の協力をしたと言われている。
 カポーティは、1924年、ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。10代でニューヨークに移り住み、「ニューヨーカー」誌の雑用係の職を得る。19歳で書いた小説「ミリアム」でデビュー。ついで、「遠い声、遠い部屋」を書く。傑作は、1949年に書いた短編集「夜の樹」(新潮文庫・川本三郎 訳)ではないか。以降、流行作家として、作品数は多くはないが、著名な作家の仲間入りを果たす。1966年の「冷血」が大ベストセラーとなり、ニューヨークのセレブたちとの交友が深まる。遺作は、3章ほどが「エスクァイア」誌に掲載された「叶えられた祈り」で、自身を重ねた作家のP・B・ジョーンズが登場する。1984年、「叶えられた祈り」は未完のまま、死去。
© 2019, Hatch House Media Ltd. 映画は、カポーティの評伝を書いたジョージ・プリンプトンが、カポーティを知る人たちにインタビューした膨大なテープ録音から始まる。「カポーティの生涯を辿っている。あなたの思い出も聞かせてくれないか」と。さらに、映画を監督したイーブス・バーノーが、プリンプトンのテープを基に、カポーティを知る多くの人物に、新たにインタビューした映像が追加されている。カポーティの私生活をよく知る養女ケイト・ハリントンを始め、多くの作家たちや、女優、ジャーナリストたちが登場する。
 絶賛もされるが、酷評もある。一人の人物についての表現の幅広さに、驚かれると思う。当然、見どころ、聴きどころは、トルーマンについて、誰がどのように語るか、だろう。ざっとの顔ぶれである。
 テネシー・ウィリアムズの晩年のパートナーだった作家のドットソン・レイダー。「叶えられた祈り」に登場するゲイの作家のモデルが、テネシー・ウィリアムズのようだ。女優のローレン・バコールは、1966年、カポーティがプラザ・ホテルで開催した「黒と白の舞踏会」というパーティに出ている。ベトナム戦争のさなかなのに、このパーティには、500人を超えるセレブが参加したという。NBCの「トゥナイト・ショー」の司会者、ジョニー・カーソン。「ニューヨーカー」誌の女性編集者バーバラ・ローレンス。「ハーパーズ・バザー」や「ヴォーグ」の女性編集者のバブス・シンプソンは、数多く、ニューヨークの社交界の取材をしている。作家のノーマン・メイラーは、カポーティとほぼ同じ時代の高名な作家で、カポーティの作品には厳しい批評もするが、十分その才能を認めている。もちろん、ハーパー・リーも登場する。
 そのほか、上流階級で、大金持ちの夫人たち。鉄道王コーネリアス・ヴァンダービルトの孫娘。CBS会長、ウィリアム・ペイリー夫人のバーバラ・ペイリー。「ワシントン・ポスト」紙の社主、キャサリン・グラハムなどなど。そのほか、誰が登場するかは、見てのお楽しみ。
© 2019, Hatch House Media Ltd. 映画をこよなく愛したカポーティは、多くの雑誌や新聞のインタビューにたびたび登場する。もちろん、映画にも出演する。ロバート・ムーア監督の「名探偵登場」や、ウディ・アレン監督の「アニー・ホール」だ。
 富と名声を得たカポーティは、「叶えられた祈り」という小説の執筆を、あちこちに喧伝する。しかし、ニューヨーク社交界の寵児となったカポーティは、享楽の日々を過ごす。酒に溺れ、ドラッグに手を出す。この新作は、多くの前払いを受けたにもかかわらず、なかなか出来上がらない。やっと、いくつかの原稿が「エスクァイア」誌に掲載される。小説での名前だけでなく、実名を晒して、セレブたちの私生活やゴシップを、白日のもとに晒すことになる。結果、トルーマンは、社交界から追放となる。ますます、酒とドラッグの日々を過ごす。
 翻訳された「叶えられた祈り」(新潮文庫・川本三郎 訳)の第3章「ラ・コート・バスク」を読んでみた。セレブたちが激怒するのも当然だろう。
 カポーティには屈折した過去がある。その反動として、社交界に憧れたのかどうかは分からないが、文学の作家なら、もっとストイックな生き方があったのではないかと思わざるを得ない。
 女性ともつきあったが、ゲイである。小柄でもある。多くのコンプレックスもあったと思われるが、結果としてカポーティは、生き急いだと思われる。
 未完の小説の3つの章を読む限りでは、どうやって、この3つの章が、ひとつの物語となるかは、とうてい理解できない。映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」は、カポーティの真実にかなり近いものと思われるが、遺作をめぐっては、多くの謎も存在することをほのめかす。トルーマン・カポーティは、さまざまな意味で、興味尽きない作家だろう。

2020年11月6日(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』公式Webサイト

監督・製作:イーブス・バーノー
出演:トルーマン・カポーティ、ケイト・ハリントン、ノーマン・メイラー、ジェイ・マキナニー、アンドレ・レオン・タリー
2019年/アメリカ=イギリス/英語/98分/カラー・モノクロ/ビスタ/5.1ch
原題:The Capote Tapes
字幕:大西公子
字幕監修:川本三郎
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ミモザフィルムズ