学び!と共生社会

学び!と共生社会

教科書のデジタル化とインクルーシブ教育
2021.04.26
学び!と共生社会 <Vol.15>
教科書のデジタル化とインクルーシブ教育
大内 進(おおうち・すすむ)

 前回、ICTの利活用がインクルーシブ教育システムの構築という観点からも重要な意味をもっていることを記しました。今回は、その延長としてICTの活⽤として学校教育の柱となる教科書のデジタル化とインクルーシブ教育の関係に着目し、その重要性について考えてみたいと思います。

教科書のデジタル化に向けての取組

 文部科学省では、「教科書への ICT の活用の在り方」という観点から、紙によるものを前提としていた教科書のデジタル化についても検討を積み重ねてきました(*1)。2019 年度からは、学習者用デジタル教科書について、一定の基準の下で、必要に応じ、教科書に代えて使用できることになり、そのためのガイドライン(*2)も示されています。また、これからの在り方については、初等中等教育局の調査研究協力者会議として「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」(*3)が設けられ、この3月にその「中間まとめ」が報告されています。

教科書のデジタル化の意義

 その報告では、教科書のデジタル化のメリットとして、直接画面に書き込みができる、効果的に対話的な学びを行うことができる、拡大表示やポップアップの機能で図版や写真などを細部まで見ることができる、機械音声読み上げ機能により、読み書きが困難な児童生徒の学習を容易にすることができる、教科書の持ち運びの負担が軽減され、身体の健やかな発達にも資することなどが挙げています(*3)
 さらに報告では、こうしたメリットに加えて、アクセシビリティやユーザビリティを確保することにより、障害のある児童生徒が教科書へアクセスしやすくなることも意義のひとつとして示しています。障害等の特性に合わせて特別なものを別途用意するのではなく、最初から多くの児童生徒が利用できるものにしておくというのがユニバーサルデザインの思想ですが、このことはインクルーシブ教育システムの構築にとって重要な意味を持っています。

教科書のデジタル化とユニバーサルデザイン

 教科書のデジタル化にあたっては、次のような機能の装着が考えられます(*3)

  • ピンチイン・ピンチアウトによる拡大・縮小表示機能
  • 図やグラフや挿絵のポップアップ等
  • フリーハンド又はキー操作による簡易な書き込み・消去
  • 書き込んだ内容の保存・表示
  • 機械音声の読み上げや、読み上げ速度の調整、読み上げている箇所のハイライト表示
  • リフロー画面への切り替えによるレイアウトの変更
  • 背景色・文字色の変更・反転、明るさ等の調整
  • 文字のサイズ・フォント・行間の変更
  • ルビ振り
  • 任意のページめくり方法の設定

 こうした機能の装着は、ユニバーサルデザインに直結します。ユニバーサルデザイン仕様のデジタル教科書は、障害がある児童生徒のみならず、学級に在籍する様々なタイプの児童生徒のニーズにも応えることを可能にします。例えば、近年増加傾向にある外国籍や⽇本語の習熟度が異なる児童・⽣徒にとっては、ルビ振り、読み上げ、拡大表示、書き込み、マーキング等の機能が役に立つことが中間報告に示されています(*3)

グローバルな視点での教科書のデジタル化とインクルーシブ教育

 インクルーシブなアプローチは、並行するシステムをいくつも構築する従来の考え方から脱却して、すべての子どもが利用できるひとつのメインストリーム(主流)となるシステムを機能させようとするものです。ユニバーサルデザイン仕様のデジタル教科書は、このアプローチに合致しています。
 国外に目を向けると、障害があるなどのために十分な教育を受けることができない状況にある子どもがたくさんいます。ユニセフではこうした状況の改善のためにはインクルーシブなアプローチが不可欠であるとして、デジタル教科書の普及に力を注いでいます(*4)。ほかの子どもたちと一緒に教育を受けることができる障害のある子どもは、生産性の高い社会の構成員となり、コミュニティの生活に溶け込む可能性が格段に高いといわれています。こうした実りある共生社会を実現するためには、アクセシブルな環境が用意されている必要があります。

今後への期待

 すでに、令和6年度の教科書改訂を視野に入れて学習者用デジタル教科書の開発が始まっていますが、基本設計の中に十分なユニバーサルデザインにつながる機能を組み込んでおくことが大事なこととなります。このことが、インクルーシブ教育システムの構築の推進につながっていくことは間違いありません。他方、デジタル化にはデメリットも伴うわけですが、十分な配慮をしながらデジタル化された教科書を利用していくことも重要になってきます。こうした観点から今後の取り組みが一層進んでいくことを期待したいと思います。

*1:『デジタル教科書』の位置付けに関する検討会議 最終まとめ』(平成28年12月)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/110/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2017/01/27/1380531_001.pdf
*2:『学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン』(平成30年12月、令和3年3月改訂)
https://www.mext.go.jp/content/20210325-mxt_kyokasyo01-100002550_02.pdf
*3:『デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議 中間まとめ』(令和3年3月)
https://www.mext.go.jp/content/20200421-mxt_kyokasyo01_1.pdf
*4:『Accessible Digital Textbooks for All Initiative』
https://www.accessibletextbooksforall.org/accessible-digital-textbooks-all-initiative