学び!とPBL

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高校の「総合的な探究の時間」の背景
2022.02.24
学び!とPBL <Vol.47>
高校の「総合的な探究の時間」の背景
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.高校で始まる探究活動

 この4月から、高校に「総合的な探究の時間」が設けられ、本格的な探究学習が始まります。私は、中教審の教育課程企画特別部会で学習指導要領の改訂に携わっていたのと、ここにはOECD東北スクールの成果が少なからず影響しているという点で、特別な思いがあります。
 高校では既に学習指導要領の改訂を見すえて探究活動の準備が始まっており、私のゼミ生もある高校で生徒のサポートをしていました。彼は高校生を集めて地域活動も行っているので、それとの対比で学校の探究活動に問題を感じています。彼のところには、探究活動をどう進めてよいかわからない高校生が次々と相談に訪れます。「高校が立地しているA市に関することが条件」「市の問題を発見して、その解決策を考えてまとめる」「限られた時間の中で作業」などの困りごとが多く寄せられます。
 少し回り道になりますが、「総合的な探究の時間」を必要とするわが国の状況を見ていきたいと思います。

2.日本の若者たちの現状

 PISA2018調査の、若者たちの意識の国際比較から日本の生徒たちの姿を見ていきましょう。
 図1の青い棒は「学校で幸福を感じる」生徒の割合を示しており、一番左の日本は全体の中でも「幸せ」と感じるグループにあることがわかります。また、菱形(◇)は「学校で決定機会を与えられていると感じるか」を表しており、この国際比較からは日本は最低であることがわかります。問題なのは、他国のほとんどの生徒が「決定機会が与えられていて、学校は楽しい」、「決定機会が与えられていないから、学校はつまらない」と感じているのに対し、日本の生徒だけが「決定機会が与えられていないのに、学校は楽しい」と感じている点です。うがった見方をすれば、決定機会が与えられていない、つまり責任を持たなくてよいから学校は楽しい、と読めなくもありません。

図1 学校の幸福度と決定機会の相関国際比較(PISA2018)

 図2は、生徒たちの生活満足度を表しており、学校で幸せを感じている日本の生徒は国際比較上、最も低いグループに属していることがわかります。OECD平均から1割も低く、主観的ではありますが、何らかの欠落感を抱いていることがわかります。Well-beingが「本質的に満たされている状態」を表すのであるとすれば、目の前の生徒たちはそのような状態にはないと言わざるを得ません。

図2 生活満足度国際比較(PISA2018)

 図3は、生徒たちの失敗に対する恐怖心の国際比較です。日本の生徒は、シンガポール、マカオ(中国)、香港(中国)についで4番目に高い値を示しています。5位の英国とともに、競争の激しい地域の生徒が失敗を恐れていることがわかります。これに対し、オランダ、スイス、ドイツ、オーストリア、クロアチアなどの生徒は恐怖心が少ない、つまり、チャレンジ精神が旺盛ということができます。

図3 失敗に対する恐怖心国際比較(PISA2018)

 図4は、この失敗に対する恐怖心とPISAスコアとの相関を表したグラフです。縦軸がPISAスコアで、横軸が恐怖心の度合いを表しており、日本やシンガポール、香港、韓国などはPISAスコアが高く失敗を恐れるグループです。これに対し、フィンランドやエストニア等の生徒はPISAスコアが高く失敗を恐れないグループ、ということができます。同じ高得点でも、生徒たちの性向にはかなり幅があることがわかります。理想で言えば、日本も、フィンランドやエストニアのようなチャレンジ精神の豊かな生徒を育てるべきではないかと思います。

図4 PISAスコアと失敗に対する恐怖心の相関(PISA2018)

 図5は、2019年の日本財団による個人と社会との関係を調査した結果です。最上段が日本で、「自分は大人だと思う」、「自分は責任のある社会の一員だと思う」「将来の夢を持っている」、「自分で国や社会を変えられると思う」、「自分の国に解決したい社会課題がある」、「社会課題について家族や友人など周りの人と積極的に議論している」、いずれの項目も日本の若者が極端に低いことが一目瞭然です。中でも「自分で国や社会を変えられると思う」はわずかに18.3パーセントで、自分で社会を変えようと思っている生徒は5人中1人以下で、8割以上の生徒は「自分ではない誰かが何かやってくれる」と思っている、ということになります。「若者たちは未来の担い手」というキャッチコピーとは全く逆の現状があることがわかります。

図5 若者たち社会変革に対する意識(日本財団2019)

3.PISAから学ぶべきもの

 PISA2018では、読解力が11位と前回の6位から落ちていますが、数学的リテラシーは1位、科学的リテラシーは2位、と全体としては上位をキープしています。しかし、PISAで重要なのは、学力のランキングなどではなく、そのような学力がその国のどのような文化や政治、経済的条件によって生まれてくるのか、教育制度や産業構造、国民意識、社会的インフラがどのように生徒の学びの構造に影響を与えているのかを明らかにすることです。
 日本の生徒の学びにどのような課題があり、それをどのような教育改革によって克服しようとしているのか、そしてそれが実際に改善に結びついているのかどうかを検証していくことが極めて重要です。高校に新設される「総合的な探究の時間」も、この文脈で見ていかなければならないのです。