学び!と共生社会

学び!と共生社会

教科教育とインクルーシブ教育(1)
2022.02.25
学び!と共生社会 <Vol.25>
教科教育とインクルーシブ教育(1)
大内 進(おおうち・すすむ)

 これまで、何回かにわたって、海外のインクルーシブ教育の状況について紹介してきました。インクルーシブ教育への取り組みについては、多様な学びの場を用意して、地域ですべての子どもを包含する「インクルーシブ教育システム」の体制をとっているタイプと、一つの学校ですべての子どもを包含する(フル)インクルーシブ教育体制をとっている二つのタイプがあることがご理解いただけたのではないかと思います。
 どちらのタイプをとるにせよ、学校教育の中核的な活動となっている教科教育への配慮は欠かせません。そこで今回からは、インクルーシブ教育の推進と教科教育の実践に関して取り上げていきたいと思います。

教科教育とダンピング

 日本のインクルーシブ教育は、できるだけ現行のシステムに変更を加えず緩やかに共生社会の実現を目指すという方針で「インクルーシブ教育システムの構築」が打ち立てられていますので、前者のタイプということになります。
 他方、障害者の権利に関する条約では「生活する地域社会において、インクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスすることができること」とその第24条に記されています。このことから、当事者団体などは、インクルーシブ教育体制への移行に関する議論の中で、原則「地域の学校で教育を受けること」を強く主張してきました。
 そうした背景もあって、障害のある子供の就学先の決定の手続きについては、平成25年の学校教育法施行令の一部改正において、「教育委員会が相談・指導する」という手続きから「合意形成」を尊重する手続きに方向に転換されました(*1)
 しかし、教育委員会と当事者・保護者の間に合って、一律に「合意形成」を図ることは極めて困難なことです。そうしたことから、「インクルーシブ教育システム」を建前としながらも、地域の状況や自治体の判断によっては、当事者や保護者の意向を尊重して、学校内ですべての子どもを包含するインクルーシブ教育に対応しているというケースも少なくありません。こうした場合に、くれぐれも気を付けなければいけないのは、教科教育のダンピング(配慮なく通常の学級で学んでいること)を生じさせないことです。こうした事態を防ぐためにもこうした教科教育での配慮事項を把握しておくことは重要だと思われます。

学習指導要領等における配慮事項の記載

総則における記載

 現行の小学校・中学校学習指導要領の【総則】には、特別な配慮を必要とする児童(生徒)への指導として、「障害のある児童(生徒)などについては,特別支援学校等の助言又は援助を活用しつつ,個々の児童(生徒)の障害の状態等に応じた指導内容や指導方法の工夫を組織的かつ計画的に行うものとする。」および「全ての教師が障害に関する知識や配慮等についての正しい理解と認識を深め,障害のある児童(生徒)などに対する組織的な対応ができるようにしていくことが重要である。」という記述が認められます。

学習指導要領解説に示されている配慮事項

 学習指導要領第6章の第3の1の(5)には次のような記載があります(*2)

(5)障害のある児童などについては,学習活動を行う場合に生じる困難さに応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的,組織的に行うこと。

 これを受けて、各教科等の学習指導要領解説には、それぞれの教科等で配慮すべき事項が例示されています。各学習指導要領解説に配慮事項が記載されている場所は異なっているのですが、以下に該当ページを示します。

  1. 国語における配慮事項   
    【国語】p.160
  2. 社会における配慮事項   
    【社会編】p.139-140
  3. 算数における配慮事項   
    【算数編】p.327-328
  4. 理科における配慮事項   
    【理科】p.96-97
  5. 生活における配慮事項   
    【生活】p.65-66
  6. 音楽における配慮事項   
    【音楽】p.121-122
  7. 図画工作における配慮事項 
    【図画工作】p.110-111
  8. 家庭における配慮事項   
    【家庭編】p.75-76
  9. 体育における配慮事項   
    【体育編】p.165-166
  10. 外国語活動・外国語における配慮事項
    【外国語活動・外国語編】英語p.47-48、外国語p.127-128
  11. 道徳科における配慮事項  
    【特別の教科 道徳編】p.113-114
  12. 総合的な学習の時間における配慮事項
    【総合的な学習の時間編】p.43-44
  13. 特別活動における配慮事項 
    【特別活動編】p.148-149

 インクルーシブ教育を進めるために大切なことは、ユニバーサルデザインとして一斉指導を丁寧に行いつつ、一人一人の児童・生徒の実態に応じた学びが成立するようにすることところにあります。そのために配慮事項が示されているわけですが、通常の学校に勤務されている先生方には、是非とも確認しておいていただきたいと思います。

 今回は総論的な内容になってしまいましたが、以後は教科ごとに見ていくことにします。昨年末、筆者も関わっているのですが、跡見学園女子大学(前群馬大学)の茂木一司先生を中心に『視覚障害のためのインクルーシブアート学習』(*3)という書籍が出版されました。この書物では視覚障害からスタートしていますが、小学校、中学校の「アート学習」につながる様々な提案がなされています。そこで次回はこの書籍の紹介と共に「図画工作」および「美術」教育とインクルーシブ教育について考えていきたいと思います。

*1:障害のある子供の就学先決定について
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1422234.htm
*2:小学校学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/1413522_001.pdf
*3:茂木一司(代表)、大内進、多胡宏、広瀬浩二郎(編)『視覚障害のためのインクルーシブアート学習-基礎理論と教材開発-』 ジアーズ教育新社、2021