学び!とESD

学び!とESD

ホールシティ・アプローチの展開 ~ドイツ・ハンブルク市の取り組み~
2022.05.16
学び!とESD <Vol.29>
ホールシティ・アプローチの展開 ~ドイツ・ハンブルク市の取り組み~
木戸啓絵(聖心女子大学大学院永田研究室・東海大学児童教育学部専任講師)

ESD先進都市~ハンブルク~

 ドイツ北部に位置する自由ハンザ都市ハンブルク(*1)(以下、ハンブルクと表記)は、ドイツ最大の港街であり、国際会議や見本市も開催されるなど、工業とサービス業の重要な中心地です。ハンブルクでは、持続可能な社会の実現に向けた様々な取り組みが続けられています。こうした活動が評価され、ハンブルクは、2019年にユネスコ学習都市に関するグローバルネットワーク(UNESCO GNLC:Global Network of Learning Cities)のメンバーとなりました(*2)。さらに、同年にESDグローバル・アクション・プログラム(GAP)のキーパートナーにも指定されています。今回は、持続可能な社会を目指してESDを街全体で推進しているドイツ・ハンブルクの取り組みを紹介します(図1参照)。ハンブルクの取り組みは、持続可能性について街や市全体で実現していく「ホールシティ・アプローチ」の活動そのものです。

図1.ハンブルクにおけるESD(*3)(出典:ハンブルク市作成資料より筆者訳出)
https://www.hamburg.de/contentblob/13946516/a47014acbe1d83f1364fd0b64f052fcc/data/vortrag-1-hamburger-masterplanbne-ralf-behrens-bue.pdf ](2022年5月3日閲覧、以下同じ)

街全体で持続可能性を学び実現していく~HLNの存在~

 ハンブルクには、ESDの活動や団体(アクター)が集まる大きなネットワークが存在しており、その中心的な役割を担っているのが「HLN」(Hamburg lernt Nachhaltigkeit)「ハンブルクは持続可能性を学ぶ」という自治体と市民との共同イニシアティブです。HLNは、2005年にハンブルク政府により設立され、ESDに取り組む行政当局、様々な施設、団体、ネットワーク、個人等を構成員とする団体です。多岐にわたる関係者が連携し、市全体で持続可能性に取り組む実践が評価され、HLNは2019年のユネスコ/日本ESD賞(*4)を受賞しています。HLNに見られる行政と市民のこのようなネットワークは、ドイツ国内だけでなく世界中の自治体のモデルとなっています。

ハンブルク・マスタープランESD 2030

 2021年9月ハンブルク市は、2030年に向けて「ハンブルク・マスタープランESD 2030(Hamburger Masterplan BNE 2030)」を策定しました(以下、マスタープランと表記)。この計画は、2017年から2019年にかけて作成され、139名もの人々が計画策定に関わりました。そのうち、省庁・学校・大学といった公的な機関からは49名、教会・財団・連盟・NPO・保育施設といった様々な領域の市民が関わる団体からは90名が集結しました。このマスタープランでは、教育によってハンブルクを持続可能な社会にしていくことが目指されています。この計画文書は全体で44ページにわたり、幼児期から生涯にわたるあらゆる場面で、ESDを学び実践するためにどのような対策を講じていくかについて具体的に提示されています。教育分野を「幼児教育」「学校教育」「職業教育」「高等教育」「学校教育以外の学び(außerschulische Bildung)」「地域での学び」という6つに分けて、それぞれの分野におけるESD推進に関する目標と目標達成に向けた具体的な対策がまとめられています。

図2. ハンブルク・マスタープラン ESD 2030表紙(出典:ハンブルク市ホームページより)
https://www.hamburg.de/contentblob/15185278/1330dfec0260370d6eb591789abc5dd0/data/masterplan-bne.pdf

 マスタープランでは、各教育分野において、複数の行動フィールドが設定され、それぞれのフィールドにおける目標と目標達成に向けた具体的な対策が示されています。例えば、1つ目の教育分野である「幼児教育」では、行動フィールドが5つ示され、フィールドごとに目標と対策に関する説明が続きます。ハンブルクでは、2012年に改訂された「ハンブルク州教育計画」(Hamburger Bildungsempfehlungen für die Bildung und Erziehung von Kindern in Tageseinrichtungen)の中に、すでにESDに関する記載が盛り込まれています。しかし、教育計画に文言として記載するだけでなく、より実践レベルで子どもたちの生活と関連づいた形でESDを展開していくために、マスタープランでは、教育計画、教員研修、園運営における持続可能性などについてさらなる目標と具体的な対策が掲げられています。なお、「ハンブルク州教育計画」は、日本の幼稚園教育要領等にあたるもので、州内の幼児教育施設を対象とした法的な拘束力を持った文書です。

ESDをチャンスに!~教育現場や地域社会の課題解決へ~

 ドイツ・ユネスコ国内委員会によって2014年に出された資料には、教育の現場や自治体レベルにおけるESDの捉え方として次のような考え方が示されています。

  • ESDは重要なチャンスを提供する。
  • 教育は「現場で」だけでなく「現場のために」行われることで、地域の社会構造に直接影響を及ぼす。
  • 「自治体はESDのために何ができるか」ではなく、「自治体のためにESDは何ができるか」が第一に問われている。
  • 自治体の政治戦略や開発戦略にESDを結びつけることは、自治体が持つ喫緊の課題の解決に向けた重要な視点やチャンスとなる。

 つまり、教育現場においても、地域社会においても、課題解決に向けてESDが提示するアイディアを活用するという考え方がはっきりとあらわれているといえるでしょう。ESDのために、教育現場や地域が存在するのではなく、私たちの教育現場や地域をよりよいものにしていくために、ESDを活用していくという発想の転換が、行政や教育などあらゆる場面で市民生活全体に広がっていくことで、ESDは新たな価値を生み出す可能性を持っているのではないでしょうか。
 今回紹介したハンブルクの取り組みからは、教育によって、自分たちの地域を環境的にも社会的にも経済的にもよりよいものにしていくという気概が感じられます。コロナ禍も完全に収束する見通しがまだ立っていないところに、ウクライナ危機が勃発したことにより、地球の将来になかなか希望を持てない社会情勢が続いています。ウクライナ危機を受けて2022年4月に、ハンブルク市はウクライナの首都キーウ市と「連帯と未来のための協定」を締結し、人道的支援を行っています。持続可能な社会には、平和と公正が全ての人に保障されていることが重要な要となります。これまでのハンブルクのホールシティ・アプローチの実践からも、教育は決して無力な営みではないことが示唆されています。このような社会情勢にあるときだからこそ、教育によってできることを足元から探していきませんか。

*1:ハンブルク市は、行政区画上単独で州(都市州)となっています。なお、ドイツは連邦制国家であり、各州に大きな権限が委ねられています。
*2:この国際的なネットワークは、持続可能な社会の構築を生涯学習を通じて実現していくことを目指し、ユネスコ生涯学習研究所が中心となり、学習都市の国際的なプラットフォームとして構築されました。
*3:訳注:BNE(Bildung für nachhaltige Entwicklung)は、ESDのドイツ語表記。
*4:ユネスコ/日本ESD賞は、2015年より日本政府の財政支援のもとユネスコにより創設されました。2019年は、国際審査の結果115件の候補案件から、HLNとボツワナ、ブラジルの3団体に同賞が授与されました。

【参考文献】