学び!とESD

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「フリースペースえん」の実践 ~「いのち」に寄り添う「居場所」づくり~
2022.06.15
学び!とESD <Vol.30>
「フリースペースえん」の実践 ~「いのち」に寄り添う「居場所」づくり~
奈良 明日香(永田研究室大学院生)

「生きている」ただそれだけで祝福される場

 「誰もが『生きている』ただそれだけで祝福される、そんな場をみんなでつくっていきたい。」このような思いをもちながら、30年もの間、学校や家庭、地域に居場所を見出せない子どもたちに寄り添ってきた場所があります。「フリースペースえん(以下、「えん」)」と呼ばれる公設民営のフリースペースです。神奈川県の「川崎市子ども夢パーク」の一角にあり、認定NPO法人フリースペースたまりばが運営しています。冒頭の言葉がまさに体現される「えん」の姿は、SDGsの掲げる「No one will be left behind.(誰一人取り残さない)」と大きく重なります。実際に「えん」での活動は、SDGsゴールの4(質の高い教育をみんなに)の観点から、神奈川県の紹介する「SDGsアクション in かながわ」で取り上げられています。優良なESDの事例として、「ESDグッドプラクティス10事例」の一つに選ばれたこともあります。今回は、この「えん」の実践をご紹介します。
 「えん」の子どもたちは、来る時間も帰る時間も、どのようにして過ごすかも、すべて自分で決めることができます。一見すると、様々な子どもたちが様々なところで様々なことをしている、「混沌」とした場です。なぜ「えん」での実践が、持続可能な社会の実現につながると言えるのでしょうか。

「いのち」を中心に据えた場

 第一に、「えん」では「いのち」が何よりも尊重され、すべての子どもたちが否定されたり排除されたりせずに、ありのまま「存在」しています。土台にあるのは、既存の制度に子どもを押し込めようとするのではなく、「子どもの『いのち』のほうに制度や仕組みを引き寄せる」という考え方です。学校的な評価のまなざしはもちろん、世間の当たり前による比較も区別も存在しません。障害の有無や国籍の違いを超えて、多様な個性があたかかく受け入れられています。「いのち」や多様性の尊重は、ESDの中でも大切にされる価値観です。このような場は子どもたちの安心・安全を保障し、「やりたいこと」への一歩を後押しする力ももっています。
 子どもたちの最善の利益を守るために、「えん」が拠り所としているのは、「川崎市子どもの権利に関する条例」です。この条例は子どもの権利条約を土台として、市民や子どもを巻き込んだ話し合いのもとにつくられました。

写真1 「川崎市子ども夢パーク」や「えん」の至る所に「川崎市子どもの権利条例」についての掲示がある(筆者撮影)

① 安心して生きる権利
② ありのままの自分でいられる権利
③ 自分を守り、守られる権利
④ 自分を豊かに、力づけられる権利
⑤ 自分の決める権利
⑥ 参加する権利
⑦ 個別の必要に応じて支援を受ける権利
表1 「川崎市子どもの権利に関する条例」が保障する子どもの権利

「えん」での学びを支える「つながり」

 第二に、「えん」にはたくさんの「つながり」があります。「つながり」はESDでも重視される観点です。「えん」の「混沌」の中に居心地の良さがあるのは、異質な個性が緩やかにつながり合っているからでしょう。子どもたちと過ごしていると、「どんなこともできる自由な存在」、「どこかに弱さを抱えた存在」として、お互いを認識し合っている感じがします。それは大人に対しても、動植物のような人間以外の存在に対しても、例外ではないようです。「えん」では日々の暮らしを丁寧に積み重ね、夢中になって遊ぶことを通して、五感を存分に使い学んでいます。その中には、「えん」に出入りする大人たちも参加します。多様な立場や世代の人と共に参加体験型で学ぶことは、ESDでも推奨されている学びの方法です。日常の暮らしや多様性、五感など、従来の学校教育からこぼれてしまったものとの「つながり」が、「えん」での学びを支えています。

食に見る「えん」での「ケア」

 第三に、「えん」には「ケア」が行き渡っています。持続可能な開発に「ケア」は不可欠な概念です。「えん」で特に大切にされる「食」は、最も「ケア」に溢れていると感じられる一場面です。「えん」での昼食は、誰でも250円で食べられます。食材には、買い出しに行ったり畑で採れた野菜を使ったり。寄贈された物を使うこともあります。その日の食材を眺めながら「どうやって食べようか。」と対話が始まり、栄養バランスも考えながら献立が決まります。完成すると子どもたちが集まってきて、机を囲いながらみんなでいただきます。食べ終えた後の生ごみは、コンポストへ入れられます。一連の様子から、自分や他者、そして環境にも配慮しながら、日々の暮らしの中心である「食」が営まれていることが分かります。
 「えん」では子どもと大人で話し合って、毎月11日を「震災めしの日」と決めています。その日は買い出しをせずにあるものだけでつくり、昼食代を被災地への支援に充てます。どこまでも「いのち」に寄り添う姿勢が伝わります。

写真2 畑の横に置かれたコンポスト(筆者撮影)

 ESDの課題として、環境面でのケアに比べて社会・経済面でのケアが弱いという指摘もありますが、「えん」では子どもの「いのち」を出発点に、奥深いバランスのとれたESDが展開されています。全国に20万人近くいると言われる不登校の子どもたちを含め、「誰一人取り残さない」教育へ向けて、「えん」の実践には多くのヒントがありそうです。

  • 「えん」をはじめとする認定NPOフリースペースたまりばの活動については、次のリンクをご覧ください。
    https://www.tamariba.org/
  • 7月に『ゆめパのじかん』という映画が公開されます。「川崎市子どもの権利に関する条例」に守られ、「川崎市子ども夢パーク」で自分らしく過ごす子どもたちの姿から、さらに多くを学ぶことができるでしょう。公式ホームページは次のリンクから見ることができます。
    http://yumepa-no-jikan.com/