学び!と美術

学び!と美術

〈子ども―作品―題材〉
2022.08.10
学び!と美術 <Vol.120>
〈子ども―作品―題材〉
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 作品や題材とは何でしょう。作品が完成すれば題材も終了、学力の発揮と成長はできたわけですから、役目は終了でしょうか? 本稿では、一つの作品が自分の夢と固く結びつき、今も生き続けている事例を通して考えてみたいと思います。

12年後のわたし「溶接女子ゴー」

奥村(以下奥):もし、タイムマシンで、これをつくった頃の自分に出会えたら、なんと言いますか?

 今治工業高校機械造船科3年生の村井珠夏さんは即答しました。

珠夏さん(以下珠):今のまま、溶接女子目指して頑張れって言います。

 そう話す彼女の前には、小学校の頃つくった作品があります。題名は「溶接女子ゴー」。溶接工場で働く未来の自分の姿です。お母さんへのあこがれと、溶接の道に進みたいという思いから製作しました。
 10年前、急逝した珠夏さんの祖父が請け負っていた仕事の納期を守るために、お母さんは図面も読めないゼロの状態から溶接工場を引き継ぎました(※1)。幼い珠夏さんは、工場の事務室で宿題をしたり、近くで遊んだりしながら育ちます。珠夏さんにとって、お母さんの姿は「かっこよくて、楽しそう」でした。小学校4年生のとき珠夏さんは溶接の道に進もうと心に決めます。そして、小学校6年生の時、未来の私を粘土でつくる「12年後のわたし」という題材に出会います(※2)。友達は何をつくろうか迷っていましたが、珠夏さんはすぐにこの作品に取り掛かりました。

作品を訪ねて

 作品は、「第44回えひめこども美術展」に入選し、長く自宅の応接間に飾られていましたが、あるきっかけで今治を紹介するTV番組に用いられました(※3)。私たちは、その番組で珠夏さんの作品に出合い、もっと作品について詳しく知りたい、題材の意味を探りたいと思い、取材に向かったのです。

奥:作業服の膝や腰などに茶色を入れているのは?
珠:座って仕事をするからそこが汚れます。
奥:肩やタンクの白い部分は?
珠:溶接の光が反射しているところです。

 作業着の色やダメージ、床の鉄板など、一つ一つの色には明確な意味がありました。ところどころに塗られた白は光の反射を表しています。溶接の際には、強いアーク光が出ます(※4)。その光は工場全体をまばゆく照らします。この作品には、空間全体が溶接の光で輝いている様子も表されていたのです。本人に尋ねなければ分からないことでした(※5)

奥:握っているのは?
珠:溶接のトーチで、指はスイッチを抑えています。
奥:左手は?
珠:溶接用の手持ち面(※6)を握っています。

 一つ一つの形にもすべて意味があります。右手と左手は道具をしっかりと握り、人物の視線は溶接場所の一点を見つめています。片膝をつく姿勢は、溶接する手元がぶれないように体を安定させるためです。フランジ(※7)や取っ手は正確にタンクに「溶接」されています。足元のハンマーはフランジの角度を修正する大事な道具で、リールには溶接ワイヤーが巻かれています。自宅の近くにある工場を訪ねると、トーチ、フランジ、ハンマーなど全て同じ道具がありました。その工場で、幼い珠夏さんは溶接の光で影絵遊びをしたり、作業用のチョークで床の鉄板に落書きをしたりしていたのです。
 この作品について「今、どう思うか」と尋ねると、珠夏さんは次のように答えました。

珠:本当は(・・・)帽子をかぶらないといけないので、そこを直したいです。

 この作品をつくって4年後、珠夏さんは造船科に進みます。帽子以外は、今、この作品通りの作業服姿で溶接に取り組む毎日を過ごしているのです。7月末には溶接の四国大会が行われます(※8)。2枚の鉄板を制限時間内に溶接するのですが、準備の的確さ、ふるまい、仕上がりの美しさなど細かく採点されます。珠夏さんはそのために毎日学校で練習をしています。その姿について、担当の藤田先生はこう語ってくれました(※9)

珠夏さんは本当に頑張り屋さんです。部活と学業の両立も頑張りました。今、溶接を頑張っていますが、頑張り過ぎないように配慮するのが私の仕事ですね。周りの友達からも頑張りは認められていて、部活を引退した男子が応援団といって、勝手に片付けや準備を手伝ってくれるほどです。

 珠夏さんは、造船科初めての女子生徒、友達や先生たちに支えられながら、楽しく学校生活を送っているようです。

作品は、かけがえのない縁起

 本作品には、祖父の病気とお母さんの頑張り、工場や溶接の道具、幼いころ珠夏さんが過ごした時間など様々な資源がつまっています。明るく笑うお母さん、珠夏さんを見守る先生や友達など多くの人々が作品を支えています。「えひめこども美術展」や地域の図画工作教育(※10)、「造船の町」今治市(※11)などともつながっています。それらすべての資源が織りなす縁によって「溶接女子ゴー」は生まれ、そして今も、珠夏さんの夢と結びつきながら、生き続けているのです。
 それは、この作品だけのことではありません。同じことが、全ての子どもたちの作品に言えるのだろうと思います。子どもたちが思いを込めて「未来のわたし」を表す。それは、子どもたちがそれまで生きてきた経験や家族、学校や地域など様々資源をもとに豊かな縁を紡いだ結果です。決して作ったら終わりではなく、様々な縁とつながりながら、今も意味を持ち続けているはずです。それが6年生の終わりを飾る「12年後のわたし」という題材なのでしょう。

 子どもの作品や題材には、「この作品をつくったら、このような学力がつく」という因果だけでなく、多くの縁起が含まれています(※12)。その子の思いや願い、経験や友達との交流、人々の支えや地域などの縁によって作品は生まれ、題材は成立します。
 そうであれば、目の前で行われている学習を作品づくりや学力育成だけでとらえるのは、あまりにもったいないでしょう。想像を膨らませながら子どもたちの世界をとらえ、作品の生まれる様々な縁を感じる必要があるのだろうと思います。そうすることで、先生と子どもたちは、一緒になって、もっと図画工作や美術の豊かさを楽しめるのではないか、そんなことを感じる取材でした。

 「学び!と美術」も、福島大学の天形先生から引き継いで、ちょうど10年となりました。これまでのように筆者が様々なテーマをエッセイ的に書くというスタイルは今回で終了します。今後は、より読者のニーズにあった企画を実施し、新しい著者も加わって連載していきます。

■新刊のお知らせ
コミュニティ・オブ・クリエイティビティ ~ひらめきの生まれるところ~

編著:奥村高明、有元典文、阿部慶賀
→書籍の詳細情報はこちら

<学び!と美術 関連リンク>
■有元典文先生との対談
Vol.98 対談:生存価としての図画工作・美術
Vol.99 対談:ともにかなでる教育実践
■阿部慶賀先生の書籍を紹介
Vol.103 「ひらめき」が生まれる授業

※1:それから10年、お母さんは評判のよい職人さんとして活躍しています。
※2:「12年後のわたし」『図画工作5・6下 見つめて 広げて』日本文教出版 pp.46-47(2015)
※3:NHK総合、小さな旅「船が生まれて~愛媛県今治市~」2022年5月29日放送
※4:服や首元が開いていると日焼けするほど紫外線や赤外線を含む強い光がでます。
※5:子どもの作品を見るときには、絵から分かることは「ほんの一部」に過ぎないことを踏まえておく必要があります。奥村高明「子どもの絵の見方―子どもの世界を鑑賞するまなざし」東洋館 p.77(2010)
※6:紫外線や赤外線を含む強い光から目や顔を守る面。
※7:フランジ(flange)とは、タンクと他の配管などをつなぐツバのこと、円形が多く、接合するための出っ張り部分全体をフランジと呼ぶことが多い。
※8:取材後、第11回四国地区高校生溶接技術競技大会で今治工業高校は団体優勝、珠夏さんは個人第3位入賞(全国大会出場)、さらに全国選抜高校生溶接技術競技会(第6回溶接甲子園)では優秀賞(2位)に輝き、大会史上初めて女子で上位3位に入りました。
https://www.ehime-np.co.jp/article/news202208070008
※9:愛媛県立今治工業高等学校 機械造船科 科長 藤田誠人先生
※10:愛媛県は図画工作教育に熱心な県として有名です。
※11:今治市は愛媛県北部、高縄半島の先端にある人口約15万人の都市、タオルの生産量は全国生産高の60%、湾の両岸には14の造船所が並び、200件の造船業、一万人以上が船をつくっている「タオルと造船の町」です。
※12:作品を「○○さんがつくった見事な作品」というような「個体主義」でとらえることには慎重であるべきでしょう。