学び!と社会

学び!と社会

授業にお役立ち!① 社会科とESD(1)
2022.09.30
学び!と社会 <Vol.10>
授業にお役立ち!① 社会科とESD(1)
大分大学大学院教育学研究科准教授 河野晋也

今回から、先生方が社会科をご指導される際に実践してもらいたいことや実践時に即効性のある学習方法などをテーマとした、「授業にお役立ち!」を連載いたします。

(1)はじめに

 最近では、SDGsは広く認知されるようになりました。街中、テレビやインターネット、広告など様々なところで17色のカラフルなロゴを見かけます。「持続可能な…」という言葉も毎日のように耳にするようになりました。
 持続可能な社会の担い手を育てることは学習指導要領の前文にも記載され、学校教育全体で取り組んでいくことになりました。ESD(持続可能な開発のための教育)を教育の中核に据えることはUNESCOにおいても勧められています。それだけ地球の危機は深刻化しているということであり、同時にその解決のために教育に期待されているものが大きいということでしょう。実際に、様々な教科や校種でSDGsを取り扱うことが増えました。では、特に社会科という教科において、私たちはどのような授業実践をしていくことが求められているのでしょうか。今更のようにも思えますが、今一度立ち止まって考えてみたいと思います。
 今回から3回に分けて、今日的課題を授業で取り上げることを中心に、お話していきたいと思います。第1回となる今回は社会科の授業で、ESDを実践する際に私が大切にしたいと思っていることをお話しさせていただき、第2回以降はそのなかでも特に、問題や教材についてのお話を予定しています。

(2)ESDが目指しているもの

 ESDの歴史は、SDGsよりもずいぶん古く、1992年の地球サミット(国連環境開発会議)において、持続可能な開発を進めるためには教育が重要であることが示され、2002年のヨハネスブルグサミットで、日本政府とNGOが「持続可能な開発のための教育」を提唱しました。では、SDGsを扱うことと、ESDを実践することの違いは何でしょうか。
 ESDの目的は、「問題の解決につながる新たな価値観や行動等の変容をもたらし、もって持続可能な社会を実現していくこと」です。つまり、既有の価値観を持続可能な社会を形成する価値観へと転換すること、そしてSD(Sustainable Development)を支える行動規範を身につけさせることです。同様のことを、UNESCOは「変革のためには『いつもの』考え方、行動、生活様式の外に踏み出すことが必要」という表現で表現しています。持続可能な開発とは何か、SDGsとは何か、どのような問題があるのか、を学ぶことは重要ですが、そこに留まるのではなく、子どもたちが自分のライフスタイルを見直し、これまでの価値判断や意思決定を見つめ直すことがESDの本質だと思います。
 大きな危機を前にして、個人の生活習慣を改めるということがどれほどの意味をもつのか、疑わしく感じる方もおられるかもしれません。もちろん、エコ技術や発電効率の向上など、多くの分野で人々が努力し、科学技術による地球環境の保全に取り組んでいます。先日、ある研究所を訪れる機会がありました。その研究所では空気中のCO₂を収集する技術を研究していました。夢のような技術です。しかし、この技術が温暖化を食い止めるようになるには、あと100年はかかるそうです。ある研究員は、結局は私たちがライフスタイルを変えられるかどうかだ、とも言いました。
 地球環境を守るために科学技術の進歩は不可欠で、非常に重要な取り組みです。しかし、テクノロジーがすべての問題を解決してくれるというわけではありません。技術の進歩だけではもう間に合わない状況になりつつあり、私たちがどれだけ生活習慣を変えていけるか、その日々の意思決定は重要な意味をもつと思っています。社会科では、問題解決的な学習過程のなかで、または意思決定をしていくなかで、様々な価値を考えることができます。持続可能な社会の担い手を育成するうえで、社会科に求められているものは大きいと思います。

(3)ESDを実践する際に大切にしたいこと

 では、社会科では、どのようにESDを実践していくのでしょうか。どのように意思決定や価値判断をさせていくことができるでしょうか。様々な考え方があると思います。その一つとして、どんな人に出会わせるか、どのような人の生き方に気づかせるか、は重要なポイントではないかと思います。
 少し話がそれますが、SDGsのゴールを見るだけでは、なかなか切実な問題だと考えることは難しいように思います。一つひとつのゴールやターゲットはどれも重要な事柄ばかりですが、それらは子どもたちにとっても十分理解できる「正しさ」です。例えば、「良くないな」「困ったな」というひっかかりをつくるなどして、思考が促すしかけが必要ではないかと考えます。では、大量の食品ロスの写真や、プラスチックごみであふれる海岸を見せれば、子どもたちは考えてくれるでしょうか。たしかに「このままではいけない」「なんとかしなきゃ」と考えてくれる子どもはたくさん出てきそうです。そして「食べ物やごみを捨てない/捨てさせない」「ロスを減らしごみを再利用する」などの結論にいたるでしょうか。一つの在り方だと思います。しかし、持続可能な社会を追求することの難しさは、正解がわかっているのに実現しがたいところにあるように思います。食品ロスを減らせばいい、ごみを捨てさせなければいい、という結論は、多くの子どもたちは(少なくとも頭のなかでは)それほど抵抗なく受け入れてくれるでしょう。でも、本当の問題は、そうすべきなのに(きっと大人もそうすべきだと知っているはずなのに)なぜこれまで実現できないのか、ではないでしょうか。これはなかなかシビアな問いですが、このような問いが生まれて初めて、探究がスタートするのではないか、授業のなかで考える価値があるのではないかと思います。
 複雑で、解決が難しいけれど、探究のしがいがある問題は、具体的な状況や文脈のなかで、たくさん出会うことができます。実社会で働く人々は、このような複雑な問題に向き合い、課題解決を繰り返している人々です。社会科では、地域のスーパーマーケットの店員さん、工場で働く人、安全を守る人、農家の人、歴史上の人物まで、様々な人と出会うことができます。そうした人々の取り組みのなかには、(意図してかどうかは別として)持続可能な社会づくりに関連しているものも多くあります。「電力を多く消費するが、ハウス栽培をしなければ買ってもらえない」、「安全な製品をつくるためには、検査を厳しくしなきゃならない。そのぶん、多くの廃棄物が出てしまう」、このような問題に向き合い、決断を迫られているときには、その人の価値観が判断に表れていることでしょう。なかには、「本当はお店の利益にならないのにしている」、「手間がかかるはずなのにわざわざしている」というような、持続可能な社会の担い手としての価値判断をされていることがあるかもしれません。その背景にある考え方や生き方、こだわりにふれることは、子どもたちが「持続可能な社会の担い手」としての生き方を考えるうえで、一つのモデルになるものであり、ぜひ子どもたちに出会わせたい姿だと思います。

(4)“We are in a battle for our lives. But…”

 現在の地球は、非常に厳しい状況にあります。人が住める星であり続けられるかどうかの瀬戸際と言っても過言ではないと思います。そのような現代では、気候不安症と言われるように、過度の不安や無力感、絶望感を感じてしまう子もいるかもしれません。しかし、実社会で懸命に取り組んでいる大人の姿は、まさにモデルとなって、何をすべきかを子どもたちに示してくれます。諦めることなく、より良い生き方を模索する姿が、子どもたちの無力感をやわらげ、勇気づけてくれるのではないかと思います。ESDの国際的な枠組みである“ESD for 2030”のなかには、“We are in a battle for our lives. But it is a battle we can win.”という言葉があります。子どもたちを不安にさせるESDではなく、前を向いてより良い社会を構想していくような、ESDであってほしいと思います。
 ほかにも、ESDにおいて、人に出会うことの良さはたくさんあることでしょう。なかなか人と関わりをもつことが難しい時期が続いていますが、より良い社会、より良い地域を創っていくために、懸命に活動している人の生き方を感じることができるような出会いを授業のなかに取り入れていただきたいと思います。私自身も、先生方のESD実践に多く学ばせていただきたいと思っています。

【参考文献】
・奈良教育大学ESD書籍編集委員会(2021)『学校教育におけるSDGs・ESDの理論と実践』
・UNESCO(2020)、Education for sustainable development: a roadmap