学び!と共生社会

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障害者権利条約の履行に関する審査結果とインクルーシブ教育
2022.09.26
学び!と共生社会 <Vol.32>
障害者権利条約の履行に関する審査結果とインクルーシブ教育
大内 進(おおうち・すすむ)

 日本が、国連の障害者権利条約を批准したことについては、これまでも紹介してきましたが、この8月に国連の権利委員会によって、日本におけるこの条約の履行に関する審査が行なわれました。そして、9月9日にその審査結果が報告されました(*1)。審査内容は、日本の障害者施策全般にわたって大変厳しいものでした。いわゆるインクルーシブ教育についても大変厳しい要請が示されました。この要請に拘束力はないものの、尊重することが求められます。そこで、今回は、急遽このホットニュースを取り上げることにしました。

障害者権利条約について

 障害者権利条約は、障害者の⼈権や基本的⾃由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定し、市⺠的・政治的権利、教育・保健・労働・雇⽤の権利、社会保障、余暇活動へのアクセスなど、様々な分野における取組を締約国に対して求めています。
 障害者権利条約の内容と日本の批准に至る経緯については、平成28年版障害者白書(内閣府)(*2)に記されていますが、それらを基にして整理したものが表1になります。

表1 「障害者の権利に関する条約」関連年表

平成18(2006)年12月

第61回国連総会本会議においてコンセンサス採択

平成19(2007)年9⽉28⽇

我が国が同条約に署名

平成20(2008)年5⽉

条約が発効。障害者に関する初めての国際約束

平成21(2009)年12⽉

内閣総理⼤⾂を本部⻑、全閣僚をメンバーとする「障がい者制度改⾰推進本部」を設置。政府は、条約の締結に先⽴ち、国内法の整備をはじめ諸改⾰を進めるべく集中的に国内制度改⾰を進めていくこととした

平成23(2011)年8⽉

「障害者基本法」の改正

平成24(2012)年6⽉

「障害者の⽇常⽣活及び社会⽣活を総合的に⽀援する法律」(「障害者総合⽀援法」)の成⽴

平成25(2013)年6⽉

「障害者差別解消法」の成⽴及び「障害者雇⽤促進法」の改正

平成25(2013)年10⽉

様々な法整備等により⼀とおりの国内の障害者制度の充実がなされ、条約締結に向けた国会での議論が始まる

平成25(2013)年11⽉19⽇

衆議院本会議において障害者権利条約の締結を承認

平成25(2013)年12⽉4⽇

参議院本会議において障害者権利条約の締結を承認

平成26(2014)年1⽉20⽇

⽇本が障害者権利条約の批准書を国連に寄託

平成26(2014)年2⽉19⽇

日本について、障害者権利条約が発効

平成28(2016)年6月

初回報告提出

令和2(2020)年8月

予定していた障害者権利委員会による初回審査が、コロナ感染拡大のため延期

令和4(2022)年8月

障害者権利委員会 初回審査

令和4(2022)年9月

障害者権利委員会 総括所見採択・公表

 我が国は、本条約の起草段階から参加し、条約の締結に先⽴ち、障害当事者等の意⾒も踏まえ国内法の整備をはじめとする国内制度改⾰を進めてきました。これを受けてひととおりの国内の障害者制度の充実がなされたことから、条約締結に向けた国会での議論が始まり、衆議院本会議及び参議院本会議において障害者権利条約の締結が承認され、平成26年1⽉20⽇、⽇本は障害者権利条約の批准書を国連に寄託、同年2⽉19⽇に発効しました。

「条約に基づく義務履⾏」に関する政府報告の作成

 障害者権利条約の第35条は、各締約国が「条約に基づく義務を履⾏するためにとった措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する包括的な報告」を国連に設置されている「障害者の権利に関する委員会(以下「障害者権利委員会」)」に提出することを定めています。特に、初回の報告については、条約発効後2年以内に、それ以降は少なくとも4年毎に報告を提出することが求められています。条約第36条により、提出した報告は障害者権利委員会によって検討され、提案や勧告が⾏われることとなっています。つまり、この委員会は、障害者権利条約の実施に関する国際的監視の役割を果たしているといえます。我が国においても、条約の規定に従い、条約の実施状況に係る最初の政府報告を障害者権利委員会に提出することが求められており、新型コロナウイルス感染拡大の影響で遅れていましたが、本年になって、その手続きが進められたということになります。

「教育」に関連する審査の内容

 9月9日に公表された審査報告は、冒頭で障害者差別解消法、バリアフリー新法、読書バリアフリー法、障害者文化芸術活動推進法、障害者雇用促進法等の法整備が進んだ点を評価しています。しかしながら、個別の政策面での評価は大変厳しいものでした。
 教育分野については、分離された特別な教育を廃止してインクルーシブ教育に移行する国としての行動計画を示すこと、障害のある子どもの通常の学級での教育を保障し、それを拒否しないことを保証する「拒否禁止」条項を示すことなど6項目にわたる要請が盛り込まれています。詳細は、審査報告の仮訳を参照してください。(*3)

今後の展開

 我が国のインクルーシブ教育への取り組みは、「インクルーシブ教育システムの構築に向けた特別支援教育」ということで進められてきています。特別支援教育の枠組みからインクルーシブ教育に迫るという動きが強く感じられます。
 それに対して、国連の障害者権利委員会の審査報告は、通常の学級の側からの体制整備や教員研修の充実などの取り組みを求めています。インクルーシブ教育を実現するためには、例えば学級規模を小さくする、教育課程の在り方を検討するなどの根本的な条件整備に関する議論も不可欠だと思われますが、いずれにしても、国連の障害者権利委員会が求めているインクルーシブ教育と日本の「インクルーシブ教育システムの構築に向けた特別支援教育」の方向性に齟齬があるようにも受け止められます。
 条約は本来、国際法上の法形式ですが、日本国憲法の第98条第2項において、条約を誠実に遵守することが定められています。このことから、条約は国内の法律に優位すると解されています。その点で今回の国連の障害者権利委員会の審査報告を無視することはできません。いずれ、公式の日本語訳が示され、それに基づいて分析・検討が進められ、きちんとした見解が示されることと思いますが、その推移を見守っていきたいものです。

*1:障害者権利条約履行に関する総括所見(英文)
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD%2fC%2fJPN%2fCO%2f1&Lang=en
*2:平成28年版障害者白書 第2章 障害者権利条約批准後の動き
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h28hakusho/gaiyou/h02.html
*3:「障害者の権利に関する委員会第27回セッション 日本の第一次報告書に対する最終見解」仮訳
http://porque.tokyo/_porque/wp-content/uploads/2022/09/CRPD_C_JPN_CO_1_49917_E-ja-2.pdf