学び!と共生社会

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児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)とインクルーシブ教育
2022.10.25
学び!と共生社会 <Vol.33>
児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)とインクルーシブ教育
大内 進(おおうち・すすむ)

 前回、国連の「障害者権利条約」の日本における履行状況に関する審査の結果について取り上げました。審査で示された内容が、日本の障害者施策全般にわたって厳しいものであったこと、とくに教育の分野については、分離された特別な教育を廃止してインクルーシブ教育へ移行することについて国としての行動計画を示すことなどの要請が盛り込まれていたことを紹介しました。
 大変厳しい内容であり今後の動向が気になるところですが、障害がある子どもへの対応という観点から見ると、「障害者権利条約」以前にも、日本は別の条約を批准しています。「児童の権利に関する条約(子ども権利条約)」です。この条約にも、「障害がある子ども」についての規定があります。この条約が採択されたのは1989年で、日本は1990年に署名し、1994年に批准しています。この条約でも批准後にその履行状況に関する審査が行われます。すでに5回の対日審査が行われているのですが、「障害がある子ども」への対応については、いずれの回でも厳しい審査結果を受け続けてきています。そこで今回は、「障害者権利条約」との関連で「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」について取り上げてみたいと思います。

児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)

 「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」(*1)は、子どもが一人の人間として基本的人権を所有し、行使する権利を保障するための条約です。なお、この条約については、外務省による仮訳では「児童の権利に関する条約」となっていますが、「子どもの権利条約」という表現も併用されています。原文のchildが未成年者=18歳未満の者となっていて、「児童」の枠組みでは収まりきらないことから「子ども」という用語が使われるようになったのです。1993年8月の国会において、条約名称として「児童」と「子ども」との用語の併用が確認されています。

児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)における「4つの原則」

 「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」では、18歳未満を子どもとして定義しているのですが、年齢にかかわらず、すべての子どもが大人と同じ人間として平等であり、主体的には生きる権利を持つ存在として定めています。
 しかし、大人への成長段階にある子どもは身体的・精神的に未熟であり、経済力が備わっていません。弱い立場の子どもが自立できるまでに十分な配慮や保護が必要なため、子どもの権利条約には子どもならではの権利も盛り込まれています。unicefの「子どもの権利条約」のサイトでは、子どもの権利条約における根源的な理念として、下記の「4つの原則」を示しています。(*2)

 ●生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)
 すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます。
 ●子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)
 子どもに関することが行われる時は、「その子どもにとって最もよいこと」を第一に考えます。
 ●子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)
 子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します。
 ●差別の禁止(差別のないこと)
 すべての子どもは、子ども自身や親の人種、性別、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます。

児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)と「障害を有する児童」

 障害がある「子ども」に焦点を充てると、とくに「差別の禁止」の原則がクローズアップされるのですが、この点において、この条約の履行状況を審査する「児童の権利委員会」の日本での取り組みに対する見解は大変厳しい内容になっています。すでに、この条約については児童の権利委員会から5回の審査を受けているのですが、2019年の「第4回・第5回政府報告に関する総括所見」において、障害を有する児童に関しては次のような記述が認められます。(*3 太字は筆者による)

障害を有する児童
32. 委員会は,合理的配慮の概念を導入した2011年の障害者基本法改正及び2013年の障害者差別解消法の採択を歓迎する。障害を有する児童の権利に関する一般的意見第9号(2006年)に留意し,委員会は,前回の勧告(CRC/C/JPN/CO/3,パラ59)を想起し,締約国が,障害について人権を基盤とするアプローチをとり,障害を有する児童を包含するための包括的戦略を確立し,以下を勧告する。
(a)障害を有する児童に関するデータを恒常的に収集し,効率的な障害診断システムを発展させること。これは,障害を有する児童のための適切な政策及びプログラムを整備するために必要である。
(b)統合された学級における包摂的教育を発展させ実施するために適切な人的・技術的資源及び財源に支えられた施策を強化すること,また,専門教員及び専門家を養成し,学習障害のある児童に個別支援やあらゆる適正な配慮を提供する統合された学級に配置すること。
(c)学童保育サービスの施設及び人員に関する基準を厳格に適用し,その実施を監視するとともに,これらのサービスが包摂的であることを確保すること。
(d)障害を有する児童が早期発見介入プログラムを含む保健サービスにアクセスできることを確保するための即時措置をとること。
(e)教員,ソーシャルワーカー,保健,医療,治療やケアに従事する人材等,障害を有する児童とともに働く専門スタッフを養成し,増員すること。
(f)障害を有する児童に対する汚名及び偏見に対処し,こうした児童の肯定的なイメージを促進するために,政府職員,公衆及び家族を対象とする意識啓発キャンペーンを実施すること。

 これらの内容から、「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」においても、学校教育段階におけるインクルーシブ教育(inclusive education、仮訳では「包摂的教育」)の充実を求めていることが理解できます。
 このことについては、これまでの審査でも指摘されてきていて、引き続き取り上げられていることになるわけですが、マスコミなどによって国内で大きく取り上げられることはありませんでした。改めて、インクルーシブ教育への取り組みが、「障害者権利条約」以外でも課題となっていたことを確認しておきたいと思います。
 また、国連の委員会から回を重ねて勧告され続けているということは、国連条約が批准するだけでは済まないということを改めて認識させられます。次回(第6回・第7回)の報告書の提出期限は2024年11月21日となっているということですので、引き続き今後の動向を注意深く見守っていきたいものです。
 いずれにしても、インクルーシブ教育の充実については、「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」の関連では国連の児童の権利委員会による審査がこれからも続きますし、さらに「障害者権利条約」の関連でも、国連の障害者権利委員会の審査が継続していき、その履行が引き続き求められていくことになります。
 「共生社会」の実現という観点から、「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」及び「障害者権利条約」の審査で指摘されていることについては、国や政府の問題ということだけでなく、社会の構成者自身の問題でもあるという認識をもって注視していくことが大事ではないかと思われます。

*1:「児童の権利に関する条約」
(全文) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html
(概要) https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h24honpenpdf/pdf/ref6.pdf
*2:「子どもの権利条約」
https://www.unicef.or.jp/kodomo/kenri/
*3:「国際連合 児童の権利委員会日本の第4回・第5回政府報告に関する総括所見(仮訳)」
https://www.mofa.go.jp./mofaj/files/100078749.pdf