学び!とESD

学び!とESD

幼児期のESD 〜ドイツ・ハンブルクの取り組み〜
2022.10.17
学び!とESD <Vol.34>
幼児期のESD 〜ドイツ・ハンブルクの取り組み〜
木戸 啓絵(聖心女子大学大学院永田研究室・東海大学児童教育学部専任講師)

ハンブルクの教育計画

 5月の学び!とESD<Vol.29>では、持続可能な社会の実現に向けたドイツ・ハンブルク(*1)の取り組みについて紹介しました。今回は、このハンブルク州の教育計画やESDの手引きについて紹介します。なかでも、学びのスタートである幼児期に焦点を当てて見ていきたいと思います。

図1.ハンブルク州の教育計画表紙(出典:Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration(2012))

 ハンブルク州の教育計画では、2012年に改訂版が出されていますが、「持続可能性」に関して詳しく記述されています。なお、この教育計画は0歳から6歳の幼児が対象となっていて、ハンブルク州のすべての保育施設に対して法的な拘束力を持った文書です(*2)
 この教育計画の中では、「持続可能な社会とは何か」についての説明、ESDの制度的な背景や目的、幼児期のESDの理念と実践について、詳しく説明されています。以下に、その一部を紹介します。

 特に園では、ESDの理念における価値教育を通して、子どもが現在と未来の生活の中心的な問題について、持続可能な発展の価値を学び、その意味を考える機会を与えられる。アセスメント・コンピテンシー(Bewertungskompetenz)とは、さまざまな文脈の中での知識、共感、違いを認識する能力であり、それは具体的な試みを通して育成される。
 子どもは、自分の意見を真剣に受け止められ、園生活を形成するプロセスに参加することを通して、アセスメント・コンピテンシーを伸ばす。日常生活の中で持続可能な価値観を志向するとき、他者から伝えられるのではなく、価値とはそもそも何を意味し得るのか、そして何を意味しているのかを体験することを通して、子どもがこうした価値観に意識的に取り組む機会を持つべきである。子どもは、この世界で生きることや人と共存することの価値、意味、働きについて熟考できなくてはならない。その意味で、園の設備や園生活を持続可能な発展の原則に従って設計することが基本となる。食料、エネルギー、水の責任ある使用、他の人々との交流、自分を尊重する体験は、良い生活モデルとなり得る。

 このように教育計画の中では、持続可能な発展の価値について体験を通じて学んでいくことや、ESDに取り組む中で育まれるコンピテンシーについても言及されています。さらに、持続可能性の理念だけでなく、日常生活の中で体験を通して実践していくことが目指されています。そこで重要になるのが「ホールスクール・アプローチ(ホール・インスティテューション・アプローチ)」です。園全体で持続可能な生活を営んでいくことが求められているという意味が、このアプローチには込められています。他にも、この教育計画には、具体的な保育内容と関連させた記述が多く見られます。

ESDの手引き

 それでは、実際にどのような実践が行われているのでしょうか。次に、ハンブルク政府が中心となって作成した保育施設向けのESDの手引きからその一部をご紹介します(*3)。そこでは、ハンブルクの園で実際に行われた保育事例が紹介され、実際の子どもや保護者の声も取り上げられています。

図2.ESDの手引き表紙(出典:Save Our Future–Umweltstiftung; Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration (2019))

 まず事例としては、以下の、3つの園での取り組みが紹介されています。

実践例1:「Tシャツの旅」(ドイツ・中国幼稚園)
実践例2:「知識と意志を行動に移す」(ヴィーベン・ペーター通りこども園)
実践例3:「少ないことは、多いこと」(シャッツキンダーこども園)(*4)

 ここでは、その中から「実践例3」を紹介してみたいと思います。
 シャッツキンダーこども園では、長年にわたって持続可能性というテーマに取り組んでおり、園全体としてESDの理念を実践しています。「少ないことは、多いこと」というモットーのもと、資源を大切にした経営や調達など数々の取り組みが行われています。園の中で何が必要となり、どのように取り揃えるのかについては、可能な限り子どもたちの意見も取り入れられてきました。そうすることで、ESDの理念に向けた長期的な変化を数多く実現することができるようになります。
 例えば、動物性食品と植物性食品を「持続可能性のメガネ(Nachhaltigkeitsbrille)」で見ることによって、卵、牛乳、既製品がどこで作られたものなのかが見えてきます。その結果、ベジタリアンやビーガンの食事の提供が多くなり、卵はほとんど避けられ、牛乳の代わりに植物性の代替品も提供されるようになりました。この施設では、全粒粉製品を中心に、有機栽培の地域食材や旬の食材を購入しています。また提供される飲料は、水道水とガラス瓶に入った水です。園の畑では、子どもたちがハーブを育て、鳥の巣箱やミツバチや蝶の家もあります。畑で過ごす子どもの声も次のように紹介されています。
 「私たちの畑で、ちょうちょうやミツバチがどのように働いているのかを観察しました」(4歳エリーザ)
 ほかにも、ゴミ問題に取り組むことで、包装されていないものを購入することが増えているようです。園では、子どもたちとノンパッケージ・ショップに出かけたり、自分たちでパンを焼いたり、夏にはジャムを作ったりします。夏には手作りジャム、秋には手作りリンゴソースなど、季節に合わせていろいろなものを作りますが、これは包装の節約にもなります。また、包装物が出た場合には、子どもの製作物に使われます。パーティーがあるときは、保護者が食器を持参します。園内のプラスチック製のおもちゃは、少しずつ木のおもちゃに置き換わっています。他にも、ペーパータオルの代わりにタオルを使用し、ハンドソープと洗浄液がマイクロプラスチックフリーの製品になりました。紙とトイレットペーパーは再生紙のみを使用しています。園のリフォームの際も環境に配慮した塗料のみを使用しています。エネルギーとサステナビリティを重視し、すべての電化製品にスイッチ式の電源タップが装備され、全館で省エネタイプの電球のみを使用しています。
 このように、シャッツキンダーこども園は、園生活に関わるさまざまな点で環境に配慮した取り組みを実践しています。
 さらに、保育者と子どもだけで取り組むのではなく、保護者を巻き込んだ活動が行われているという点も重要でしょう。ESDの手引きには、保護者との関係性について次のように書かれています。

 こども園は、子どもたちやそこで働くスタッフにとってだけでなく、家庭や全ての人にとって学びの場となりますので、 誰もがここに参加できることが理想です。定期的で信頼に満ちた交流を通じて、保護者が園生活に参加することによって、保護者自身が真剣に、ロールモデル、専門家、学習者として自分を認識するようになります。
 保護者会やお手紙、掲示板やプロジェクトのドキュメンテーション、家庭訪問、また、遠足や活動、お祝い会への保護者の参加など、どの園でも保護者の関わりが重要な役割を担っているので、保護者による協力の基本的な柱はすでに確立されていることが多いのです。保護者同士が交流し、保護者自身が興味や能力を発揮することができれば、保護者も含めた形で、全体的かつ持続可能な発展という視点から教育が実現されるようになります。
 例えば、ある父親は次のように言っています。
 「KITA21(*5)をきっかけに、私生活でも持続可能性について積極的に取り組むようになりました。園の遠足に同行でき、子どもたちを自分の職場に招待しました。みんなにとって大変勉強になり、保護者同士の連絡も密になりました。(3歳児レニーの父オーレ)」

写真3.持続可能性の学びの場であるこども園(出典:Save Our Future–Umweltstiftung; Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration (2019))

 ハンブルクの事例からは、家庭や地域とつながりながら、子どもの活動が社会とリンクしていく姿を見て取ることができます。実際の子どもたちの園や家庭での生活が、持続可能性の視点から具体的に見直され、さらに園や家庭といった子どもにとっての社会が変容している点は重要なポイントでしょう。
 教育計画や手引きの中には、単に持続可能性について抽象的にその理念が記載されているのではなく、幼児期の子どもたちと実際の園生活の中でどのように持続可能なライフスタイルを実践していくか、既存の保育内容と持続可能性がどのように関連づくのかについて、詳しく説明が加えられています。また、ハンブルクに限らずドイツでは、保育者向けの学びの機会をさまざまな形で保障する仕組みが構築されています。
 今回紹介したハンブルクの園の取り組みのいくつかについては、すでに日本の園でも実践されているものもあるでしょう。また、日本にもさまざまな地域で、ESDの取り組みが広がっています。しかし、まだ現場を支える仕組みづくりが追いついていないようにも思われます。このままでは、持続不可能な社会に追従するような教育を続けていくことにもなりかねません。持続可能な社会を子どもたちとともにみんなで作っていく、そのような教育を幼児期から始めていくことができるはずです。教育が社会を変えていく、教育から持続可能な社会を創造していく、そのような仕組みの構築が幼児期から目指され、きめ細やかなガイドラインや実践の手引きが存在するドイツの取り組みから学ぶ点は少なからずあるのではないでしょうか。

*1:ハンブルクは、ドイツ北部の港湾都市で「自由ハンザ都市ハンブルク」と呼ばれています。行政区画上単独で州(都市州)となっています。ドイツは16の州から構成される連邦制国家であり、各州に大きな権限が委ねられています。そのため、州ごとに、文部科学省や厚生労働省に相当する省があり、それぞれの州が独自の教育計画や手引きを出しています。
*2:Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration(2012). Hamburger Bildungsempfehlungen für die Bildung und Erziehung von Kindern in Tageseinrichtungen.
 このハンブルク州の教育計画については、下記拙稿にその詳細が記されています。
木戸啓絵(2023)「持続可能な社会への変容と行動を促す保育―ドイツ・ハンブルク州の教育計画分析―」日本保育学会『保育学研究』第61巻(2022年10月9日受理、2023年発行予定)
*3:日本の文部科学省、厚生労働省にそれぞれ相当する省庁の手引きが刊行されていますが、ここでは後者の手引きの方を取り上げ見ていきたいと思います。

  • 文部科学省に相当する省庁の刊行した手引き:
    Behörde für Schule und Berufsbildung (2020) KLEINE KINDER –Bildungsprogramm für Vorschulklassen in Hamburg. Lehmann Offsetdruck und Verlag GmbH.
  • 厚生労働省に相当する省庁の刊行した手引き:
    Save Our Future–Umweltstiftung; Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration (2019). Kitas auf dem Weg in die Zukunft–Bildung für eine nachhaltige Entwicklung in Kindertageseinrichtungen gestalten.PerCom Druck- und Vertriebsgesellschaft mbH.

*4:シャッツキンダー(Schatzkinder)とは宝物の子どもたちという意味。
*5:KITA21とは、北ドイツを中心に広がる持続可能性をテーマにしたプロジェクト。