学び!と共生社会

学び!と共生社会

「超福祉の学校2022@SHIBUYA」に学ぶ
2022.11.28
学び!と共生社会 <Vol.34>
「超福祉の学校2022@SHIBUYA」に学ぶ
大内 進(おおうち・すすむ)

 今回は、11月4日から6日まで、渋谷のヒカリエ8階で開催された、令和4年度の「超福祉の学校2022@SHIBUYA」について紹介します。

「超福祉の学校@SHIBUYA」とは

 このイベントは、障害の有無にかかわらず、共に学び生きる共生社会の実現と障害者の生涯学習の推進を目指して、ピープルデザイン研究所主催、文部科学省、渋谷区共催で開催されているものです。もともと「超福祉」の日常を体験しようと、障害のある方、支援者、教育関係者、教育関係者などがシンポジウムやトークセッションを通じて思いを発表し学び合う場として2019年から開催されていたのですが、2021年からは、文部科学省と渋谷区の共催となり「超福祉の学校@SHIBUYA」としてリスタートしたということです。

「超福祉の学校2022@SHIBUYA」の概要

 今年のテーマは、「超福祉の学校2022@SHIBUYA~障がいの有無を飛び越えて、つながる学び舎~」でした。概要については、文部科学省のサイト(*1)や特別サイト(*2)から確認していただけます。
 障害の有無にかかわらず、共に学び、共に生きる共生社会の実現を目指し、全国各地の共生社会の実現に向けた具体的なアクションや障害者の生涯学習などに関する13のプログラムがオンライン、オフラインで渋谷から全国に発信されました。そのプログラムは以下の通りでした。

  1. 留学?移住?海外では知的障がいのある人はどう学んでいるの?
  2. 豊かに生きるための生涯学習
  3. インクルーシブ社会や文化の構築~大阪・関西万博に向けた動き(お茶や音楽を通じた協奏社会)
  4. 生涯に学ぶ。生涯で学ぶ。~それぞれの学びのデザイン~
  5. 超福祉の学校プロジェクト成果報告会
  6. 共に生きる?共に学ぶ?~共に生きるための学びをどうつくるか~
  7. 共に学び、共につくるハッピーな未来~これからの超福祉教育~
  8. ココロとカラダにちょうどいい、未来のインクルーシブを語ろう!
  9. 人と性の多様性から学び、育む。子どもたちが輝ける未来社会へ
  10. アートでおしゃべり~サイレント~
  11. 読書支援の最先端~よむことが困難な人のために~
  12. 視覚障がい者と表現するよろこびを探求する
  13. 神奈川発!みんなにとっての「学び」の意義・可能性を考えよう

 これらのプログラムのうち、いくつかはYouTubeでも配信されています(*2)。視聴いただけると共生社会の実現に向けた学校での対応についてのヒントが得られるのではないかと思います。

「超福祉の学校2022@SHIBUYA」のセッションから

 どのセッションも興味深かったのですが、その中でも共生社会の実現と学校教育との関わりで特に印象に残った2つのプログラムについて、紹介しておきたいと思います。

1.留学?移住?海外では知的障がいのある人はどう学んでいるの?

 このセッションは、古市理代さん(NPO法⼈アクセプションズ 代表理事、NPO法⼈ピープルデザイン研究所 理事)の司会で進められました。ダウン症のあるお子さんを育てているニューヨーク在住の町塚聖⼦さん(総合内科専⾨医、オンライン参加)と⻑⾕部真奈⾒さん(経済キャスター、NPO法⼈アクセプションズ理事)のお二人からご経験とアメリカの⼤学の障害のある学生向けのプログラムが紹介され、知的障害のある⼈の学びの可能性について語られました。
 町塚さんからは、アメリカのSpecial Educationが紹介されました。アメリカの教育ではソーシャルエモーションラーニングが重視されていること、また近年は、Diversiy(多様性),Equity(公正),Inclusion(包含)も重視され、多くの学校や企業がこの「DEI」を組織のポリシーと掲げるようになってきていることが示されました。平等と公平ということが学校教育にも反映され、その上にインクルーシブ教育が成立していることも示されました。つまり公正(equity)が担保されてこそ平等(equality)が成り立つということです。日本では公正と平等の捉え方が明確でなく、それがニーズのある子どもの教育にも影響を与えているところがあるのではないかと受け止めました。
 また、アメリカの「知的障害者向け大学プログラム」の紹介も目を見張るものがありました。具体的にはジョージ・メイソン大学の「Mason LIFEプログラム」で、知的障害がある学生向けの高等教育プログラムです。このプログラムの特徴は『共に学び、共に働き、共に生活するという経験は、全ての学生に相互に利益をもたらす』ということが基礎になっていること、入学した学生は学問だけでなく、自立した生活を送り、社会と関わり、働くためのトータルスキルを学ぶこと、単位を取得しなければ卒業資格は得られないが、ダウン症で学士号を取得した学生も出てきていることなどを知ることができました。
 また、Think College(*3)というインクルーシブな高等教育における研究と実践の開発、拡大、改善に取り組んでいるサイトが立ち上げられていることも紹介されました。知的障害がある学生の大学進学に関するリソースなどが提供されており、2022年時点で全米の313校が登録しているそうです。
 日本では、一般学生の7割以上が高等教育機関に進学しているのに対して、障害がある学生の進路は大きく異なっています。過半数が社会福祉施設に入所・通所し、3割が就職しています。大学等への進学は2%ほどに過ぎません。アメリカの教育については、批判的にとらえる声も聞かれますが、通常の教育における障害がある生徒の受け入れが進み、それが知的障害がある学生の大学進学にまでに達しているというファクトについては、多くの教育関係者に知っておいてほしいものです。
 長谷部さんからは、ダウン症のあるお子さんのハワイでのサマースクール体験が語られました。保育園までは一緒に生活していたお子さんが、特別支援学級に入学することになったら、入学式は別々に入場、集合写真も別に撮影と入学初日から日本の特別支援教育に大きな衝撃を受けたということです、その後にインクルーシブな対応もお願いしたものの定着することはなかったということから、長谷部さんは海外の学校で教育を受けられるような選択肢を作ってあげたいと思われるようになりました。また、障害の有無にかかわらず、多様性を受け入れる、辛抱強くなるなど海外経験で学べることがあるのではないかという思いもあったそうです。
 「障害がある子どもが海外留学できるのか」という不安からスタートしたものの、現地の学校は大歓迎で付き添いも求めず、「ノーバリア」で一般の子どもと同じように過ごすことができた5週間だったということです。長谷部さんは、ハワイまで来てやっとインクルーシブ教育を体験することができたと語っておられました。
 昨今、障害がある子どもの将来を考えて海外への留学や移住などを視野に準備をする家庭も増えているということですが、改めて共生社会の実現への道のりの厳しさについて考えさせられました。

6.共に生きる?共に学ぶ?~共に生きるための学びをどうつくるか~

 このセッションは、⻘⼭鉄兵さん(⽂教⼤学⼈間科学部)の司会で、そもそも共に生きるとは、共に学ぶとはといった、よくあるスローガンを問い直すというチャレンジングな目的で開催されました。障害がある人が地域で共に楽しむ、遊ぶ、ありのままに暮らす活動に取り組んでいるNPO法⼈クリエイティブサポートレッツ理事⻑の久保⽥翠さん、NPO法⼈ポラリス代表理事の⽥⼝ひろみさん、⼀般社団法⼈みんなの⼤学校代表理事の引地達也さんの3人からそれぞれの活動が紹介されました。
 それぞれの組織での活動は、学ぶことが予定調和的に考えられ進められている学校教育には大変厳しく、多くの学校教育に携わる人々には受け入れがたいと思われる取り組みもありました。
 久保田さんは、いわゆる重度の障害があるお子さん、たけしさんの保護者でもあるのですが、現在26歳になるたけしさんのこれまでの学びを次のように振り返っておられます。

 「特別支援学校の12年間、本当にいい先生に恵まれていたが、獲得できたものは何もなかった。身辺自立もできないし、排泄もできない。唯一、入れ物に石を入れてたたきつける行為だけが残った。特別支援学校では、それが問題行動とされてすごした。そのように決めつけてはいけないのではないか。」

 そうした親の気持ちから、久保田さんはたけしさん中心のプロジェクトを開始されます。

 《重度の障がいのある「くぼたけし」という一個人の示す「やりたいことをやりきる熱意」を新たな文化創造の軸ととらえる考え方です。その個人が熱心に取り組むこと(それが教育分野で言われる問題行動だとしても)に敬意を示し、受け入れていくことは、職業、経験、経歴、地位、名声、障がいの有無、収入、住居、家族といった、人々が持つ固定観念や、価値観を変えていく機会となります。たけし文化センターはその人の「存在」を全面的に肯定することからはじめます。》

 文部科学省は「特別支援教育」について、「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うもの」であるとしています。
 しかし、すべての児童生徒に対して、「その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行う」ことは、現状のままの学校教育のシステムでは難しいことです。久保田さんのたけしプロジェクト宣言は、インクルーシブ教育システムの構築のためには、学校教育全体の仕組みを土台から見直していく必要があることを言外に示しているように受け止めました。

 このセッションで提起された内容を整理すると以下のようになるかと思います。
 真の共生社会を実現するためには障害がある人を隠さないことが大切であり、山の奥の施設や、学校、施設の中にいるだけでは、誰にも何もわかってもらうことはできない。何でもオープンにし、コミュニケーションを豊かにすること、物事や特性を一つの物差しで測ろうとしないこと、一方通行ではなく互いに学び合い支え合うことなどにより理解が深まり、互いの距離も縮まっていく。そこには、摩擦が生じざるを得ない。インクルーシブな社会の実現のためには、常に摩擦や「もやもや」が付きまとうことを覚悟しなければならない。優しさも必要だ。そして、障害がある人が外に出ていくためには、既存の道を歩かせようとするのではなく、それぞれに合った道を作っていくという努力も大切である。そのプロセスが共生社会の実現、共に生きることにつながる。

まとめ

 文部科学省のサイトには「超福祉の学校~障がいの有無をこえて共に学び、つくる共生社会フォーラム~」について、次のように記されています(*4)
 「文部科学省は、障がいの有無にかかわらず、共に学び、生きる「共生社会」の実現を目指しています。
 本フォーラムでは、「共生社会」の実現に向けて、障がいのある人、支援者、教育関係者等が日頃の活動や思いを発表・表現し、学び合います。障がいのある人もない人も、ちがいを超えて交流・対話し、共生社会の実現に向けて考える機会です。」
 共催している文部科学省の担当部門が、「総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課障害者学習支援推進室」になっているように、このイベントは、学校教育に焦点を絞ったものではありません。しかし、共に学び、共に生きる共生社会の実現を目指して、各地で取り組まれている優れた実践事例は、学校教育とも密接に関係し、学校教育での現実的な対応や今後の展望に示唆を与えてくれるものと思います。

*1:令和4年度「超福祉の学校2022@SHIBUYA~障がいの有無を飛び超えて、つながる学び舎~」
https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/1419088_00003.htm
*2:飛び超えて学ぼう。学んでつながろう。
https://peopledesign.or.jp/school/
*3:Think College
https://thinkcollege.net/
*4:「超福祉の学校~障がいの有無をこえて共に学び、つくる共生社会フォーラム~」について
https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/1414119.htm