高等学校 情報
高等学校 情報
1.はじめに
これからの社会では、自動運転のみならず、医療、軍事、政治など、人間でさえ判断に迷う場面を、人工知能(AI)がサポートするようになると思われる。このとき、利用者であるわたしたち自身は、そのAIがどのようなデータを「学習」して、どのようなアルゴリズムで動いているのかなど、その仕組みや傾向を知っておく必要がある。
「AIに仕事を奪われる」、「AIに意思決定を支配される」といった懸念が示される世の中で、生徒自身がAIに振り回されるのではなく、「人が得意な分野」と「AIが得意な分野」を切り分け、互いの良いところを出し合えるようになることが望ましい。当実践はこのような視点を養うことを目的として、公民科(倫理)との他教科連携授業(教科横断型)として実施したものである。
本時の内容は、内閣府、文部科学省、経済産業省が協力して制定した「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」へのつながりを意識したものであり、内閣府発信の「AI戦略2019」において、中等教育に求める内容ともいえる。
本校では、2021年度まで1コマ65分の授業展開を行っており、情報科の授業は高等部第1学年で週1、第2学年で隔週の実施であった。高等部第1学年では「情報Ⅰ」を見据えた授業を、第2学年では「情報Ⅰ」を掘り下げた内容に加え、「情報Ⅱ」へのつながりを意識した題材を取り上げている。本事例紹介は2021年度に高等部2年生を対象に65分授業で実施したものである。生徒同士のディスカッションや実習機会が多いことから、授業時間数に余裕がある場合には2コマにかけて実施をしても良いと考えている。
2.単元名
「(1)情報社会の問題解決」(実施学年:第2学年)
3.単元の目標
- 情報技術の発展の歴史や、情報技術の発展による社会の変化について理解する。
- 情報技術の発展による情報社会の進展について考え、情報社会が抱える問題や、それらの問題を解決していくことの重要性について理解する。
- 情報と情報技術の適切かつ効果的な活用と、望ましい情報社会の構築や在り方について考える。
- 情報システムが人の知的活動に与える影響について考える。
- 情報社会の問題解決を通して、望ましい情報社会の構築に寄与しようとする。
4.単元の評価規準
ア 知識・技能 |
イ 思考・判断・表現 |
ウ 主体的に学習に |
---|---|---|
・情報技術の発展の歴史や、情報技術の発展による社会の変化について理解している。 |
・情報と情報技術の適切かつ効果的な活用と、望ましい情報社会の構築や在り方について考えている。 |
・情報社会の問題解決を通して、望ましい情報社会の構築に寄与しようとしている。 |
5.単元の指導と評価の計画
(※人工知能に関する学習単元のみ抜粋[1コマ65分換算])
(ア:知識・技能/イ:思考・判断・表現/ウ:主体的に学習に取り組む態度)
時 |
学習内容 |
学習活動 |
評価の観点 |
評価の方法 |
||
---|---|---|---|---|---|---|
ア |
イ |
ウ |
||||
1 |
・AI概論 |
・AIの分類、AIの定義付け(専門家による定義に違いがあること)について知る。 |
○ |
○ |
・ワークシート |
|
2 |
・人工知能の「学習」を通して、AIと人間との関わり方を考える。 |
・日常生活でAIに任せても良いこと、人間が行っておきたいことについてグループで考え、意見をまとめて発表する。 |
○ |
○ |
○ |
・ワークシート |
3 |
・死後デジタル労働「D.E.A.D.(Digital Employment After Death)」(*5)について考える。 |
・テクノロジーの発達によって個人データを利用して故人を疑似的に復活させることの是非について考え、自分の意見をまとめる。 |
○ |
○ |
・ワークシート |
用語説明
6.本時の目標【2限目】
クラスでの対話や、Teachable Machineを用いた「教師あり学習」の体験、その他AI技術が引き起こす社会課題を通じて、「人工知能(AI)と人間との関わり」について、自分の考えや意見をもつことができるようになる。
7.本時の流れ【2限目】
時間 |
学習活動・内容 |
指導上の留意点 |
評価 |
---|---|---|---|
導入 |
・本時のテーマ共有 |
・前時の授業スライドを提示しながら、学習内容の確認を行う。 |
ア.行動観察 |
展開1 |
・日常生活でAIに任せても良いこと、人間が行っておきたいことについてグループごとに考え、Google Jamboardに自由に記述する。
|
・AIか人間か、意見を左右に分け、発言者がわかるよう、付箋の色を使い分けるように指示する。 |
ア.行動観察 |
展開2 |
・AIによる判断・意思決定することについて、「AI採用」を例に考える。
・AIを活用した採用では、基本的には、最終的に人間が関与していることを理解する。 |
・サッポロビール、ソフトバンクなどの企業を例に、採用選考過程にAIを活用している実態を紹介する。 |
ア.行動観察 |
展開3 |
・機械学習における「学習」「推論」のイメージ、教師あり学習、教師なし学習、強化学習について理解する。 |
・人間(0歳の赤ちゃん)を例に説明する。 |
ア.行動観察 |
展開4 |
・AI技術が引き起こす社会 課題について認識する。 |
・悪用と誤情報、公平性と差別、個人情報とプライバシー、人間の尊厳、アクセス不平等、安全とセキュリティ、軍事利用などAI技術が引き起こす社会課題には様々な側面があることを説明する。 |
ア.行動観察 |
まとめ |
○まとめ・振り返り |
・当日中にGoogle Formsに授業の振り返りを入力するよう周知する。 |
ア.行動観察 |
8.まとめ
授業を終えて、生徒の「振り返りフォーム」を見ると、ほとんどの生徒がAI(人工知能)との向き合い方について、自分自身の言葉で考えや意見を述べており、本時の目標は概ね達成できた。また、生徒の記述には、学習させるデータの「量」と「質」の重要性や、「説明可能なAI」の必要性について言及しているものも多く、これらの観点においても生徒に認識させることができた。今回は、隔週実施の65分授業であったため、1回の授業としてはボリュームのある内容であったが、本時限の内容を50分授業2コマで展開ができると、特に授業前半の「日常生活で人工知能(AI)に任せても良いこと、人間が行っておきたいことについての分類」部分などは、議論結果(班での見解)を各班ごとに詳しく発表させたり、教員と生徒・生徒(班)同士の対話を行ったりする時間として、「より深く」他者の考えを伺い知る機会になる。
以下、高等部第2学年のあるクラス(受講者38名)の「振り返りフォーム」を例に、テキストマイニングを用いた分析結果と、生徒の感想をいくつか紹介する。(本文そのまま掲載)
- 「AIは人間を助けられる場面もあるため、人間にとって利益になることもあるが、一方でAIに学習させる際にバイアスがかかると人間が不利益を被ることもあるのだと思った。バイアスがかかるという問題については、AIにデータを読み込ませる時に様々なバックグラウンドを持つ人が多く関わることが大事だと考える(例えば、特に性別や人種に対するバイアスに気づくという点などで)。AIに仕事を取られるという話をよく聞くが、どのように共生していくかを考えていく必要があると思う。」
- 今回の授業の班の中での話し合いで、「人間の気持ちに関するようなことは人間が行うべきである」という考え方が皆の意見の軸として存在していたことがとても印象的でした。私は人間とAIの違いとして「心」というものを考えていました。いくら学習しようとも、人間が持つ心を機械のAIが超えることは出来ないのではないか、もしくはそのように私が「思いたい」のではないかと感じます。なぜ「思いたい」という表現を使ったのかというと、AIが発達するこの時代の流れに少なからず恐怖のようなものを感じているからです。AIという存在が完全な人間の代替物になってしまったらどうなるのか、様々な事が効率化されていき「無駄な時間」がこの世から消えたらどうなるのか、などといった未来の形に対する不安があります。授業内で推薦入試へのAIの導入に対して反対する姿勢を取ったり、用意する画像をわざと分かりづらいものを選んだりしたのも、このような考えが自分の中にあるからだと考えました。AIの技術の進歩を目の前にした時に、人間は「人間にしかできないこと」を無意識の内に模索しているのだろうと思いました。
- 今回の授業中の生徒の意見だけでも、物事を分けるのにAI派と人間派でそれぞれ意見が違ったことから、何をもってAI化すると判断するのかは人によって基準が違うと思った。条件として、正確性やスピードなど様々なことが挙げられるが、人間が気持ちを込めて行いたい動作もそれぞれ違って、はっきりと正解がない話題である。ある人はこの動作は単純作業だからAI化したいと言うかもしれないし、一方で、ある人はしっかり気持ちを込めて人間の手で行いたいと言うかもしれない。また、”AIは果たして人間を超えられるのか”というのも1つ話題に上がることである。今回の授業中に画像を覚えさせるアプリを使ったときに、これからの未来私達人間はAIに支配されてしまうのではないかと恐怖を感じた。人間が作ったものとはいえ、力を制御出来なくなってしまう前に人間が想像しなければならないリスクはたくさんある。これからの未来を生きていく上で、あくまでもAIは人間の生活を便利にするもので、人間を管理するものではないということを念頭に置いて考えていきたいと思った。
- AIの発展はこれからも続くと思うし、人間を大いに助けてくれる存在になると思った。今は人の手でやっていることも、AIに代用してもらえて世の中がもっと豊かになったり、生活が楽になる部分もあると思った。しかしその反面AIの普及は様々な問題も引き起こすことを改めて考えさせられた。今までに入れられたデータの分析から新たな作業をするというAIの最大の特徴が、思わぬ方向に働くこともあると知った。人間には、何をAIに学ばせるかという無意識のバイアスがかからないようにしなければいけないと思った。そのためには、AIに学ばせるだけで、様々なことを発展させようと丸投げにするのではなく、今後も人間が未知のことへも興味を持ち、深く多角的に学ぶことが大切だと感じた。
【関連資料】
- 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00002.htm - AI戦略に関する資料(内閣府)
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/index.html - 授業スライド PPTダウンロード(14.5MB)
- 授業プリント(レジュメ) Wordダウンロード(498KB)