学び!とシネマ

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小さき麦の花
2023.02.09
学び!とシネマ <Vol.203>
小さき麦の花
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2022 Qizi Films Limited, Beijing J.Q. Spring Pictures Company Limited. All Rights Reserved.

 およそ、人間にとって、幸せとは何かを、ストレートに訴えてくる。そして、中国の貧しい農民の、素朴な愛の形に、爽やかな涙があふれる。
 「小さき麦の花」(マジックアワー、ムヴィオラ配給)の舞台は、2011年の中国の西北地方の、農村だ。
 ヨウティエ(ウー・レンリン)は、貧しい農家の四男。両親と二人の兄を亡くし、三男のヨウトン(チャオ・トンピン)の家に、いわば、居候の身で、同居している。
 ヨウトンは、息子の結婚を控えて、弟のヨウティエが、なにかと厄介ものになっている。
 歩行障害のあるクイイン(ハイ・チン)は、内気な女性で、やはり、家族から邪魔もの扱いを受けている。
 似た境遇のヨウティエとクイインは、周りの勧める見合い結婚で、村の空き家で、暮らし始める。
 二人とも無口だが、日々、互いに思いやるようになっていく。
 そんなある日、ヨウティエの血液型が、入院中の村の豪農チャンと同じ、Rhマイナスだと分かる。
©2022 Qizi Films Limited, Beijing J.Q. Spring Pictures Company Limited. All Rights Reserved. 人のいいヨウティエは、クイインの心配のなか、何度も献血に応じる。
 甥の結婚が決まる。ヨウティエは、兄の依頼で、町から村まで、結婚道具を運ぶ。遅くまで戻らないヨウティエを気づかい、クイインは戸外で、待ち続ける。
 農村改革で、空き家を解体すると、お金がもらえることになる。持ち主から退去を迫られたヨウティエは、自分たちの家を建てようと、日に干したレンガを、作り始める。
 貧しい農村だが、ヨウティエとクイインは、力を合わせて、麦やとうもろこしを育て、鶏を飼う。
 無口な二人は、多くを語らない。愛の言葉などは、口にしない。ヨウティエは、クイインに、いろんな食べ物を「お食べ」と勧める。
 ヨウティエは、麦の種を花模様にして、クイインの手に並べる。
 ヨウティエは、飼っているロバにも、愛情を注ぐ。
 農作業の合間、ヨウティエはクイインに語りかける。
 「どんな人にも運命がある。麦も同じだ。麦なりの運命がある。夏が来れば 鎌で刈られる」
 また、「土は人を嫌わない。人も土を嫌わなくていい。土は清らかだ。金持ちにも貧乏人にも平等だ。1袋の麦を植えれば10倍や20倍にして返してくれる」
©2022 Qizi Films Limited, Beijing J.Q. Spring Pictures Company Limited. All Rights Reserved. 著しい経済発展を遂げている中国である。農村にも、改革が押し寄せつつある。当然、ヨウティエもクイインも、改革の波に身を晒すことになる。
 控えめに、互いを思いやる。そんなシーンが次々と出てくる。その都度、泣けてくる。
 脚本、監督は、リー・ルイジュン。少数民族のユグル族の幼い兄弟が、離れて暮らす両親を訪ねる旅を描いた「僕たちの家に帰ろう」を撮っている。
 ヨウティエ役のウー・レンリンは、監督の叔母さんの夫で、実際の農民である。その他、監督の兄や父、母など、親戚や知人が多く出演、とても素人とは思えない、達者な芝居を披露している。
 亡くなった人の供養のために、安い紙で出来たお金を燃やす。喜という字が二つ、並んでいる紙があり、新婚夫婦の家の壁に貼る。そういった風習が、丁寧に描かれる。
 決して、派手な映画ではない。10年ほど前の、中国の農村に住み続けようとする、心優しい夫婦の愛の形が、しっかり伝わり、胸をうつ。

2023年2月10日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMAヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

『小さき麦の花』公式Webサイト

監督:リー・ルイジュン
出演:ウー・レンリン、ハイ・チン
原題:隠入塵煙/英語題:RETURN TO DUST/2022年/中国/カラー/133分/G
字幕:磯尚太郎/字幕監修:樋口裕子
配給:マジックアワー、ムヴィオラ