学び!と共生社会

学び!と共生社会

通常の学校に勤務する「障害がある教員」の姿を知る
2023.02.27
学び!と共生社会 <Vol.37>
通常の学校に勤務する「障害がある教員」の姿を知る
大内 進(おおうち・すすむ)

 前回は、共生社会の形成という観点から「障害のある教員」の雇用について取り上げました。教育委員会における障害者雇用においては、長年にわたって法定雇用率を満たしていない実態が明らかになり、そのことを契機として学校教育の場に障害者の採用をより増やしていく方針が文部科学省の施策に盛り込まれてきていることを紹介しました。このことは、共生社会の実現という観点からも大変望ましいことだといえます。しかし、現実には障害がある人が教育職員、とくに通常の小学校、中学校、高等学校の教員として働く際には、容易には解決できない難題が待ち受けており、合理的配慮への対応も含めて、障害がある人が働きやすい環境を整えていくことが急務であることもお伝えしました。
 そうした厳しい状況にありながら、数は少ないものの、「障害がある教員」が確実に通常の学校で働いています。そこで、今回は、出版物やテレビ放送等を通して実際に紹介されている二つのケースから、障害がある人が働いている学校での授業の工夫や同僚の配慮、課題などについて具体的に考えてみたいと思います。

1 新井淑則さん

 最初は「全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる」(*1)の著者でもある新井淑則さんを取り上げます。新井さんについてはマスコミでもたびたび取り上げられていますので、ご存じの方も多いのではないかと思います。2016年8月には、新井さんの体験をもとに制作された『盲目のヨシノリ先生〜光を失って心が見えた〜』というドラマも日本テレビで放送されています(*2)
 新井さんは、1985年に埼玉県の中学校の国語科教諭になり、1989年に右目、数年後に左眼の網膜剥離を起こし、ほぼ全盲状態になってしまいました。休職、養護学校教員などの過程を経て、2008年に普通中学校の教諭に復職が叶い、昨年3月に定年を迎えられました。
 通常の学校の教員が中途視覚障害者となった場合、現状では、多くの自治体において元の学校の教員として復帰するのは甚だ難しい状況にあります。新井さんの場合も、リハビリテーションのトレーニングを経て教員としての復帰を果たしますが、新井さんが望んでいた元の中学校への復帰は叶わず、県立養護学校(特別支援学校)への異動となりました。これが、日本の教育行政のこれまでの一般的な対応で、通常の中学校への異動が叶わなかったことについては違和感を覚えないという方も少なくないのではないかと推察されます。
 詳細については、新井さんの著書等で確認していただきたいのですが、その後も教育委員会は新井さんが希望する中学校への復帰をなかなか認めませんでした。それが、2005年に地元の長瀞町の町長との出会いがあって、状況は大きく動きます。町長自らがトップダウンで中学校復帰への橋渡しをしてくれたのです。このことによって、2008年に埼玉県秩父郡長瀞町立長瀞中学校に赴任することができました。復職を希望してから10年かかって、中学校の現場に復帰することができたということになります。
 復帰した中学校では、全盲の教員が授業を遂行するために様々な工夫や配慮をすることで、国語の教師としての任を全うできるよう支援したということです。具体的には次のようなことなどが挙げられます。

授業は教員が二人一組となりチームで対応し、必要に応じて役割を分担してパートナーの教員や朗読ボランティアがサポートする。
ICレコーダーや点字教科書、録音教材、音声パソコンなど様々な機器の活用を図り、指導の工夫をする。
授業の進め方についてもパートナーの教員達と日々改善策を検討する。

 こうした対応により、新井さんと新井さんの勤務する学校は「目が見えなくても授業はできる」ことを証明してくれました。さらに、失明してから実に22年を経て、念願のクラス担任を受け持つことができるようにもなりました。そして、新井さんは昨年(2022年)3月に定年を迎えました。新井さんと、卒業する3年生たちの最後の数か月の様子は、「デクノボー魂~全盲の中学教師 最後の授業~」としてまとめられ、NHKテレビの「ハートネット」という番組で放送されています(*3)。その番組で紹介された、卒業する生徒から贈られた録音メッセージには、ありのままの姿を見せて接していた新井さんへの思いが語られていました(*4)

「先生が授業中にみんなのところに回ってきてくれて、たくさん話せたので良かったです。」
「よしのり先生がいなかったら不登校になってたかもしれません。」
「つらいことがあっても、何でも乗り越えられるんだろうなって思いました。」
「よしのり先生と出会って将来の夢も決まりました。」
「帰り道、進路の話とか聞いてくれたことを覚えてますか? 楽しかったです。」

2 大前雅司さんの例

 次に取り上げるのは、15年前に教員として採用され、和歌山県橋本市の一般の中学校で教壇に立っている大前雅司さんの例です。大前さんも全盲です。大前さんの中学校の教師としての姿も、NHKテレビの「ハートネット」という番組で紹介されました(*5)
 また、大前さんは、視覚に障害のある教師の集まりである「全国視覚障害教師の会」の副代表も務め、後進の指導に当たられています(*6)
 その番組から、大前さんが授業でおこなってきた工夫、同僚のサポート、生徒たちの声などを確認しておきたいと思います。

教材の準備について、赴任当初は点字の教材がなく、教科書、資料集、問題集などの内容の把握は点訳ボランティアや朗読ボランティアの力を借りて行ったために時間がかかり、授業は自転車操業のようで大変苦労した。しかし、現在は生徒全員がタブレットを活用して、大前さんが作成した資料やデータなどを確認してスムーズに授業を進めることができるようになっている。
授業の工夫について、生徒は視覚を活用していることから、大きなモニターに様々な視覚教材を見せることで見て分かりやすい授業を心掛けている。社会科の授業で使う地図は特別に拡大印刷したものに凸の輪郭線を同僚に書いてもらい、それに点字シールを付けて使用している。
授業は、大前さんのほかにもう1人の教員が教室に入ってチームで行う。授業の展開、進行はすべて大前さんが担い、サポートの教師は、プリントの誤字脱字やレイアウトの確認など、挙手をした生徒の指名など目での確認が必要なときのフォロー等を担当する。

 こうした工夫を凝らすことによって、大前さんの授業は生徒たちからも好評であることが番組から伝わってきました。
 また、大前さんの勤務する学校では、動線の妨げにならないように身の回りの整理整頓を心がけるなど、同僚にも良い影響を及ぼしているということでした。
 生徒たちにも大前さんの思いは届いているようで、番組では次のような生徒の声が紹介されていました。

「先生は目が見えないので、席の順番とかがちょっとわからないときもあるし、不自由だなと思うときもあるけど、支障は出てないし、あんまり気にしてない。親しみやすくて、いつも授業が楽しい。」
「ちゃんと『大前先生』と言ってから、何か言うようにしています。みんなのことを考えて、楽しい授業をしようと一生懸命やっているのがすごく伝わって、そういうところがすごく面白い。」

まとめ

 通常の学校で働いている「障害がある教員」の例として、すでに出版物やテレビ放送等を通して実際に紹介されている二つの事例を示しました。
 今回紹介した事例から、教材の準備を周到に行う、指導法を工夫する、サポートをする教員などと共にチームで対応する、などの工夫や配慮により、障害がある教員であっても、通常の中学校でスムーズに授業を進めることが可能であることが示されました。今回の事例は、教育委員会の対応や学校長の理解など、恵まれたケースではあるかもしれませんが、こうした好事例が広まっていくことが期待されます。
 また、紹介した二事例からは、学校という空間の中で、障害のある教員がありのままの姿で生徒と自然に接していくことによって、障害のある者とない者が支え合っていく社会、いわゆる共生社会の形成につながり、日々苦労が絶えないことも多いものの、生徒にも教員にもプラスに働いていることが読み取れたのではないかと思います。
 しかし、「障害がある教員には通常の小学校や中学校の勤務は無理、本人の健康面などへの負荷という点からも望ましくない」という考え方は、強く残っています。小中学校の教員になれたものの、担任に就かせてもらえないといった声も聴かれます。共生社会の実現を目指したインクルーシブ教育の推進ばかりでなく、障害者雇用という観点からも障害がある教員の採用促進が要請されています。そのためには壁をつくるのではなく、今回紹介した事例のように壁をなくしていく方向に向かうグッドプラクティスは大いに参考になるのではないかと思います。

*1:『全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる』
マガジンハウス社刊(2009)
*2:「盲目のヨシノリ先生〜光を失って心が見えた〜」
https://www.ntv.co.jp/24h/drama2016/
*3:「デクノボー魂~全盲の中学教師 最後の授業~」
2022年5月10日、NHKテレビ「ハートネット」で放送。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/heart-net/2060/
*4:「全盲の中学教師 最後の授業で伝えたこと」
「デクノボー魂~全盲の中学教師 最後の授業~」の番組を基にまとめられた記事。(記事公開日:2022年06月10日)
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/653/
*5:NHK福祉情報サイトハートネット
「全盲の教師が教壇から伝えたいこと」(記事公開日:2023年01月13日)
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/740/
ハートネットメニュー
*6:「全国視覚障害教師の会」
http://jvt.lolipop.jp/
一般の小学校、中学校、特別支援学校、盲学校などに勤務する視覚に障害がある教員で構成されている団体。メンバーは100名程度で、お互いの悩みや仕事の課題などを相談したり、便利な教材やIT機器などの情報を共有したりしている。