学び!と共生社会

学び!と共生社会

イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育
2023.03.27
学び!と共生社会 <Vol.38>
イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育
大内 進(おおうち・すすむ)

 筆者は、2月末に科学研究費による研究(*1)の一員としてイタリアの「共生社会」に向けた取り組みについて調査を行いました。その調査活動の一つとして、インクルーシブ教育体制に移行する以前は盲学校で、現在は「逆統合型」の学校となっている中学校を訪問する機会を得ました。今回は、ホットな話題としてこのことを取り上げたいと思います。

1 「共生社会」とは

 本論に入る前に改めて文部科学省が示している「共生社会」の定義を確認しておきたいと思います(*2)。平成24年の「特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告」には次のように示されています。
 「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。」
 文部科学省では、こうしたゴールをめざして様々な施策を打っています。直近では、この3月13日に「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討会議」という有識者会議の報告が公表されています(*3)。その報告では、通常の学級に在籍する障害のある児童生徒へのより効果的な支援施策の在り方が提言されています。その多くは既に示されている内容の充実を求めるものですが、「よりインクルーシブで多様な教育的ニーズに柔軟に対応するため、特別支援学校を含めた2校以上の学校を一体的に運営するインクルーシブな学校運営モデルを創設すること」という方向性が提言されているところに新鮮味があります。日本の「共生社会」の実現を目指したインクルーシブ教育の取り組みは、残念ながら国際的な評価は芳しくありませんが、漸進的でありながら検討が進んでいるということは言えそうです。この有識者会議の報告については、改めて取り上げたいと思います。

2 フルインクルーシブ教育を推進するイタリア

 以前に本連載でも報告したことがありますが、イタリアでは1970年代から障害児のための特別な学校を廃止しました。原則として障害がある子どもも原則として地域の小学校や中学校に在籍して障害のない子どもと共に学ぶ、「誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型」の学校体制に移行したのです。ドラスティックに「共生社会」の実現を目指したフルインクルーシブ教育体制に転換したと言えます(ただし、当時のイタリアでは、「インテグレーション」という呼称が用いられていました)。
 イタリアのフルインクルーシブ教育の概要については、筆者が翻訳のお手伝いをした『イタリアのフルインクルーシブ教育――障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』に紹介しました(*4)。詳細については、こちらで確認していただけますと幸いです。

3 逆統合型の学校「ヴィヴァイオ中学校」

 今回調査したヴィヴァイオ中学校(Scuola Media Statale per Ciechi “VIVAIO”)は、ミラノ盲人協会(Istituto dei Ciechi di Milano)の一角にあり、1939年に協会附属の専門学校としてスタートし、1962年から義務教育段階の盲学校として運営されていました。そして、制度改革で1975年に逆統合型の学校として存続することを選択したのでした。一般の中学校(scuola media statale)として機能しつつ、視覚障害教育の機能をも保持し続けている逆統合型の学校という特色を有しています。
 インクルーシブ教育と言うと、通常の学校に障害がある子どもが入るという形態が一般的です。しかし、この中学校は、かつての「盲学校」としての機能を保持しつつ、そこにいわゆる健常の生徒を入学させることで、インクルーシブ教育を実現しているのです。「逆統合型」と称する由縁です。現在では、視覚に障害がある生徒だけでなく、他の障害があると認定されたり、明確に障害があるとは言えないものの特別な支援が必要(SEN,イタリア語ではBES〈Bisogni Educativi Speciali〉)とされたりする生徒も多数受け入れています。日本でもこうした形態が提案されたことはありますが、正規の手続きを経て実現した例は寡聞にして聞いたことがありません。
 イタリアの盲学校や聾学校は、1970年代のインクルーシブ教育への転換で廃止対象となりましたが、それらの学校は次のような形態をとって生き残りを図りました。

学校としての機能を廃し、障害児の支援センター等に業態を変えて存続。
一般の小学校、中学校となって存続。
教育省(文部科学省)の特別な認可を得て、インクルーシブ教育の理念を活かしつつ特別学校としての機能を残しつつ通常の小学校あるいは中学校に転換して存続。

 この学校は、③の形態をとったということになります。こうした学校の取り組みは、インクルーシブ教育の推進のために必要な課題や配慮点を明らかにするための実験的な役割も果たしていたようです。

4 ヴィヴァイオ中学校の概要

 筆者は、これまでにもこの中学校の取り組みを調査してきましたが、今回の調査では、これまでの調査内容を補強する情報が得られ、直近の実態を把握することができました。詳細については、研究成果報告としてまとめることになりますが、その要点を以下に記します。

在籍生徒について
  • 全校生徒240人。1学年の生徒定数は80名、各学年3クラス+1クラスの計10クラス。+1クラスは、パンデミックの影響を軽減するためにクラスを増設したもの。学級定数を減じることで、手厚い支援が可能となった。ヴィヴァイオ中学校は国立学校(イタリアの公立学校の多くは国立)ですが、イタリアで、こうした対応については学校の裁量が認められている。
  • 障害があると認定されている生徒は、全校で46人。1学級に4~5人在籍している。
  • 障害種では、視覚障害の生徒が相対的に多いが、様々な障害のある生徒も在籍している。
  • 障害があるとは言えないが特別な支援を必要とする学習障害等の生徒も各学級2~3人在籍している。
  • 他の中学校と比較すると、およそ5倍近い人数の障害やニーズのある生徒が在籍している。
スタッフについて
  • 教師は全体で70人ほど。視覚障害のある教員も勤務している。うち28人が支援教師。支援教師は、学級の中で障害がある生徒の指導を担当している点で、日本の特別支援学級担当の教師の機能を果たしているが、学級担任と共に学級の運営にも責任を有しているところが日本の制度と大きく異なっている。
  • 教員の他にアシスタントも配置されている。これは日本の特別支援教育支援員の役割に相当する職種であるが、日本と異なっているのは、正規の学校職員として位置づけられている点。この指導員には、2種類ある。「自立(自律)及びコミュニケーションアシスタント」及び「エデュカトーレ」と言われる指導員である。障害の重い生徒の生活面や行動面の支援を担当するのが「自立(自律)及びコミュニケーションアシスタント」。心理面での支援を担当するのが「エデュカトーレ」。この学校には20名いる。
授業等について
  • 授業時間は一コマ50分で、週41時間。一般の中学校よりも授業時間数が多くなっている。一般の中学校は午前中の授業で30時間前後であるのに対し、この中学校は午後も授業があり、週4日は午後3時50終了、1日は4時40分終了となっている。
  • この学校では、イタリアの学習指導要領にあたる規定に盛り込まれている中学校で教えなければならない教科(イタリア語、数学、理科、歴史 イタリア史、英語等)に加えて、「演劇」「美術」「音楽」などのアート系や「体育」などの科目を重視している。体育では視覚障害がある生徒の「歩行指導」も扱われている。
  • 「演劇」「美術」「音楽」を重視した学習活動が展開されている。とくに、音楽では器楽の指導にも力を入れており12名の担当者が個別指導にあたっている。

数学の授業の一コマ。電子黒板、通常の黒板、弱視者用のブラックライト黒板が活用されていた。視覚に障害があるが生徒全盲の教師から点字や触図による図形の指導を受けている一場面(視覚障害教育の機能を有していることがわかる)

インクルーシブ対応について
  • インクルーシブ教育への対応として、障害があったり特別な支援が必要とされたりする生徒のための日常生活訓練や触覚活用等の指導が1年時に週1時間設けられていて、クラスの半分程度の生徒がこの授業を受講している。
  • 障害があると認定された生徒は「個別指導計画」が作成され、その計画に基づいて指導が展開される。
  • 授業は、クラス単位での集団指導、グループ別の小集団指導、教室内での個別指導、教室外での取り出し指導など、指導内容や生徒の実態に応じて様々な形態で行われている。
「障害のない」生徒にとっての意義
  • 障害の有無にかかわらず、一人一人の生徒に応じたきめ細やかな対応がなされているところが保護者や生徒に評価されている(*5)
  • アートに特化したカリキュラムは、「障害がない」とされる生徒にとっても魅力があり、入学希望者が多い。

5 まとめ

 これまでイタリアのフルインクルーシブ教育については、日本国内で評価が大きく分かれていました。インクルーシブ教育の推進グループは高く評価し、他方、イタリアの進め方は適切ではないと批判的な見方をしている行政担当者や研究者も少なくありませんでした(*6)
 確かにイタリアのインクルーシブ教育への転換期には、混乱が生じました。そうした困難を経ながらも、ぶれることなくインクルーシブ教育が推進され現在に至っています。日本でも「障害者の権利に関する条約」を批准して以降、イタリアの制度への注目度が高まってきているように受け止めています。
 パンデミックの落ち着きを待って、数年ぶりのイタリア訪問となり、ヴィヴァイオ中学校を訪れるのは8年ぶりということになります。今回は校内をじっくり案内していただくことができました。改めて、「逆統合型」の学校が、フルインクルーシブ教育体制下で特別支援学校の機能を補完する役割を果たしていることを実感し、日本でもその気になれば十分対応できる可能性がある仕組みだと受け止めました。
 インクルーシブ教育を推進していくためには、新たな仕組みを創設していくという視点が不可欠です。教育を取り巻く状況が大きく異なるために、単純に比較することはできないのですが、「共生社会」の実現を目指すという観点からは、イタリアの取り組みには学ぶことが少なからずあるように思われます。取り組みや時間軸の一部をとらえてそこだけを強調するのではなく、取り組みの一つ一つを吟味して参考になるところは大いに学ぶという姿勢が大事なのではないでしょうか。
 今回の調査は、アートの領域でのインクルーシブな対応やアクセシビリティの状況を調査することが主眼でした。この学校でのインクルーシブなアート教育に関しても、授業参観や担当教師からの聞き取りを行いました。これらの詳細については、研究チームによる成果報告として取りまとめていくことになります。

*1:科学研究費基盤研究(B)「視覚障害及び同重複障害児者が主体的に学ぶインクルーシブ・メディアアート教材開発」、研究代表者:茂木一司(跡見学園女子大学)、研究課題/領域番号21H00855.
*2:文部科学省「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告)、平成24年7月
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884.htm
*3:文部科学省「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討会議」報告、令和5年3月
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/181/toushin/mext_00004.html
*4:アントネッロ・ムーラ(著)、大内進(監修)、大内紀彦(翻訳)『イタリアのフルインクルーシブ教育――障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』、明石書店、2022/10/1
*5:青木千枝子、報告「イタリアのインクルーシブ教育の実際」
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/hikaku/111206_inclusive_edu_aoki.html
*6:例えば、石田祥代・是永かな子・眞城知己編『インクルーシブな学校をつくる』(ミネルヴァ書房、2020)における眞城知己による第2章「インクルージョンの概念―学校との関連から―」28pの記述
http://www.sanagi.jp.net/files/books/inclusiveschool2.pdf(期間限定公開)