学び!と美術

学び!と美術

子どもから学ぶことを楽しもう!! ~4月から先生になる、先生を目指す皆さんへ~
2023.03.10
学び!と美術 <Vol.127>
子どもから学ぶことを楽しもう!! ~4月から先生になる、先生を目指す皆さんへ~
畿央大学現代教育学科 教授 西尾正寛

 中学校教員として8年、小学校教員として13年間の勤務を経て、現在は大学の教育学部で教員を育てる立場にもある西尾正寛先生。これまでの経験をふまえて、教員は子どもたちとどう向き合えばよいのか、語っていただきました。

いろいろな人との関わり

 僕はのんびりした高校時代を過ごして、小学校教員を養成している大学を受験しました。結果は不合格。でも、1年浪人したおかげで、大阪教育大学の美術科を受けるチャンスができました。それが、今につながっていると思います。
 大学卒業後は、大阪府の中学校に赴任しました。前任の先生もよい先生で、地域全体も美術教育がさかんでしたから、非常にいい環境に入ることができたと思っています。
 学生のときから自分で新しいことをしたいという思いがあって、新任のころから自分で題材をつくっていました。今から思うと粗削りだったんですが、「おもしろい」と言ってくれる先生がいて、地域の研究会に声をかけてもらいました。「美術教育をさかんにせなあかん」と非常に熱心な先生で、研究会には同じような考えの人がいっぱいいました。そういう人たちに囲まれていたから、のびのびとやらせてもらえたんだと思います。
 他の学校の先生方と月に1回くらい集まって、夜な夜な教材について話をしていたのも、新任5、6年目までの時期です。この時期にいろいろな人たちと関われたことは、教員として成長するために、とてもよかったと思っています。

子どもと育ち合う

 若いときはできないことが多い。それでも昔の保護者には、慌てている若造の姿をおもしろがるみたいなところもありました。今は社会全体が、「失敗しないように」という感じになっていますよね。だからなのか、いわゆるハウツーを求める人もいるように思います。けれど、目の前の子どもたちは一人ひとり違う人間だから、ハウツーでは当然うまくいかないですよね。もちろん授業は一回一回がとても大事ですから「なんでもやっていい」とは言えませんが、焦らずにいてほしい。先輩の先生方や保護者の方々も、温かく見守って、励まし合えるようになるといいですよね。
 親子関係で、「子どもと親は育ち合い」という言葉がありますね。子どもが育つと親も育つ、親が育つと子も育つ。子どもから学びながら親として成長していく。子どもと教員も同じで、最初から完璧な先生がいるわけではなくて、子どもに指導する中で自分も育っていくんだ、という感覚をもつといいと思います。

小さい幸せが生まれる授業

 図画工作や美術は、子どもとの育ち合いを実感しやすい教科だと思います。子どもに「ここにおいで」って言って、やって来たら「ああ、来れたね、がんばったね」というものじゃなくて、子どもを見ていて「え、そっちに行くの?! すげえ」って思える教科です。つまり、子どもが自分の想像を超えてくることを喜べる。そこに教員としての成長があると思うんです。
 よく、「図画工作って、答えが一つじゃないんです」っていいますが、それはたぶん図画工作の答えって「幸せ」だからだと思います。何を「幸せ」と感じるかって一人ひとり違うじゃないですか。図画工作で「こうしたい」という思いをもつことや、それを実現していくことって、その子の「幸せ」なんだと思います。その手伝いをわれわれがするわけです。「先生はこれが幸せやと思うからやってごらん」ではなくて、「みんなが幸せやと思うことをやってごらん。困ったことがあったら言ってね」と。ある子は小さい幸せを実現し、別の子は実現できなくても「ええこと思いついた!」って言う。本当に小さい幸せかもしれませんけど、そこに立ち会えた自分がよかったなと思うんです。
 子どもが困ったときに、困ったことを乗り越えることが、その子の育ちになる。子どもがちょっと背伸びしようと思ったら、困るときも絶対出てきますから、そのときに、背中をきちんと押してあげられる先生でいてほしいなと思いますね。

自分を豊かにするために

 大学に入学したての学生には、「今からまっすぐ先生にならんでいいよ」という話はしますね。「先生になるために何が必要ですか」「採用試験を通るためにどんな勉強をしたらいいですか」というような質問をしてくる子もいるんです。そんなときは「今は自分を豊かにすることを考えたほうがいいよ」と言います。
 実際、30人の子どもがいたら、30通りのパーソナリティがあるわけですから、自分がその30通りのパーソナリティを受け入れられるような豊かさをもってないといけないだろうと思います。採用試験の勉強は3年生からでも十分間に合う。音楽を好きになったり、美術を好きになったり、たくさんの景色を見に行くとか、歴史のことを知るとか、そういう、自分が幸せになれるような可能性をたくさんつくってほしい。小さな幸せを見つけて、「いいな」と思う瞬間をたくさんつくれるといいねという話をしています。

「縁」を大切に

 これから先生を目指す学生の皆さんも、この春から先生になる皆さんも、人との「縁」を大切にしてほしいですね。いろいろな人との関わりが、自分を豊かにしていくと思います。先輩の先生や、保護者、そして一人ひとりの子どもたちとの出会いの中で、少しずつ「先生」になっていくんだと思います。
 もちろん「運」もあって、どうしてもしんどいということもあると思います。でも教員は異動で環境を変えられますから、いざとなったらそういう選択肢もあります。
 ただ、いずれにしても一人で閉じこもっていては広がらない、先輩の先生に相談したり、いいなと思う勉強会に参加したりして「縁」を広げていってほしいですし、何より、子どもとの「縁」は本当に一期一会です。最初から100点じゃなくてもいいから、目の前の子どもたちと一緒に学んで、ともに成長していくことを楽しんでほしいと思います。

西尾 正寛(にしお・まさひろ)
畿央大学教育学部現代教育学科教授
大阪府河内長野市出身。兵庫教育大学大学院修士課程修了 修士(教科教育学)。大阪府公立中学校、大阪教育大学附属平野小学校勤務を経て、2006年より現職。小学校教育実習指導、幼児の造形表現、図画工作科指導法などの授業を担当。日本教育美術連盟事務局長、文部科学省「図画工作科で扱う材料や用具」の作成協力者、大学がある奈良や出身の大阪で現職教員の力量形成のための学習会の代表を務める。図画工作科の教材開発、授業の導入の在り方などを研究。趣味は散歩のようなユルいランニングとスマホでの風景写真。著書は『かく たのしむ ひろがる クレパスのじかん』(サクラクレパス、2021)、「初めて学ぶ教科教育6 初等図画工作科」(ミネルバ書房、2018、共著)など。日本文教出版小学校図画工作科教科書編集委員。