学び!と美術

学び!と美術

図工でつなごう! 幼保小の育ちと学び
2023.02.10
学び!と美術 <Vol.126>
図工でつなごう! 幼保小の育ちと学び
和歌山大学教育学部 准教授 丁子かおる

 「幼保小接続はじめの一歩~図工でつながる育ちと学び~」が新たに発行となりました。本冊子を監修いただいた丁子かおる先生に、近年の幼児教育を取り巻く状況と、小学校との円滑な接続についておうかがいしました。

世界中が幼児教育に注目?

 欧米を中心に世界では少し前から、幼児教育に人やお金をかける動きが見られています。なぜかというと、様々な研究や調査から、幼児期に受けた教育の質が将来を大きく左右することが分かったからなんです(※1)
 日本でも幼児教育の重要性が見直されてきましたが、2021年からは新たに文部科学省から「幼保小の架け橋プログラム」(※2)が示されました。5歳児から小学校1年生までの2年間を重要な「架け橋期」と捉え、幼小が互いに連携しカリキュラムを円滑に接続していくことが求められています。

幼児期にこそ「非認知能力」の土台づくりを

 人間の脳は、6歳ごろまでに9割がつくられるといわれているんです。心身ともに著しい発達を遂げる乳幼児期にどんな経験をするかはとても重要で、その後の人間形成に大きな影響を与えるといわれています。
 複数の研究から分かっていることなのですが、幼い頃に一生懸命勉強して特定の知識を詰め込んでも、子どもが勉強嫌いになったり、小学2年生くらいになると差がほとんどなくなったりしてしまうそうです。限りある乳幼児期に、あとからでも増やしていくことが可能な知識を詰め込むのは、子どもにとっても辛いし、ちょっともったいない気がしますよね。それよりも、人間形成の基盤となる「非認知能力」を育てることが重要である、と近年の幼児教育では考えられています。
 非認知能力には様々なものがありますが、幼児教育で特に伸びるので大切にしたいのは「自己調整力」と「社会性」の2つです。「自己調整力」は、「ただ、大人の言うことを聞いて我慢」ということではなく、子ども自身がやりたいと思ったことを実現するために、我慢したり自分で自分に折り合いをつけたりしていくことです。例えば、自分がやりたいこと、友達との遊びの場面などで育っていきます。

5歳児の遊びの様子。複数人でイメージを共有し、アイデアを出し合ったり、折り合いをつけたりしながら協働してつくっています。(冊子p.12-13より)

 非認知能力は、他者との応答的な関わりの中で育まれるので、大人が「○○しなさい」「○○しちゃだめ」と強制するのでは育っていきません。周囲の大人や先生が、一人一人と丁寧にコミュニケーションをとり、「その子なり」を肯定的に受け止め、よいところを認めることで、子どもはしてよいことや自分のよいところを理解し、安心感から自分を表したり自己発揮したりできるようになります。自己肯定感や、人への信頼や愛着といった基盤がなければ、その先へ進むことはできませんよね。だから、乳幼児期に土台となる非認知能力をしっかりと太らせることが大切なんです。それが、子どもたちの学習を支える、頑張る力など、あと伸びしていく力にもなるんです。
 また、幼児教育では場の「環境設定」もとても重視しています。保育室や園庭には、先生たちが意図的に配置した素材や用具などがたくさんあります。赤ちゃんの頃からそうなんですが、人って「モノ」に興味が湧くんですよね。いろんな素材、材質、形やいろんな色があったら、「あれなんだろう?おもしろそう!」と興味をもってハイハイして近づき、手を伸ばします。知的好奇心を働かせながら、実際に見たり触ったりして、たくさんの実体験を積み重ねていきます。幼児期に経験から得た「気付き」は子どもの中に蓄積されて「学びの芽生え」となって、小学校の学習に結びついていきます。

入学当初、子どもは期待と不安でいっぱい

 小学校に入学すると、学校生活や勉強への期待はあるのですが、授業が割り振られた時間割があったり、長く椅子に座ってないといけなかったりして、子どもたちは変化に戸惑います。学校のシステムは園での過ごし方とは大きく異なりますから、急には合わせられなくて当然です。
 園と小学校では、先生の話し方も少し変わってきます。園の先生は園での生活での出来事を基に「○○ちゃん、聞いてるかな?」と一人一人に話しかけるような話し方をするんですが、小学校では、経験していない話を学級全体に向かって話す場面が多いですよね。そうなると、子どもはイメージできなかったり、「自分に話されている」と初めは理解できなかったりします。
 また、立ち歩いてしまうなど、目立つ子や気になる子ばかりに目が行きやすいのですが、実は「ちゃんとしている子」も辛いんです。本当は辛いけど頑張っている。そういう子にもしっかりと「先生は見てるよ!」と目を向ける気配りを忘れないでもらいたいなと思います。
 とはいえ、バラバラな35人を一つのクラスとしてまとめてなければならない担任の先生は、困ったり焦ったりしてしまいますよね。入学後は、小学校の先生がすべて抱え込んでしまう場合が多いように感じているのですが、「○○ちゃんって、幼稚園ではどうでした?」とか、気軽に園の先生に相談してみてほしいなと思います。園の先生方も、ずっと近くて見てきた子どもたちですから、小学校で元気に過ごしているか心配ですし、好きなことや得意なことも聞ける。相談してもらえたらかえって安心すると思います。

入学したての1年生には、子どもの視点に立って気持ちを想像しながら、関わることが大切です。(冊子p.26-27より)

子どもは「図工」が大好き、自信を持っています

 入学したての1年生も、図工の時間は大好きですよね。やったー!図工だ!と張り切っている姿が思い浮かぶと思います。なんでそんなに図工が好きなのかというと、「やったことがある」「楽しいって知ってる」からなんです。かいたりつくったりする活動は、幼児期にもたくさん経験しているので、子どもも自信をもっています。小学校の生活や勉強は「初めて」だらけで、学ぶ楽しさはあっても「できるかな、分かるかな」という不安を常に感じています。そんな中、安心して自分の気持ちや考えたこと、思い付いたことを自由に表現できる図工の時間は、自分を取り戻すことができるオアシスみたいなんです。
 先生にとっても、図工の時間は特別なものになるのかなと思います。1年生だと子どもを叱らなければならない場面がどうしてもありますよね。図工の時間なら、気になる子どもも、どの子の発想やアイデアも「すてきだね!」と伝えることができます。ちょっと失敗しても、先生も一緒に考えて乗り越えていくこともできますよね。そうした関わりの中で、子どもとの関係を築いていって、先生も驚いたり喜んだりして、楽しんでもらいたいなと思います。子どもも信頼できると先生が大好きになるし、「頑張りたい、挑戦したい」という気持ちが持続し、学習への意欲にもつながっていきます。

 実際にたくさんの幼児と接して実感しているのですが、子どもはみんな、「いろんなことができるようになりたい」という強い気持ちを持っています。勉強も一緒で、字が書けるようになりたい、算数の計算ができるようになりたい、すてきな1年生になりたい、と心から思っているんです。「勉強が楽しみ」って、大人の感覚からするとちょっと意外ですよね(笑)。子どもたちが本来もっている好奇心や意欲を、小学校でも中学校でも、その先の人生でも持ち続けられるように、わたしたち大人が協力し合って、みんなで子どもを育てていきたいですね。

表紙の写真は、和歌山市の幼稚園の5歳児です。入学が楽しみで、自分だけのランドセルをつくりました。中には、勉強で使うアイテムがたくさん入っています。

■幼保小接続はじめの一歩 ~図工でつながる育ちと学び~
https://www.nichibun-g.co.jp/data/education/e-other/e-other063/

丁子 かおる(ちょうじ・かおる)
和歌山大学教育学部 准教授
神戸市出身。筑波大学大学院博士課程修了、博士(芸術学)。神戸市立小学校(図画工作科専科)などでの勤務経験があり、大阪国際大学短期大学部、福岡教育大学を経て、2012年より現職。保育内容(造形表現)、図画工作科、美術科の指導法などの授業を担当。日本美術教育連盟理事、美術科教育学会 乳・幼児造形研究部会事務局などを務める。造形による幼保小接続などを研究。趣味はヨガと沖縄旅行。著書は『造形表現・図画工作』(建帛社、2014)など。

※1:ジェームズ・ヘックマン教授等によるペリー就学前プロジェクトでの長期追跡研究を根拠に、幼児教育が人生に与える影響について述べている。幼児期に質の高い教育を受けたか否かによって、14歳時点での基礎学力、将来の高校卒業率、年収、持ち家率、逮捕率などに差が出ること、それは幼児教育における非認知的能力の高まりが影響したと考えられた研究結果等が明らかになっている。参考書籍:「幼児教育の経済学」(東洋経済新報社、2015)
※2:文部科学省 幼保小の架け橋プログラム
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youchien/1258019_00002.htm