学び!と美術

学び!と美術

「こうしたい」と思う気持ちが、力になる〜特別支援学級の図工指導を通して〜
2023.07.10
学び!と美術 <Vol.131>
「こうしたい」と思う気持ちが、力になる〜特別支援学級の図工指導を通して〜
東京都墨田区立業平小学校 講師 南育子

 東京都の公立小学校で長年にわたり図画工作専科教諭として多くの子どもたちと関わってこられた南育子先生。昨年度定年を迎えられ、その後は特別支援学級で図画工作と音楽を指導されています。この1年で子どもたちと過ごす中で感じたことを語っていただきました。

「表現すること」とは?

 特別支援教育について語るには経験が少なすぎますが、子どもが表現するということについては、図画工作専科教諭としての経験を基に、特別支援学級の子どもと向き合い、考えてきたことをお話しすることができると思います。

 同じ教室に学年も特性もいろいろな子どもがいる中で指導を行っているので、その子がどこで自分の表現を出せるかっていうところを見極めるよう心がけています。「まだまだやりたそうだな」という子どももいるし、「もうここで精一杯」っていう子どももいますから、様子を見ながら一人ひとりに必要な手立てを直観的に判断し示すことが必要になってきます。

 それは通常学級での図工と変わらないことなのかもしれません。ただ特別支援学級は人数が少ないので、一人ひとりに向き合える時間がより長くなる分、よりその子のことを感じ取ることができるゆえ強く感じるのかもしれません。

表現と喜びが結びつく

 音楽の授業でも、リズムや拍、曲の流れなど、音楽の表現要素が楽譜通りではないけれど、「めちゃくちゃ楽しい」っていうことを子どもは表現するのです。

 『アルプス一万尺』を、みんなで手振りもつけてやってみようと提案しました。伴奏とタイミングはなかなか合わないのですが、できることそのものが楽しくて仕方ないという様子で、楽しさが全身にあふれているのです。見ている人に「楽しいんだなー」っていう気持ちが伝わるっていうのは、やっぱり表現なのですよね。もちろん友だちと手を合わせたり、みんなで歌ったりすることを楽しむよさもあります。楽しさのポイントが子どもに刺さると、気持ちをのせて全身で表現します。周りの音が聞こえるようになると合わせる楽しさにも気付きます。もっとすてきな演奏をしたくなります。

 楽しそうな子どもを見て、先生も喜んで「楽しいね」って素直に言葉にすると、その子は「自分がやっていることで、みんなも楽しくなっている」って気付くのだと思います。だから先生の、子どもを感じ取る力って大事なのだと思います。

「思い」の入り口に連れていく「指導」

 もちろん、楽しければ何でもいいってわけじゃなくて、指導することも必要です。ただ、一から十まで教えるということではありません。

 例えば彫刻刀を使うなら、安全指導をした上で、持ち方や角度といった「コツ」のようなものや、彫っているときの振動が手から伝わる楽しさに、子ども自身が気付いて楽しんでほしい。そういったことを感じ取れる入り口まで連れていくのが指導で、そこから何を感じてどう表現するかは、それぞれの子どものものだと思っています。

 表現するってすごいことで、絵をかきながら自分の中の混沌としたものが「こういうことだったのか」って気付くことがあります。かきながら「あれはどういうことなんだろう」ってどんどん掘り下げていくことだってあるのですよ。自分が自分のまま作品と向き合って、自分に問いかけて、そこから自分がまた表現することで考えが深まっていく。でも、いきなり「ここを目指しなさい」って言われると、そこに向かっていくだけになっちゃう。それはもったいないと思います。

 子どもは、障がいがあってもなくても、何かを感じて「これをこうしたい」という気持ちが生まれ、それを形や色などで表現していきます。そこを教師はしっかりと見極めて、受け止めて指導していくことが大事です。

 のこぎりで角材をどんどん切る授業をした時のことです。切った木片をやすりでスベスベにしてみようと提案しました。私としては、子どもが木片を触りながら、トゲで少しチクっとするとか、ザラザラしてるけど嫌じゃないなとか、子どもたちが自分の心地よさを探してほしいと思っていました。だけど支援員の方が、子どもが切った木片を一つひとつチェックして、磨けてないところをチョークで塗っていたのです。私が言った「スベスベにしよう」という提案を補助してくださったのだと思いますが、それだと大人が自分の目で確認して触ってスベスベかどうかを判断してしまうことになってしまいます。

 スベスベかどうかを判断するのはその子自身なので、自分で触ってガサガサしてるなと思ったらそこを磨けばいいし、もっとスベスベにしようと思ったらすごく頑張って超スベスベにすればいい。「ほっぺ貸して」ってスベスベにした木片で子どもの頬にやさしく触れると、「本当だ!気持ちいい~」ってみんな喜ぶのです。手で触って、目で見て、「本当だ」って分かる。視覚と触覚が繋がる感覚がないまま、指示されて磨くのは、ただの作業ですよね。
 支援員の方にそのことをお伝えしたら、すぐに納得してくださいました。その方も子どものことを思い、行為の結果を求めた行動だったのだと思います。

思い通りにはいかない

 そんなふうに子どものことを思う先生ほど「きちっとやらせたい」と思うのかもしれません。でも、それだけだと先生には「させるための力」が身に付いてしまいます。私もそういうことはあったのですけど、途中で「思い通りにはいかないんだ」って諦めたのです。そうしたら、子どもの中にある面白さや魅力に気付くことができて、うれしくなりました。無理にさせようとすれば、お互いに苦しくなってしまいます。
 先生と子どもが人間として、表現する人として対等であることを大切にしたいです。すごく集中している時に声をかけるのは失礼ですよね。それは子どもも同じです。なので、声はかけずに「すごいね」「こんなに集中するんだ」とか、聞こえるかどうかくらいの音量で呟きながら後ろを通り過ぎてみます。子どもが何をしているのか分からないときは「すごいオーラを感じるのだけど、何をしているの?」って聞くと、教えてくれます。自分のやりたいことや、思っていることを夢中になって話してくれます。大人が見て、何をしようとしているのか分からなかったり、ちょっと変な感じがしたりしても、子どもが一生懸命やっている時には、やりたいことが明確にあるのです。

 だから、「やりたい」って思うことが子どもにとって大きな力になります。特別支援学級の子どもたちは「やりたくなければ動かない」っていう感じが、通常学級よりも顕著かもしれません。つまらないことはやらない。そこは本当に正直で、教師の提案が魅力あるものなのかどうか判断される厳しさがあり、私のやる気もでます。

子どものよさを素直に伝える

 図工を好きな子どもが多いのは、自分のままいられる心地よさがあり、自分のすてきな姿に出会える時間だからかもしれません。家庭でも、学校でも大人がこうなってほしいという思いが強いと、子どもが楽しくて幸せな気持ちでいるのに大人が気付けず、子どもは認めてもらえないってことがあります。子どもが夢中になっているときは、そこには何かいいことがあるのだと思います。忙しいのにそんなのんきなことは言っていられないかもしれませんが、宝探しのように探って感じてみるといいです。見つけたよさを言葉にして伝えることで子どもの輝きが増すのではないでしょうか。

表現することは自分自身をつくること

 紙を使って工作をした時、始めはセロハンテープで二つの紙をつなげることもぎこちなかった子どもたちが、2時間目、4時間目と時間が経つうちに指の動きが変わってきました。つくりたい形や試してみたい仕掛けなど、発想と気持ちがつながり、それをやり遂げたい気持ちで、指で支えたりつまんだりひねったり、指先をフルに動かしているのです。

 先ほども述べましたが、形や色などで表現する中で子どもはあたりまえのように考えたことや感じたことなどを作品として残していきます。色を選んだり、材料を選び使い方を考えたり、手や体を動かし自分に問いかけ、自分で決断していきます。これを自分自身で行うのですから、表現はその人そのものなのです。

 子どもが自分自身に向き合う、そこを見極めることに私は向かっています。

作品紹介

 インタビューの中で、子どもたちの作品を見せていただきながらたくさんのエピソードを教えていただきました。

 最初の4枚の作品は、最初クレヨンでかいた後、絵の具を塗ってスクラッチなどをする活動を想定していたそうです。でも子どもはクレヨンを手にして色のよさを感じた途端、表したいものをイメージしどんどん描いていく展開に。予定していたスクラッチはやめ、子どもたちの活動を見守ることにしました。

 「こちらが違う提案をしていても、女の子をかきたいという気持ち、自分でやりたいという気持ちが強くてどんどん突き進む感じです。子どもがかきたい、やってみたいことを見つけられるように教師側はいろいろなことをしているのです。こうやって子どもがかきたいものを生みだしているのだから、その表現を見守ることで素敵な子どもの姿に出会うことができました。」

上:『ハワイの夜』
下:『グーグルマップで見たハワイ』

 「この2枚の絵は同じ子がかきました。上の絵はハワイの海に光が反射してるんですって。白い部分は海で、月の光が海に反射しているんですね。下の絵はGoogleマップで見たハワイ。今時の子という感じで面白い表現だなと思います」

『またあえて うれしくて ないている人』
 「自分の絵の具もどんどん使っていいよと伝えたんですが、この子は「これは青だけでいいの。猫が死んじゃって、死んじゃった猫とこの子が再会したの。嬉しいけど寂しいから、この色でいいの」って。また会えて嬉しくなって泣いている人なんですね。よく見るとなんとなくシルエットもわかる。周りの青は雨か涙かわからないけど、そのような気持ちも表現されていて印象に残っています」

 こちらは渡り鳥を追ったドキュメンタリー映画を見た後、子ども一人ひとりが「鳥の家族の〇〇な一日」というテーマを決め、版に表していく活動です。

『大雨でたいへんな一日』
 「映画では、場所についての字幕はあるけれど、鳥同士の会話があるわけではないので、よく見ていないと面白くないよ!と伝えました。そうすると、子どもたちも真剣に見て「がんばれ」とか「あぶない!」とか、いろいろつぶやいていましたね。
 この作品は、雨で巣が濡れないように枝や葉が守っているのです。よく見ると、雨を表すのに彫り方を変えていることがわかります」

「子どもとつくる図画工作」 南育子(みなみ・いくこ)
2022年3月まで東京都公立小学校図画工作専科教諭として勤務。東京都図画工作研究会元研究局長、元副会長として研究を推進。著書「子どもとつくる図画工作」(日本文教出版)、「小学校図工の授業づくり はじめの一歩」(明治図書出版)など多数。