学び!とESD

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SELを通した価値変容の兆し(1) ―「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」による試み―
2023.08.18
学び!とESD <Vol.44>
SELを通した価値変容の兆し(1) ―「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」による試み―
安藤 穂乃佳(永田研究室大学院生)

「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」(*1)による試み

 2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの侵攻が始まり、まもなく1年と半年が過ぎようとしています。侵攻に関する報道に接し続ける中で、いつの間にか私たちは侵攻という事実に慣れてしまってはいないでしょうか。
 「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」(以下、「絵画展」)は、少しでも平和への希望を紡いでいく一助となれれば、という主催者の思いのもと、侵攻の約2ヶ月後に開催されました。また、想像力の危機の時代とも言われる現代において両国の子どもたちが何気ない日常を描いた絵画を鑑賞することで平和への想いを共に重ねることができれば、と願う気持ちも乗せている展示企画です(*2)
 ここでは、大学生が絵画展を通して何を学び、どのように意識を変えたのかに関する、アンケート調査から明らかになった結果をいくつか紹介します。「国連ESDの10年」の当初から、ESDは「平和で持続可能な未来」に向けた営みとして開始されましたが(*3)、持続可能な未来の方は強調されてきたのに対して、平和の課題はやや疎かにされてきたのではないでしょうか。「国連ESDの10年」の開始から20年近く経つ現在、世界情勢を見るにつれ、平和の課題も再考する必要性は高まっていると言えましょう。なお、絵画展で試みられたアプローチは、近年、ESDで重視されている学習手法「SEL(社会情動的学習)」(*4)(「学び!とESD」Vol.04, Vol.42, Vol.43)に位置付けられます。絵画の鑑賞という具体的なプログラムを用いた試みを読者の皆さんと共有することで、ESDの実践を豊かにする一歩になると思います。

「絵画展」の概要

 この絵画展は、2022年5月5日〜7月7日にかけて約2ヶ月の間、聖心女子大学で開催されました。そこでは、ウクライナとロシアの子どもたちが侵攻以前に描いた日常の絵を展示し、展示最終日が七夕でもあったため、来場者が自由に自分の想いや願いを記すことができるよう笹と短冊を置く工夫が凝らされました。

「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展 
―平和の再想像へ―」のポスター
出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(2022)
※クリック or タップでPDFが開きます。

調査の概要

 筆者らは、該当の授業履修者である大学生155名(うち有効回答数は133名)を対象に、絵画を鑑賞する前と後の計2回のアンケート調査を実施し、鑑賞を通した学生の変化を検討しました(*5)。アンケートの質問項目については、下記のとおりです。

① 鑑賞前について

  • 軍事侵攻(以下、「戦争」)以前の国旗の色に関する知識
  • 今回の戦争に関する気持ち
  • 「絵画展」鑑賞前の両国に対する印象

② 鑑賞後について

  • 「絵画展」を観ての感想
  • 「絵画展」を観て抱いた感情
  • 「戦争」が始まってからの行動
  • 自分自身が平和のためにできること
  • 「絵画展」鑑賞後の両国に対する印象

ロシアへの印象の変化から見えた二極化的思考と向き合う学生の姿

 共通の質問として示したように、両国の印象について鑑賞前と鑑賞後にそれぞれアンケートを行ったところ、ロシアの印象の変化が興味深い結果になりました。鑑賞前は否定的な印象を受けている学生が全体の約半数(48%)を占めていましたが、鑑賞後では、否定的な印象の学生が全体の約5分の1(17%)に減少しました。また、肯定的な印象を受けている学生は、鑑賞前の時点では全体の1割強(14%)に留まっていましたが、鑑賞後では3割(34%)を占める結果となりました。絵画鑑賞を通して、ロシアに対する印象が大きく変化したことが伺えます。

「ロシアへの印象(n=133)」 筆者作成

 実際に、鑑賞前後での印象の変化があったと回答した学生に、記述を求めたところ、自身の持っていた偏見や二極論に対する言及が複数、見受けられました。ここでは、回答の一部を紹介します(カッコ内は調査者加筆)。

「冷たい国というイメージが強く、
子どもたちの絵にも冷たさが見られるのではないかといった偏見を自分の中に持ってしまっていたが(…)絵を(見て)その考えはなくなった。」

「ロシアはとても大きくて軍事的にも強く、冷たいイメージがありました(…)
様々な場所でいろいろな経験をし、たくさんの感情を生み出しながら学んでいく姿を想像して、温かく学びの多い国なのではないかというイメージに変わりました。」

「ロシア、という国とロシア人は、異なって考えなければならない(…)
国自体には、印象は変わりませんが、ロシアの人々は、文化を愛していると思いました。」

 鑑賞以前は、「冷たい」や「軍事的な」印象を持っていたのに対し、子どもたちの描く日常の風景を鑑賞することで、「温かい」といった肯定的な印象に変化した学生が多く見受けられました。また、鑑賞前は国を構成する人や政治、文化をロシアとして、ひとくくりに捉えていた様子がありましたが、鑑賞後では、何気ない印象やステレオタイプにとらわれない様子が伺えました。
 ロシアに対して約半数の学生が否定的な印象を持っていたにも関わらず、鑑賞後では5分の1に留まった理由として、国をひとくくりとして捉えることで受け止めるのではなく、国を構成する多様な実相を認識することで、二極的なものの見方に絡め取られない姿勢の習得が垣間見える結果となりました。

 次号でも引き続き、大学生の意識の変化を紹介しつつ、絵画を通したSELの取り組みについて考えていきます。

【参考文献】

*1:聖心女子大学グローバル共生研究所主催の「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」に関しては、次のリンクよりご覧いただけます。
https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/event/20220505/
*2:聖心女子大学グローバル共生研究所(2022)「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展 ―平和の再想像へ―」(ポスター)
*3:UNESCO(2005)“United Nations Decade of Education for Sustainable Development (2005-2014): international implementation scheme”
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000148654
*4:SELについては「学び!とESD」に加え、次の文献をご参照ください。
神田和可子「社会情動的学習(SEL)」(日本国際理解教育学会編『現代国際理解教育事典 改訂新版』明石書店、2022年刊、所収)
*5:調査に関しましては次の資料をもとに紹介しています。
安藤穂乃佳, 永田佳之(2023)「アートは〈平和の文化〉に貢献できるのか―ウクライナ及びロシアの子ども絵画を鑑賞した大学生アンケートの分析と課題―」(日本国際理解教育学会第32回研究大会自由研究発表第18分科会配布資料)