学び!とESD

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地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~
2023.07.18
学び!とESD <Vol.43>
地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~
永田 佳之(ながた・よしゆき)

1.若者に広まる「エコ不安症」

 米国イエール大学の研究者による調査によれば、米国人の40%以上が気候変動に対して「嫌悪感」や「無力感」を感じており、こうした症候群は「エコ不安症」と呼ばれているそうです(*1)。自分でもコントロールできない気候変動という現象への対処の仕方が分からないため、また明確なガイドラインもないため、多くのセラピストが「エコ不安症」に関する相談者の不安を病気であると診断してしまうなどの報告がなされています。また、セラピスト自身が気候変動などの環境破壊に対して自身の感情に十分な対処ができず、ましてや相談者の感情に対処などできないという指摘もなされています。こうした不安や無力感への対処法としては市民運動に参加したり、自然の中で過ごしたり、マインドフルネスの時間をもって心を落ち着かせたりすることなどが勧められているようです。
 アメリカのみならず、若者と日常的に接する教師にとって気候変動は従来に見られなかった新たな問題を提起しているという見方ができるでしょう。これまでの号でも指摘してきたように(「学び!とESD」Vol.36, Vol.37)、こうした事態に応答する教員養成やカリキュラム作りは世界的な喫緊の課題です。
 気候変動という新たな事態に対して、近年、ユネスコやOECDがその重要性を強調しているSEL(社会情動的学習)は、今後も「エコ不安症」への対応が必要な若者にとって有効な学びのあり方であると言えましょう。前号に続いて以下に、問題解決のヒントとなり得る気候変動詩の試みを紹介します。

2.希望をもって危機を乗り越える

 気候変動に関する知識を授けた後に創作してもらった学生の詩を紹介します。次に掲げるのは、SDGsやESDで重視されている「変容」に関する詩です。ちなみに、この詩は、左からも右からも読めるように工夫して作られています。

 おそらく授業で扱った、地球の限界を図示したプラネタリー・バウンダリーを念頭に、また世界各地での干ばつや豪雨を想い浮かべ、この作者は世の中で価値が置かれている学歴やお金、経済成長との対比において「いのち」の大切さを、そして「人々の変容」の重要性を訴えています。
 詩作をした学生の中には丁寧な解説を付したり、絵を付けたりするものも珍しくありません。この詩に付された「解説」には「地球の未来はこの詩と同様に人しだい」であると記されていました。私たち大人にとって手厳しい言葉もあるものの、希望の表明でもある詩だと言えましょう。
 興味深いことに、地球規模の問題という苦境を希望をもって乗り越えようという姿勢を読み取れる学生の詩は珍しくありません。次の詩は力強く、リズミカルな響きを醸し出しています。

 この作者も解説を加えているので、次に紹介します。

(前略)永久凍土や氷河は凄まじい勢いで溶け始めており、溶けた氷は島を覆っていく。溶けた氷で狩場を失い、やせ細ったシロクマは、えさであるアザラシを探して歩き続ける。また、干ばつでひび割れた大地からは、生気は感じられない。豊かさを求めて、気候危機から逃れるように、人間も移動を強いられる。 みんなの歩みは止まらない。開発は続き、その被害も進む一方。私もその社会の一 員。だが、私はこうした人間を中心とした社会に疑問を抱き、立ち止まる。自分ができることは何か、どう行動していくか、自分の頭と心で考えて、そこに向かってまた歩を進める。人間の開発の歩みによって、踏み荒らされる地球。住む場所を奪われ、必死に歩まなければならない動物や人間。疑問を感じて立ち止まるが、また希望を信じて歩み始める自分。どんな困難があっても生きていかなければならない命の宿命。これらをすべて「歩く」という言葉に詰め込んだ。

 若者たちの詩を読んでいて、物質的な豊かさを享受して気候危機に加担してきた私たち大人世代がいまだに成長神話に囚われているのとは対照的に、彼(女)らはある種の覚悟を決めているのかもしれないと思うことがあります。現実を直視した上で、それでも希望をもって生きようとする決意の姿勢は力強いと言えましょう。これまでも解説をしてきた「ESD for 2030」(「学び!とESD」Vol.7, Vol.8, Vol.9, Vol.18)では、これからの時代を生きる私たちには「勇気と根気強さと決意」が求められると明記されています(*2)。この国際社会からの要請においても若者たちは大人世代の先を行っているのではないでしょうか。

【参考文献】

*1:朝日新聞「気候変動への無力感、どう向き合う 心に影響、米国で広がる『エコ不安症』」(2021年5月21日)
*2:ESD for 2030 全文(英文)
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000370215