学び!と美術

学び!と美術

「朝鑑賞」で学校改革
2018.02.13
学び!と美術 <Vol.66>
「朝鑑賞」で学校改革
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 今回も、美術を生かした教育プログラムを紹介します。読売教育賞2017「カリキュラム・学校づくり」部門の優秀賞(※1)を受賞した埼玉県所沢市立三ヶ島中学校(※2)の「朝鑑賞」です。

「朝鑑賞」とは

 日本では「朝読書」「朝ドリル」など、朝に短時間の学習活動を行う習慣があります。「朝鑑賞」はそこで「美術鑑賞」をするというアイデアです。きっかけは、2015年度に美大生の作品を学生自ら小中学校でギャラリートークする「旅するムサビプロジェクト(※3)」を実施したことがきっかけでした。
 2016年度から、週に1回、金曜日の朝10分間、全教科の先生が、全クラスでいっせいに美術鑑賞を始める「朝鑑賞」が始まります。ファシリテーターは学級担任と学年担当の先生、解説型ではなく対話型で進める美術鑑賞に、当初はずいぶんとまどったようですが、生徒の変化が実感できた頃から活性化してきたようです。筆者が校内研修に参加し、対話型鑑賞のスキル指導、ルーブリック作成、統計的な分析に関わり始めたのもこの頃です。
 2017年度、朝鑑賞はさらに発展します(※4)。他の学年の先生や複数の先生で実施する、少人数で作品を囲む、生徒がファシリテーターをするなど学習スタイルが多様になりました(※5)。鑑賞方法もオープンエンドな対話もあれば、問いやテーマを設けたディスカッションもあります。美術作品の幅も広がり、武蔵野美術大学の協力を得て、学生の作品を空き教室に収蔵し、そこから学級に貸し出す仕組みができていました(※6)。これらが、11月に読売教育賞の受賞、2018年2月2日研究発表会へとつながります。

「朝鑑賞」による先生の変化

 研究発表会等で報告された先生サイドの変化は以下のようなものです。

  • 先生が、生徒の話を聞けるようになった。
  • 一方向講義型の授業が減って、双方向的な授業が増加した。
  • 先生の役割や意識が「学びの場のコーディネーター」に変化した。
  • ダンスや数学の授業などでもディスカッションを取り入れるようになり、学習効果も見られる。
  • 先生同士の意見交換が盛んになり、お互いのスキルを共有するようになった。
  • 教師の経験年数や専門の教科を超えて学習方法を話し合うようになり、校内研修が活性化した。

 週1回とはいえ、朝鑑賞の実施は先生にとっては「今でも、大変」だそうです。でも、そう話す先生の顔は笑顔でした。自分の教師としての変化をうれしそうに語る先生もいます。研究発表会のある参加者は「この学校の先生たちには個性がある」と意見を述べていました。確かに、発表会では、先生たちが自分の個性を生かしながら朝鑑賞を進めていました。また個別に聞いた話では「答えのない美術鑑賞で、子どもと一緒に考えるのが楽しい」「ワイワイ、ガヤガヤする姿を、生徒が考えている姿だと受け取るようになった」「以前は一方的に価値判断していたが、生徒の意見をまず面白いととらえる」などの発言もありました。先生たちの質的な変化は確実に起こったようです(※7)

「朝鑑賞」による生徒の変化

 生徒の発言や様子から分かる変化は以下のようなものです。

  • 「考え方の違いを知るのが面白いです」「わいてきた感情を口に出せるようになりました」
  • 友だちの意見は「どうでもいい」ものではなく「すごいものだ」と尊重するようになった。
  • 相手の意見を取り入れて、さらに新しい考え方を提案するようになった。
  • 生徒が思ったことをすぐに口にできるようになった。
  • コミュニケーション能力や共感力が高くなり生徒同士の人間関係が改善した。
  • 違っていいという姿勢が、全教科の授業や学校生活、部活動で見られている。

 学力調査、ルーブリック、アンケートの調査などからは以下が分かりました。

  • 国語の書く力が約5~23ポイント伸びている(※8)
  • 朝鑑賞を肯定的に評価している生徒の割合が高い。(87%~94%)
  • ルーブリックを用いて「知識・理解」「話し合い」「自分の考え」「学びに向かう力」の4項目を自己評価させ、統計的な分析を行った結果、「学びに向かう力」を構成する要素として「自分の考え」が重要であることが分かってきた(※9)。一方、「話し合い」に関しては、学年クラスなどで結果が一定せず、重要な要素となっていない。

 研究発表で、ある参加者は次のように語っていました。「中学3年生がくっつきあって座っていました」。実際、多くの生徒たちは友だちの話を聞きながら、静かに、でも柔らかないい顔で考えていました。学習活動では、表面的な意見の内容やその活発さに注目しがちですが、達成されているのはむしろ別のことであることが多いものです。肩を寄せ合って友だちの話を聞いたり、仲よく隣の友だちと語り合う大勢の子どもたちの「雰囲気」が「朝鑑賞」のつくりだした成果かもしれません。

「美術の自由さ」がつくりだす子どもと先生と学校

 「1週間たった1回、10分の学習で学校が変わった」
 その声は事実だと思います。ただ、学校全体で一つのことに取り組んで学校が変わることは、研究活動や教育実践などで「よくある」ことです。「総合学習にがんばったら学力が上がった」「合唱でも挨拶運動でも変化は生まれる」などの意見もあります(※10)。授業研究など学校全体の取り組みから教育や成長の変化を紡ぎ出すのは、日本の学校教育のよさでしょう。
 同時に、それぞれのプログラムの特徴も明らかにする必要もあります。研究発表会で再三指摘されていたのは美術作品の解釈の自由さでした。研究発表会の当日パネルには「何を発言しても受け止める。それは『正解はない』からだ」と書いてありました。美術鑑賞で知識、歴史認識、文脈の理解などが重要であることは言うまでもありませんが、基本的な性質として、美術作品は完成すれば作家の元を離れ、解釈の自由を手に入れます(※11)。その性質は、そのまま鑑賞者への「問い」となって働きます。それが、三ヶ島中学校の生徒と先生を変えたのかもしれません。そうだとすれば、朝読書やドリルの成果とは異なる質の学習だといえるでしょう。
 「生徒」と「先生」という存在は、固定されているわけではなく、常に状況的です(※12)。「美術を用いた対話の学び」が相互行為や学習活動を活性化させ、新たな生徒と先生をつくりだした(※13)。そこに価値や意味が固定されない美術作品の自由さ、思考の軽やかさなどが効果を及ぼしているとすれば、他の教科とは異なる成果として評価できるのではないかと思います。「生徒も、先生も、学校も、美術鑑賞を通して新しい自分に出会っている」そのような教育のデザインが三ヶ島中学校の「朝鑑賞」なのかもしれません(※14)

 

※1:1952年に始まった読売教育賞は、小・中・高、幼稚園、保育所、教育委員会、PTAなどを対象に、意欲的な研究や創意あふれる指導を行い、すぐれた業績をあげている教育者や教育団体を顕彰しています。「国語教育部門」「算数・数学教育部門」「外国語・異文化理解部門」「地域社会教育活動部門」などがあります。
※2:校長沼田芳行先生
※3:「旅するムサビプロジェクト」は、学生の作品を学生自身が全国各地の小中学校でギャラリートークする「旅するムサビプロジェクト」、黒板に絵を描く「黒板ジャック」、空き教室を利用した「公開制作」や「ワークショップ」などを三澤一実教授の指導のもとに実施しています。
 「美術の楽しさや多様性を子どもたちに伝えると共に、学生自身のコミュニケーション能力やファシリテーション能力の向上、そして現場教員の研修や授業改善に大きな成果を出し、関係者全員が共に学び合うという、これからの美術教育の可能性を提案する取り組みです。(受賞概要より)」
※4:平成29年度所沢市教育委員会委託「学び創造プラン学校クリエイト研究」の指定も受けています。
※5:「ペア型」「ギャラリー型」「グループ型」などに類型化しています。
※6:「むさしの美術館」と呼ばれています。
※7:少なくとも、朝鑑賞の場面では先生―生徒のヒエラルキーを見ることはできませんでした。
※8:所沢市が毎年実施するステップアップテストの結果をもとにした所沢市中学校平均値との比較。
※9:1学期と2学期末の年間2回、2年間にわたって生徒全員に自己評価をさせた結果を分析しています。
※10:実践している先生たちの実感や成果が教育現場で一番大切です。
※11:参加していた武蔵野美術大学の学生は、自分の作品に対する生徒の思わぬ解釈に驚き、自分の作品の新しい意味を見つけていました。
※12:例えば部活動は「熱中する先生」や「顧問の言うことは聞く生徒」などをつくり出し、「生徒指導機能の部活動依存」や「働きすぎの先生」という問題をつくり出します。
※13:簡単な喩でいえば、職場では有能な会社員ですが、家では優しいパパなわけです。本当の自分がいるわけではなく、その場の状況に応じて人は在る。
※14:ここでいうデザインは色や形を構成することではなく、対象の向こうにある人の感情や行為をデザインするという本来の意味で用います。武蔵野美術大学の美術普及・振興プログラム[旅するムサビプロジェクト]は、2017年度グッドデザイン賞を受賞しています。
www.g-mark.org/award/describe/46019