小学校 道徳

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自己の生き方についての考えを深める学習の実現~自己の判断を問うことを通して~「初めてのアンカー」(第6学年)
2025.06.02
小学校 道徳 <No.056>
自己の生き方についての考えを深める学習の実現~自己の判断を問うことを通して~「初めてのアンカー」(第6学年)
兵庫教育大学附属小学校 中野浩瑞

1.はじめに

 道徳科の授業では、道徳性を養うために「自己の生き方についての考えを深める学習」が重要視される。この学習は、教材の登場人物の気持ちや行動を考え、価値理解を深めるだけでなく、学んだことを自分自身と結びつけながら、より深い思考を重ねることで成立する。しかし、実際の授業では教材についての話し合いが進む一方で、それを自分の生き方と関連づける場面が少なくなることが課題として挙げられる。そのため、道徳科では教材の枠を超えた学習テーマを設定することがあるが、テーマが抽象的になることで教材の内容と乖離し、子どもたちが考えを深めにくくなる場合も少なくない。
 そこで、本実践では、教材の状況の中で学習テーマを活かしながら「自己の判断を問う」発問を設定することで、抽象的なテーマについて考える前段階となる学びを意図した。これにより、教材の話し合いの中で価値理解を深めつつ、自分ならどうするかを考え、自己の生き方についての思考を深めていくことが可能になるのではないかと考えた。
 具体的には、「家族の幸せは誰がどう創るのか?」というテーマのもと、「『仕事を断ってもらって運動会に来てもらうこと』と『悲しいけれどお父さんを仕事へ送り出すこと』のどちらが家族の幸せを創ることにつながるのか」という発問を設定した。この発問を通じて、子どもたちはまきや父親の気持ちを踏まえながら、自分ならどうするかを考え、家族の幸せについて主体的に判断する機会を得ることができるのではないだろうか。
 本実践では、このような発問を用いることで、自己の生き方についての考えを深める学習へとつなげる手立ての一つとして提案したい。

2.主題設定の理由

(1)ねらいや指導内容について
 家族とは、人が初めて所属する集団である。ここでいう家族とは、たとえ血のつながりがなくとも幼い頃から自分を守り育ててくれた存在も含みたい。家族は家族の幸せを願い、利害や損得がない無私の愛を注ぐ。そのような愛を受け、育つ中で人は安心を感じ、人や物事に対して主体的に関わる原動力となったり、支え合いや助け合い、思いやりの心を養っていったりする。そのため、家族の幸せを願い、自分にできることを考え家庭生活を充実させていくことは重要であろう。しかし、幼い頃から家族の愛を受け育ってきた子どもたちは、“してもらう” ことが当たり前と感じ、自分が家族の幸せを作る主体でもあることは自覚をしていないことが多い。ここで大切なことは、家族それぞれの思いや願いに目を向け、家族の幸せにとって自分にできることは何かを考えることである。家族の思いや願いは「親からの子どもに対する思い」「子どもからの親に対する思い」など方向性や意味もさまざまにある。それらを多面的・多角的に捉えることで、家族の苦労や努力が分かり、家族の幸せを求めて進んで役に立つことをしようとする実践意欲や態度を養うことにつながっていくだろう。

(2)児童の学習状況や実態について
 本学級の子どもたちは、家族が自分のことを思い、支えてくれることに喜びや感謝の気持ちを感じている子が多い。例えば授業参観の際には、恥ずかしながらもいつも以上に張り切ったり、休み時間に両親と話したりする姿がある。ここから、これまでの家庭生活でたくさんの愛を受け育ってきたことが想像できる。しかし、上述のように家族から何かを “してもらう” ことが当たり前となり、家族の幸せを願い、家族の一員として能動的に働きかけようとする態度は十分でない。この時期の子どもたちは、客観的な視点が育ち、集団における自分の立場や役割を自覚できるようになる。そのことも踏まえ、本主題を考えることに適している時期であると考えた。

3.教材について

 本教材は、運動会で初めてアンカーに選ばれたまきと、漁師の父親との関わりを描いた話である。毎年、仕事で運動会を見に行くことができなかった父だが、初めてまきがアンカーに選ばれた今年は、見に行く予定であった。まきは心から喜ぶが、父は急遽、仕事に行かなければならなくなった。仕事とはいえ、まきは裏切られた気持ちになり、父にそっけない態度をとる。その後、母や祖母の発言から父の思いを考え、仕事に向かう父に思いを伝えに行く話である。父が行事に来られなくなったという設定は子ども達も想像がしやすく、まきに自我関与しやすいだろう。また、複数の立場の人物の登場により、家族のことを思うものの仕事への責任感があり、葛藤する父親の思いが想像でき、家族の一員として自分にできることについて考えやすいと考えた。

4.実践事例

(1)教材名

「初めてのアンカー」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力6』)

(2)主題名(内容項目)

家族の幸せを創るために C[家族愛、家庭生活の充実]

(3)本時のねらい

 急遽、仕事が入り娘の運動会を見に行くことができなくなった父親と、その事実を知り葛藤するまきの姿を通して、家族それぞれの思いや願いに目を向け、家族の一員として自分にできることについて考え、家族の幸せを求めて進んで役に立つことをしようとする道徳的実践意欲と態度を養う。

(4)展開例

学習活動

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点
●準備物など ☆評価


1 事前アンケートの集計結果を見て話し合う。

○幸せとは自然にできるのだろうか。
・自然にはできないかな。
・でもどうやってできるのだろう。

【アンケート内容】
1 「家族は幸せのほうがよい?理由は?」
2 「家族の幸せなときはどんなときですか。」

●アンケートの集計結果

【学習テーマ】家族の幸せは誰がどう創るの?


2 教材文「初めてのアンカー」を読んで、話し合う。

○教材を読んでどのような感想をもちましたか。
・まきがかわいそうだ。
・お父さんも仕方がないけど。
・自分だったら気持ちよく送り出せないな。
・せっかく初めてのアンカーに選ばれたのに・・・何で仕事が入るんだよ。
・なんでおばあちゃんやお母さんは怒らないんだろう。
・まきは自分のことばかりを考えている。もっと家族の気持ちを想像してあげないと。

○子どもたちの興味や関心から授業を展開していくために、教材を読んだ感想の交流から始める。
○感想の交流をしながら、子どもの興味を捉えると同時に教材理解も促す。

【教材理解で押さえておきたいポイント】
・はじめて運動会に父が来てくれるまきの喜びの気持ちへの共感。
・事情で仕方なく仕事に行かなければならなくなった父親の思い、葛藤。

◎「お父さん、待って―。」と追いかけたまきは何を考えていただろう。
・お父さんも辛いんだ。私は小さい子どものようにだだをこねていただけだ。
・私に今できることは、運動会に出て欲しかったと伝えるのではなく、無事に帰ってきてね、と明るく送り出すことじゃないか。

☆運動会に行けなくなった父親の思いを想像するまきや、他の家族の気持ちを考えることを通して家族の幸せを願って自分にできることについて自己との関わりで考えることができたか。

○父に仕事を断ってもらい運動会に来てもらうか、悲しいけれど仕事に送り出すかではどちらのほうが家族の幸せを創れているだろう。
・前者。そのほうが家族みんなが喜ぶから。
・後者。家族も悩んだり、悲しんだりするときがある。家族が頑張れるように応援することが家族の幸せを創ることだと思う。
○家族の幸せは、誰がどう創るのだろう。
・自分もしてもらってばかりじゃなくて家族の思いを知り、家族の幸せのために自分にできることを考えること。
・自分ばかりじゃなく、家族への思いやりや尊重の気持ちをもつこと。

○ “家族の幸せ” という抽象的な事柄について考えやすくするために2つの選択肢を挙げて問う。
その際、考えの根拠を言語化できるように「なぜそう思うの?」などと理由を問う。

【授業中で活用したい問い返し例】
○父親に急遽、仕事が入ったことを知ったときまきはどのような気持ちだっただろう。
○まきは、てるてる坊主をなぜ作っていたのだろう。
○祖母や母の発言はどのような思いからだろう。
○まきにとってのてるてる坊主の意味は変わったかな?
○はじめはあんなに悲しんでいたのになぜ,変わったの?
○お父さんを送り出した先にいいことってあるのだろうか。


3 本時の振り返りをする。

○今日の授業でいちばん大切だと思ったことや、新しく気づいたことは何ですか。
・自分は家族に何かをしてもらって当たり前と思っていた。でも、家族にはそれぞれの役割や思いがあるということが分かった。まきのように家族の思いを想像して、支えてあげられるようにしていくことも家族の幸せにつながるのだと思う。これからは自分も家族の一員としてできることをしたいし、そのために家族の思いを想像できる自分になりたい。

5.板書例

6.まとめ

 本実践では、「自己の生き方について考えを深める学習」を展開するために、教材の状況の中で自己の判断を問い直す活動を設けた。その結果、子どもたちは、教材の状況と学習テーマ「家族の幸せは誰がどう創るの?」をつなげながら「もし、自分が同じ立場だったら、どのように考えどのような判断をするか」と自分ごととして思考を深めていたように感じる。
 特に、「『仕事を断って運動会に来てもらうこと』と『悲しいけれどお父さんを仕事へ送り出すこと』のどちらが家族の幸せを創ることにつながるのか」という発問では、子どもたちはこれまでの話し合いで考えたことを適用させ、家族の幸せを創るために具体的な判断を行った。この過程で、まきの気持ちだけでなく、父親の責任感や葛藤、罪悪感といった家族の思いにも目を向け、自己中心的な視点から多面的な視点へと広げ、家族の幸せについて考える姿が見られた。
 本実践では、自己の判断を問う発問を用いることで、教材の話し合いを単なる価値理解にとどめず、自己の生き方についての考えを深める学習へと展開していく手立ての一つとして提案した。今後も、道徳科の授業において教材の状況を活かしながら、自己の判断を問い直す場面を取り入れ、子どもたちが「自己の生き方」について深く考えられる学びを実現できるような授業設計を行っていきたい。