教育情報

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授業開発に関する課題
2015.05.12
教育情報 <日文の教育情報 No.137>
授業開発に関する課題
東京女子体育大学名誉教授 言語教育文化研究所代表理事 尾木 和英

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 これこそいま求められている授業ではないか,そう思いました。
 生徒がそれぞれの「なぜ」を抱いて学習を展開している様子が見てとれました。都内の区立A中学校における,理数教育地区公開講座を参観した折のことです。
 「海洋学習」をテーマとするこの講座は,東京都の理数フロンティア校,B区理数教育重点校としての実践を土曜スクールとして実施したものでした。内容は,講師講演とワークショップによって構成されていました。
 まず,大学において海洋に関する研究を専門とされている方の講演です。
 スクリーンに映し出される映像を生かし,生徒を「海の世界」に誘い込みました。海の深さによって海草の色が違う。海底には,熱水噴出孔というものがあり,そのまわりに,最近話題になっているレアアースなどがある。さらに,多くの生徒が「へー」という声を上げたのは,日本は,国土と海を合わせた面積にすると,世界6位の広さを持つという説明でした。
 内容ある講演に引き込まれ,生徒たちが,日本を取り巻く「海」に意識を向けていることが見てとれました。生徒たちの関心は, 「海の利用や保全に関する法律が定められている」といった説明に向け始められていました。
 次がワークショップです。
 生徒は三つのブースに分かれ,体験活動を行いました。
 一つは,ウニの生態。一つは,海草を手にとっての活動。もう一つが,今朝とれたばかりの魚を目の前にする活動でした。ここで教材となったウニ,海草,魚は,いずれも講師の関係者が,わざわざ海浜から持ってきてくださったものでした。生徒たちは,ウニの生態を示す顕微鏡に見入り,海草を見比べて,いま得たばかりの知識と結び付けていました。それらの活動を通して,生徒たちが「海」に対する関心をますます深めている様子がはっきり見てとれました。
 平成25年に公表された,国立教育政策研究所プロジェクト研究調査研究報告書「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理」の中に,次のような記述があります。「それ(いま求められる資質・能力)は,未知の問題に答えが出せるような思考力と,教室外の現実の問題も他者との対話を通して解決できるような実践力だといえる」
 また,昨年11月の中央教育審議会への教育課程基準等の在り方に関する諮問の理由には,自ら課題を発見し,その解決に向けて主体的・協働的に探究し,学びの成果等を表現することの重要性が述べられています。
 知識・技能を習得・活用し,それらを関連付けた探究活動によって思考力等を育成し,よりよい解や新しい知識を創り出す学習活動が求められています。この海洋学習は,その一つのモデルになる,そう思ったのです。
 社会全体にわたって急速かつ激烈な変化が進行している現代社会では,これまでに得た固定的な知識では事態の解決は難しい。状況に応じて知識を活用し新しい認識を形成する力,時代に挑戦する基盤になる資質が必要になります。
 このことを中学生に即してとらえると,教室での教科学習等を生かし,経験と結び付く形で主体的に知識を獲得することが求められます。知識を身に付けるにとどまらず,身に付けた知識を活用し,さらに新しい認識を創り出し,未来に向かって力強く行動する能力,資質が求められるということになります。
 主体的に判断・行動しよりよく問題を解決する,さらに言えば主体的・創造的に生き抜くための能力・資質が求められているのです。今,学校では,そうした資質・能力に結び付く授業の開発が求められています。
 再び海洋学習をテーマとする公開講座に戻ります。
 そこには,次のような内容がありました。
・日本は海に大きく依存している。
・私たち日本人が摂取する動物性タンパク質の約4割は水産物由来である。
・輸出入貨物の99%は海上輸送に依存している。
・国内輸送に限っても,これだけ鉄道や高速道路が発達している中で,輸送量全体の4割は海運に依存している。
 通常の教室内の授業では,こうしたことに関する知識を,行動に結び付く認識として取り込むことは難しい。それだけに,このような専門家の力を借りての,ワークショップを加えた授業の開発が重要だと思ったのです。しかし,同時に,こうした授業を行うことの難しさにも気づかされていました。第一に,適切な講師の確保,第二に活動に適した教室の確保,第三に「なぜ」の喚起に役立つ教材準備の難しさです。その困難さを乗り越え,新しい授業を開発することが課題になっています。

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